暗渠に潜む人柱
私が高校生だった時の、ある日の話です。
その日、私は友人と二人で学校から歩いて帰宅していました。途中、最近になって整備された川を通りかかったとき、私に推しのアクリルキーホルダーを自慢げに見せていた友人が、不注意で手に持っていたアクリルキーホルダーをその川に落としてしまったのです。
川に落ちたアクリルキーホルダーは、同じカラビナに付いていた大きな人形が水に浮いたおかげか、その場で沈まずにゆっくりと下流へと向かって流れていきました。
朝に雨が降ったとはいえ、幸いにも川の深さはくるぶしの少し上くらい、二人ともレインブーツを履いていたこともあって、私と友人はどこか川に降りられるところを見つけて取りに行こうと、大急ぎでアクリルキーホルダーを追いかけました。
ですが、なかなか川に降りられる良い場所が見つからず、そうこうしているうちにアクリルキーホルダーは、私たちの目の前で幅4メートル、高さ3メートルほどの暗渠の中へと入っていってしまいました。
「もうダメだ」そう言って泣きそうになる友人を励ましていると、暗渠の横に降りられそうな階段があることに気付きました。
「あそこ降りられそう。見に行ってみようよ。やっと手に入れた推しのアクキーなんでしょ?」
その言葉に友人も頷くと、私たちは階段を降りて真っ暗な暗渠の中へと入っていきました。
スマホのライトを頼りに暗渠の中をゆっくり進むと、唐突に大きなトンネルの中に出ました。思わぬ光景に二人でびっくりしていると、友人が「ねえ、あれなに?」と私の腕を掴みました。
なんだろう? そう思いながら友人の指さす方を見ると、トンネルに開いた大きな横穴の奥に石造りの鳥居と小さな社が建てられていました。
ですが、さらに異様だったのは、その横穴全体を覆うように鉄条網が張り巡らされていたことでした。
まるで、何かを閉じ込めるようなその光景に薄ら寒いものを感じてそこから目を離せないでいると、ふと、見覚えのある人形が鉄条網に引っ掛かっている事に気づきました。
「良かった! アクキー無事だ!」
「ちょっと、急に走ったら危ないって!」
ぬかるみや裂け目に足を取られたら……そう思ったのも束の間。突然、真っ暗な暗渠の中に友人の悲鳴が響き渡りました。
「どうしたの? 大丈夫!?」
大急ぎで友人の隣へ近寄ると、
「どうしよう……柵の向こう側から手が伸びてきて逃がさない! って言われた……怖いよ! 早く出ようよ!!」
私の持ったスマホのライトに照らされた友人が、今にも泣きそうな声で裂けたぬいぐるみを抱いたまま震えていました。
一体何が……? そう思いながら私は鉄条網の奥へスマホのライトを向けました。しかし、そこには先ほどと同じく鳥居と社があるだけでした。
その時です。急に川の流れが速くなってきました。水嵩はくるぶし程までしか無いものの、水圧が増したことで水がレインブーツの中にどんどん入ってきたのです。
「急ごう! 早くここからでよう」
「うん」
私と友人は二人で身体を支え合いながら、大急ぎで暗渠の中を出口へ向かって進みました。
何度か友人が「何かに掴まれた!」と悲鳴を上げ、その度に転びそうになったりレインブーツを流されたりしましたが、私たちはなんとか外へと出ることが出来ました。
その後。暗渠の中から無事出ることが出来た私たちは、外で別の友人に会いました。
びしょ濡れな上に二人で抱き合いながら暗渠から出来た私たちを見てびっくりしていたので、事の経緯を伝えると、その友人はこの川は江戸時代に作られた運河で、その時、少年の人柱が立てられたという言い伝えがあると教えてくれました。
暗渠の中で友人の手を掴んだあの手はまさか……。そう思いながら後ろにある暗渠の入り口を振り返ると、そこに白装束を纏った一人の少年が立っていました。
「絶対、逃がさない……」
今度は私にもはっきりとそう聞こえました。