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未完成の絵画伍

「ーでは、授業をはじめましょうか」


「授業?」


「和葉殿、これは百合が真相に気づいた合図ですよ」



 意味が異なっているけど、その訂正はあと。



「まず、今回の件で問題となったのは突然絵画が燃える現象です。火がないにも発火する、おかしな話ですよね。まさしく夢物語のよう」


「だから、今回は怪異が疑われて俺も関わるようになったんだ」


「でも、実際は怪異でもなんでもないんですよ、和葉様。世の中には自然発火といって今回のように火をつけることなく、発火する現象があるんですよ。その原因は発酵に摩擦と色々ありますが、今回は、こちらです」



 わたしの指の先には



「衣?」


「ちょっと違いますね。正確には衣に使われた絵の具です。元々衣は何色でしたか?」


「薄い黄色だったが、何か関係があるのか?」


「ありますよ。だって、黄色になった理由は黄リンが入っているんですから」


「『きりん』.......?」


「百合、『きりん』って何でしょう?」


 夢中になって忘れていたけど、ここでは黄リンが通じなかった。たぶん、物質名を言っても誰一人理解してくれないよね。



「黄リンは物質の名前です。今回の件を簡単に言ってしまうと、何者かが自然発火を起こす黄リンが含まれた絵の具で絵を塗ったことで、火がないのにあたかも絵から火が出たように見えたんですよ」



 黄リン


 淡黄色でろう状の個体をした物質で空気中で自然発火するため水中で保存しなければいけない危険物質である。

 水には溶けないけど有機溶媒や二硫化水素には溶けるので、おそらく黄リンを二硫化炭素といった無極性溶媒を使って溶かしたのだろう。

 また、黄リンを含めたいくつかの同素体があるリンの起源はギリシャ語でphosphoros。この単語は光を運ぶものに由来している。


 全く、随分と手が込んで博識だね......。無機化学でよく出るのは金属イオンの検出でリンなんてちょっとしかやらないのに。



「絵画の謎は解けましたが、突然浮かび上がった背景は?」


「それは炙り出しですね。言葉で伝えるより実際にやってみましょうか。清さん、お酒か果物の汁か砂糖を溶かした水と紙と筆を持って来てほしいです」


「紙と筆は分かりましたが、果実も砂糖も高価なのでお酒を持ってきますね」


「もしかして、知らなかったのか?」


「へ⁈い、いやー、知ってましたよ。もちろん」



 嘘です。全く知りませんでした。




「怪しいな.........」


「いつのまにか仲良くなったのですね。百合に友人ができて良かったです」


「友人......友人、ですか」


「はい。周囲の者を常に警戒している和葉様がこれほど気を許しているところはめったに見られません」


「忠良!」



 大人たちの見る目が小さな子どもを暖かいのが恥ずかしい。わたし、中身は17歳でもう大人になる人なんだよ!

 ......抗議したら生温かい目で見られるからやらないけど。



「百合、お酒をお持ちしました」


「ありがとうございます!ではさっそくこのお酒を使って紙に書きます」



 お酒の色は透明なので、当然ながら紙に書いても全く分からない。



「次にこの紙を火であぶります」



 すぐ近くにあった火鉢にかざすと、




「文字が黒く......」


「ちょっと火力が強しぎたかもしれませんが、背景の原理はこれですね」



 酒の成分であるエタノールは有機物であり、先にエタノールが焦げたことで文字が浮かび上がったんだろうね。もちろん、火であぶって紙が劣化したってこともあると思うけど。



「もう他にありますか?」


「......本当に、解明できるんだな。噂は真だったのか......」


「噂の通りだったでしょう?これで報告書が書けそうです。百合殿ならできると思っていましたが、解決してくださり、ありがとうございます」


「お礼をするのはまだ早いですよ。犯人がまだ誰なのか分かっていないので」


「......っ⁉」



 今回と前回の事件はおそらく同一人物だろうね。この世界では精通していない化学の知識を持っている時点で稀代の天才かわたしみたいに現代の世界からやって来た人せあることは確実。

 ......しかもわたしより頭が良い。

 うわー、もう、関わりたくないな......。

 私情は置いといて、同一人物であることはこの場にいる者全員が認識したらしく、



「同一人物の可能性が高いようですね......」


「そのようですね、仁湖様。都で不穏なことがこれから起こるかもしれないと思うと怖いですね」


「この間の事件を含めてもう一度調べてみる必要がありますね」


「そうだな。過去に同じようなことが起きていたのか聞いた方がいいかもしれない」



 真相を暴いた今、わたしの役目は終わったのでこれからのことを話す和葉様と忠良様を横目で見ながらほっと息をつくと、あれ?全身から力が抜けて、その代わりに熱が入って来た。

 あ、やばい......。



「百合⁉」



 意識を手放す前に頭の中に浮かんだのは、黄色の炎に包まれて炙り出た黄色の花に埋もれた、まさしく完成された絵画の姿だった。

ストックが切れたので、6月29日頃に新しい話を投稿します

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