未完成の絵画肆
あれから一睡もできないまま仁湖様の屋敷に戻って、いつもの日常がやってきた。
「ー。百合はどう思って?」
「百合?」
「す、すみません。話しを聞いていませんでした」
「今日は休んで大丈夫よ?昨日の今日で疲れたでしょう?」
「これくらい問題ありませんよ。あの、先ほどのお話をもう一度お願いします」
実は言うと徹夜したせいでいつもより体が動かない。でも、横になると昨夜の出来事が反芻して寝れないんだよね。それなら仕事をして紛らわしたい。
「そうですか?実は百合が出かけている間、兄上から絵画をいただいたのですよ」
「......」
こんなときに限って話題が絵画。嫌でも急に燃え出した不思議な絵を思い出してしまう。
教養とは無縁のわたしがまさか絵に対して葛藤していると誰も思っていないので、
「さすが仁湖様の兄君ですね。少し先ですが、梅の花が描かれたこちらは飾っときましょうか?枠も今流、都で流行の金属製のようですし」
「金属?木製ではなく?」
思考の海に溺れていた頭が現実に浮上した。
「ええ。ほら、綺麗でしょう?おそらく海の向こうの国で作られたのでしょうか」
「あの、今、流通している絵画は全てが金属製の枠なのですか?」
「貴族を対象としている物の中には木製もありますが、今ではほとんど金属で作られている物だと思いますよ。流行に乗らないと乗るとでは周囲の目が変わりますし、商人もより多くの貴族が買う物を売っていますからね」
金属製が主流にも関わらず、木製を売った商人。利に聡い商人なら多少値段が高くなっても、渡来品を買う。それなのに、問題があったのは木製。何を考えて......?
「ここにいたんだな」
「ご歓談中失礼します」
「忠良殿に和葉殿?本日はどういったご用件で?」
いつもながら突然現れる忠良様に仁湖様は対応してくれた。いつもより愛想がないから、また無許可で来たのかな。
「実は昨日のことで分かったことがあります」
「本当ですか⁉早く教えて下さい!」
「わたくしも聞きたいです。燃える絵画の情報は都から離れたここ、離宮まで流れるには時間がかかってしまいますからね」
「百合、何があったのです?」
興味深々な顔をした仁湖様と清さんの期待通りとは思えないけど、一通り話した。今都で火事が起きてその原因が絵であること。そして災いを祓おうとしたら、実際に燃えたこと。
こうして振り返ってみると、頭が少し整理される。あとちょっとで分かりそうだけど、分からないって感じ。
「あらから宮中に戻った後、気になってしまい、関係者から情報を貰ったのです。どうやら女性の商人から買ったらしく、作品の題名は『光を運ぶもの』。そして、都の木材店で大量に木材を買っていた者がいたと役人から報告されました」
「忠良、もう少し情報はないのか?せめて名前くらい分からないのか?」
「申し訳ございません。今回被害に遭った方のうち誰も名を聞いていないそうです」
「......今、原画ってどこに?」
ここにないと分かっているのに周りを見て探してしまう。考えが消える前に早く見たいのに......。
「突然どうしたんだ?」
「原画が欲しいです。昨日燃えたやつでも構いません。どこにあるのです?」
「必要ないと思って置いて来ようと思ったが、持って来て正解だったな。忠良」
「かしこまりました。百合殿、こちらです」
てっきりお菓子が入っていると思っていた風呂敷の中には焦げた絵が包まっていた。
燃える前にはなかった背景。焼け焦げて穴が空いた元は黄色だった衣。木を削ってできた繊細な模様。
かすかに香るにんにくのような臭い。そして、題名は『光を運ぶもの』。
「......随分と手が込んでますね、本当に」
そんなに大きな声じゃなかったけど、誰もが絵に釘付けで誰も声を発していないせいかこの空間にいる全員の耳に入った。
「分かったのか?」
「ええ。それでは、授業をはじめましょうか」
推理系を書いている方ってすごいですね......。トリックを考えるのがこれほど大変だったなんて思いもしませんでした。
次回で一応未完成の絵画編は完結します。