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未完成の絵画参

「とりあえず、ついて来たが、何をするんだ?」



 帰宅途中の牛車の中にて、風呂敷に包まれた絵画と何が入っているのか分からない霧箱を抱えたわたしに和葉様は質問を投げてきた。



「そうですね。まず、絵画が燃える瞬間を見ることから始めようかと」


「待て。それはどこでやるんだ?」


「え?仁湖様の屋敷の庭でやろうと」



 忠実に再現するために屋敷の中でやりたかったんだけど、下手すると家事になりそうなので泣く泣く諦めた。



「もしかして和葉様は室内でやろうとしていましたか?わたしもやってみたいんですけど、火事になるから


「この阿保。どこに屋敷を燃やしたい馬鹿はいるんだよ⁉そ・れ・に、仁湖様の屋敷でやるとか正気か⁉」


「阿保、ですか⁉別にわたしは正気ですよ!なんで仁湖様の屋敷では駄目なんですか?」



 ここまで誰かに言われたのは初めての経験。でも、ここまで馬鹿にしなくても良いでしょ。和葉様はどれだけわたしのことを馬鹿にすれば気が済むんですか!



「......忠良、この阿保に説明してやってくれ」



 わたしが口答えすると大きな溜息をついてどこか達観した目をした忠良に説明するよう求めた。



「そうですね。まず、貴族は血肉といった穢れを恐れます」


「血液とこの絵は全く別の物ですよ?」


「ええ。ですが、呪いといった災厄もわたし達には忌避の対象なのです。そのような物に触れてしまった際には身を清める必要があるのですよ」


 えー、ただいま呪い(仮)の絵はどこにあるでしょうか?なんとわたしの手の中にあります。ってことは



「もしかして身を清めるとかしないといけないのですか?」


「当たり前だ。今日は別の家で泊るからな」


「え⁉わたし、仁湖様と清さんに日をまたぐなんて連絡していません!」


「すでに文を届けているので心配しなくても大丈夫です」



 いや、そういう問題じゃなくてね、今日、いわくつきの絵画と一緒に寝ることぐらい先に説明しておいてよ。

 手を頬に当てて息を吐くとふと貴族の乗り物に乗っている物として似つかわない物があることに気づいた。



「そういえばなんでここに水があるんですか?」



 わたしの視線の先には水が入った木製の桶が鎮座していた。こんなところにあったら室内が濡れちゃうよ。



「これは牛用の水だ。水を持つ者まで雇うなんてそんなこと下級役人の俺にはできるわけがない。一応貴族として牛車を持っているが、最低限の従者で済むようここに荷物を置いているんだ」



 なんか意外。お貴族様ってお金を湯水のごとく使う人ってイメージだけど、倹約家の人もいるんだ。わたしがそんな呑気なことを思っていると



「ほらもう着くぞ」



 和葉様の声と共に牛車が停まった気配を感じた。


 前から下りると広がっていたのは



「こちらが家、ですか?」



 和葉様のような貴族が所有しているとは思えない物置のような古びた小屋だった。



「何を想像しているのか知らないが、今日はここで一晩越すからな」



 季節は秋の終わり。すでに日は落ちていて藍色の空模様から放たれる金色の月光は古びた小屋を照らすほど明るい。これなら、灯りのための燃料を減らすことができそう。


「かしこまりました。それでは薪を持ってきますね」


「薪?」


「ええ。食事を採るにも水を得るにも火は必要でしょう?」



 寒いけど重い衣を持って薪を集めることも火を起こすこともできないから、着ていた衣を脱いで巫女さんみたいな恰好になる。この袴も長すぎだから結ぶか。

 その辺に生えている蔦を取って袴が落ちないように捲し上げて裾を縛ると固定された。これでよし!



「それじゃあ、ちょっと行って来ますね。ついでに食べ物と水を採ってきます」



 実はさっき井戸を発見したんだよね。どうやって持って来るかは置いといて一度下見に行こうとしたら、和葉様に肩を掴まれた。何か他にやることあったけ?



「待て。この時間、子どものお前が山に入るのは危険すぎるからやめろ」


「大丈夫ですよ。山に入るのは慣れてますから」



 食べ物がない時に近所のお山に入って山草を採取して来た人間である。だからなのか、夜目は効くので視界には困らないし、ある程度の植物の知識は持っている。

 和葉様が心配するほどじゃないと思うんだけど。

 でも大丈夫だと思っていたのはわたしだけのようで


「それでも百合殿が山に、それも夜の山に入るのは危険ですのでやめて下さい。あと、せめて衣を一枚着てください。見ているこちらが寒くなってきます」


「はーい」



 牛車に置いた着物から一番小さい衣を引っ張てきてしぶしぶ身に纏う。袂がちょっと邪魔だな......。またまたその辺に生えていた植物を使ってたすき掛けをする。うん!これなら邪魔にならない!



「......」


「......随分と生活力があるな......。火を起こすなら、小屋にある火打ち石と木炭を使ってくれ。俺は少し準備をしている。忠良、こいつの護衛をしてろ」


「かしこまりました」


「分かりました」



 火打石......。随分と便利な物があるね。真っ暗な小屋の中に足を入れると土間に桶と火打ち石と木炭がおいてあったのでちょっと拝借。



「忠良様、この桶にいっぱい水を入れて来て欲しいです」


「申し訳ございません。百合殿の護衛を任されている身として百合殿から離れることは許されていないんですよ」


「もし、火が植物に点いて山が燃えたらどう責任をとるおつもりで?わたしは所詮侍女の身。山の豊穣の方がわたしよりも大事なのでは?」



 という建前で『重い水を運びたくないから、忠良様、運んでくれます?』が本音。結構上手に隠せた気がする。

 わたしの建前を聞いた忠良様はしばらく唸ると



「......分かりました。ですが、絶対に入ってはいけませんよ」


「分かってますよ」



 いったい忠良様はわたしのことをどう思っているんだろう?何度も後ろを振り返ってわたしの確認をしながら水を取りに行った。

 消火用の水が近くにないのは心元ないけど、しょうがない。燃えそうな雑草ちゃんたちを引っこ抜いて露出した地面の上に転がっている石を置く。石に囲まれたところに木炭を置いて、火打石を打ち金で削って火花を出すとあら不思議。近くにあった燃料に火が点いた。



「もう火をつけたのですか?!」


「忠良様。桶は火の近くに置いといてください」


「分かりました。随分と手慣れてますね。まさか、井戸で水を汲んでいる間に火がついているとは思いませんでした」


「慣れですよ」



 ぱちぱちと爆ぜる木材に当たらないよう気をつけて手をかざすとじんわりと暖かくなっていく。

 ぬく〜い.......。もう1歩も動きたくないよ……。

 呑気に暖まっていると、



「こっちは準備しているというのに、お前は何ぬくぬくしているんだ?」


「こう見えても言われたことは全てやっておきましたよ。そちらは終わりましたか?」


「ああ。あとはやるだけだ」


「それってわたしも見て良いやつですか?」


「特別だ」



 陰陽師の仕事を直接見れる機会なんてもうこれで最後かもしれない。ちゃんと目に焼けつけておかないと。


 少し離れたところにある篝火が焚かれた場所に行くと、



「生贄でもするんですか?」


「するか!全く何を考えているんだ、この阿保は」



 いや、わたしだってこれから何をするのかはなんとなく分かっているよ。

 でも、目の前にあるのは篝火に囲まれた絵画に供物と思われる怪しげな物たち。そして、人型に切られた紙人形。

 振興宗教のイベントか世に知られていない新手の儀式と言われても信じるよ、これは。



「まあまあ落ち着いて下さい。和葉様。初めての方が見たらそう思ってしまうのは無理もありませんから」


「はぁ......。まあ、いい。始めるぞ


 掛けまくも 畏き 伊邪那岐の大神 筑紫の日向の 橘小戸の 阿波岐原に 御禊 祓へ給いし時に

 生り坐せる 祓戸の 大神等 諸諸の禍事 罪 穢 有らむをば 祓へ給ひ 清め給へと 白す事を

 聞こし食せと 恐み 恐み も白す」



 一単語紡ぐだけで空気が変わって浄化されていく気がする。正直、ただ祝詞を言うだけでここまで変わるだなんて思っていなかった。もしかしたら、本当に......



「「......っ⁉」」



 それは一瞬だった。絵画から眩しいほどの光が放たれたのは。


「和葉様!」



 そう叫ぶと同時に忠良様が持って来てくれた桶を思いっきりぶっかけると、幸いにも火は消えてくれた。

 ただ、



「......」



 絵に一番近くにいたこともあってわたしがぶん投げた水が掛かってびしょびしょになった和葉様に火がついたかもしれない。

 和葉様が放つ言葉にびくびくしていると、



「い、今、何が起きたんだ......?」



 全く別の、それでもこの場にいる全員の思いを代弁している言葉が茫然とした和葉様からぽつりと零れた。

災いを祓う祝詞を唱えたのに絵が燃えてびっくりしています。二人と違って別のことを考えていますが、これでも驚いています。


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