燭台の怪火弐
「『化学』の授業ですか?」
「百合殿、『化学』とは何でしょう?」
せっかく決めたので、言及しないで下さいよ。そんなわけで清さんと忠良様の質問は聞こえなかったことにして、
「清さん、台所から......を貰って来てほしいです。忠良様、申し訳ございませんが、燭台をこちらに持って来てほしいです」
これから何が起こるのか分からない清さんと一応お客さんの忠良様をぱしった。さんざん教養がない、常識がないと言われているけど、自分の上司をぱしったら駄目なくらいの常識はある。
「かしこまりました」
「分かった」
清さんと忠良様はわたしの願いを受け取ってそれぞれ動いてくれた。あれはともかく、木製の燭台は身長が足りなくて動かしたら倒しちゃいそうで怖かったんだよね。
「それで、百合、今から始まる『化学の授業』というのはなんでしょう?」
「......見たら分かると思いますよ」
......かっこつけるために言いました、なんて言えない。もう皆、これ以上聞かないで!こうなるんだったら、普通のこと言っておけばよかった。
「そうですか?どのような結果になるのか楽しみです」
これ以上質問してこない仁湖様の対応に救われるよ。この人、空気を読む能力高くない?
そんなことを考えているうちに
「百合、持ってきましたよ」
「燭台はこちらでよろしいでしょうか?」
「はい。清さん、忠良様、ありがとうございます」
清さんと忠良様によって準備が整った。
「まず、忠良様がご覧になったのは通常の炎が黄色になったという現象ですね?」
「はい、間違いありません。この目で見ました」
「それってこのような色ではないでしょうか?」
わたしは清さんに持ってきてもらった粉、食塩を燭台の上で煌々と照らす灯に振りかける。
するとどうなるでしょうか?
「そう!これです!」
「嘘......!」
「炎の色が変わるなんて......」
三人の反応を見れば分かる通り、炎の色が振りかけた瞬間、変わった。
実際に見た忠良様が頷いたから、これっぽいね。やっぱり、黒魔術なんて意味不明な物じゃななくて、
「炎色反応ですよ。ある特定の物質を含む物を火につけると色が変わるんです」
炎色反応
周期表一族のアルカリ金属や二属のアルカリ土類金属、銅の化合物を炎に入れるとそれぞれの元素特有の炎色が見られる反応のこと。
懐かしいなあ。炎色反応を示す元素が全く覚えられなくて苦労したっけ。
「百合、どうして食塩だと分かったのです?忠良様の説明には食塩の言葉はございませんでしたよ?」
「食塩と分かったわけではないですよ。食塩以外にも『炭酸ナトリウム』、えっと、重曹なども黄色を示します。おそらく燭台に付着した物質を調べれば、何が原因なのか分かるかと思います」
まあ、この世界でナトリウム化合物で身近なものと言ったら食塩に当たるから、塩化ナトリウムだと思うけど、それは向こうにお任せ。それ以上は専門家の人にお願いして調べてもらってね。
「ではそのように進言致しましょう。もちろん、百合殿の名前を一緒に」
「まさか、百合にそのような知識があるなんて驚きました」
「これほど博識にもかかわらず、教養があれほどとは.......」
清さんがありえないみたいな顔をしているけど、わたしには結局受けられなかったけど、とある国公立大に合格するために死ぬ気で勉強した化学と忘れかけている共テレベルの古典常識の知識がある。どっちの方が知識あるって言ったらさ、化学に決まっているでしょ?
「清、人には得意不向きがあるのですよ。百合の場合、貴族としての知識ではなく別の分野だったんですよ。ですが、百合。清が教えている知識は後ろ盾が弱いあなたの立場を守ることができるのですよ」
仁湖様みたいな貴族の侍女だけでいけると思ったけど、世の中には揚げ足を取りたい人はいっぱいいるからね。そういう人ってめんどくさいから関わらないのが一番いいけど、そうは言ってられない時だって来るかもしれないから、頑張らないとか......。気は進まないけど。
「では、わたくしは帝に伝えに行って来ますね。後日、報告いたします」
「ええ。頼みましたよ」
忠良様は仁湖様に別れの挨拶をして帰って行った。さて、久しぶりにゆっくりと......
「では続きをやりましょう」
え?仁湖様、助けて下さい!
「百合、頑張って」
視線を送ったけど、帰って来たのは激励の言葉。
嘘でしょ......?わたしは休憩時間は終わりというばかりに目の前に置かれた巻物を読むことになった。
いつになったらわたしは休めるんだろう?
この話を書いている時、学校の授業で先生の演示実験を見たのを思い出しました。小さな花火みたいですごくきれいだったんです。そして、真っ黒になって使えなくなった試験管が強烈な記憶となりました。
次の投稿は6月22日頃の予定です。