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燭台の怪火壱

 「ーこちらが先の帝。そして、この方は今は隠居していますが、先代の左大臣。ああ、今の左大臣は嫡男の忠信様ですね。宮中行事で会うかもしれないので、覚えといた方が良いですね。忠信様の正室は」



 こちらの世界に来て早数日。


 わたしは仁湖様っていう偉い人の侍女になって、こうして先輩侍女の清さんから教育を受けていた。



「百合?聞いてますか?」


「もちろんです。た、確か、貴族の人物関係についてですよね?」



 今の帝がまだ二十代で、奥さんがいっぱいいるっていうのは覚えた。後は先帝と右大臣だっけ?他にも何人かいた気がするけど、名前が似すぎて全く覚えていない。


 それに、わたし、人の名前、覚えるの苦手なんだよね。クラス全員の名前を覚えるまで前期丸々かかった人間なので。



「聞いているようですね。では貴族の紹介については終わりにして、次は貴族の官職についてやりましょう」



 人物が終わったかと思えば、官職ですか......。官職っていまいち分からないんだよね。身分制度なんて無縁のわたしからすると、右大臣も左大臣も漢字が違うだけだし、少納言なんて古典の授業で聞いたことがあるくらい。今、ぱっと思いつくのも片手で足りるレベル。


 高校三年でありながら、日本史の知識がなさすぎる?それはね、わたしが地理を選択していたからだよ!え?古典は高校生強制履修だからこんなの知っていて当たり前?確かに1,2年でやった記憶はあるし、わたしだって四段活用ぐらい言えるよ。でもね、共通テストが終わった時期。もう必要ない古典の知識があるとでも?ちなみにわたしは終わってすぐにどこかへ消えてしまったよ。どこにあるんだろうね?探せば出てくるのかな?



「では、まずは一番位の高い関白、摂政から。この二つはどちらも帝に代わって政務を執るのが主な業務ですが、関白は幼少の帝を、摂政は成年後の帝を補佐します。細かい説明は後程いたしますが、左大臣と右大臣は実質的な政治の統率。内大臣は政務の補佐。大納言と中納言は政務の奏上と勅命の宣下。参議は政治において重要な決定に関わります」



 関白と摂政は遠い昔の高校受験でやったからまだ記憶がかすかに残っている。でも、政務の奏上に勅命の宣下?今更だけど、地理選択じゃなくて日本史を選べば良かった。そうすれば、まだ意味を理解できた気がする、たぶんだけど。



「清、百合、一回休憩しませんか?朝から一度も休んでいないでしょう?」



 仁湖様!


 初めて会った時から、気が利くって感じの美人で優しい人だったけど、今はもう天女様に見えるよ......!



「仁湖様、百合に対する対応が甘いのではないでしょうか?百合は貴族女性として最低限の教養しか存在しません。だからこそ、今知識をつけてもらわないと宮中に行くことはできませんよ?」



 無知なのは自覚していたけど、いざ言われるとショック。でも、わたしが持っていることなんて面接練習で身に付けた作法ぐらいだから、知識がないのは事実なんだよね。



「でも、ずっと張り詰めていたらあなたも疲れるでしょう?疲れている状態では己の力を出し切れませんよ」


「姫様がおっしゃる通り。清もこちらを召し上がって一度休んでください」



 誰⁉


 仁湖様と清さんとわたししかいないのに、男が会話に入って来た。


 ぱっと後ろを振り返ると、手土産を抱えた、いかにも仕事できます感を放った男の姿がいた。


 でもさ、しごできお兄さんもせめて部屋に入る時はロックぐらいしてほしいよね。一応、女子部屋なんだから。



「おや、こちらに座っている幼い童が姫様が可愛がっている方ですか?」


「ええ。百合、こちらが左大臣のご子息、忠良殿ですよ」


「......お初にお目にかかります。百合と申します。以後お見知りおきを」



 ......不満が外に出ていないよね?長年集団生活したことで得たともいえる愛想笑いは年々磨きがかかっていた。


 あれ?なぜか全員が驚いたようにこちらを見ている。こういうときって両手を前に出して三角形を作るようにして頭を下げるんじゃないの?



「......この年でこれほどできるとは、将来が楽しみですね」


「恐れ入ります」



 これ以上の会話はぼろがでそうなので、なるべく自然に見えるように仁湖様の後ろに下がった。


 後はよろしくお願いします!


 わたしの意図が伝わったのか、清さんが会話の流れを作ってくれた。



「忠良様、本日はどのようなご用件で?」


「百合殿を見に来たついでに一つ宮中のお話を持ってきました」


「宮中、ですか......。離宮で暮らしているわたくしには関係ございませんよ?」


「それは存じております。実は、今困ったことがありまして......」



 忠良様は周りを警戒しながら



「何者かが宮中で呪詛を使用した可能性があります」


「......っ⁉」


「......へ?」


「それは本当なのです⁉」



 わたしの間抜けな声は珍しく清さんの声が動揺でかき消されたけど、呪詛?忠良様が間を置いたからてっきり深刻な話かと思って気を引き締めちゃったけど、呪詛ねえ。呪いとか信じる人を否定する気はないけど、改まって言う必要あるの?



「宮中で呪詛なんて......。皆は無事ですか?」



 もしかしてわたし以外全員信じるタイプですか......。



「はい。その場にいた者は全員無事だそうです。おや、百合殿は怖くないのですか?」


「へ?ええっと呪詛がまだ使われたと断言されていないのに恐怖を抱いてしまっては先入観に囚われてしまいますから」



 呪詛なんて非科学的なこと信じるわけないでしょう?を頑張って言いかえたわたし、偉いと思う。



「......ですが、あの状況を見れば呪詛だと思ってしまいます。橙色の火がいきなり黄色になりましたから」



 火が黄色に?



「忠良殿はその現場にいらっしゃったのですね」


「ええ。ちょうど帝に政務を報告していた時でした。わたくしが帝に奏上しているときに炎の色が変容いたしました。そのせいで報告はおあずけとなったのです」


「帝の前で黒魔術をするなど、無礼にもほどがありますよ......!」


「ですが、帝の周辺は常に警護をする方がいるはずですから、黒魔術を仕組むなど......」


「姫様がおっしゃる通りです。ですから、我々も困っているのですよ。あの時、帝の側にいる者は高官に帝と親戚関係がある者。それと尚侍。わざわざ帝に叛意を抱いて疑われるような物好き以外は犯行いたしません。ですが、燭台の近くにいたのがわたくしの父である忠信であったことから、父をはじめとする我が一族は日が経つことに疑いの目がかけられているのです。父は帝から信頼があったことから、今回の件を帝は非常に驚き、なんとか周囲に弁解し、解明した方に褒賞を渡すと奏上しましたが、我が一族が落ちるのは自明の理。優秀と称されていた姫様に知恵を頂こうと今日は参上したのです」


「わたくしからの知恵だなんて......。どうやらわたくしには荷が重いようです。清、百合、やってみます?」


「ご期待に沿えず申し訳ございません。仁湖様を越えるほどの英知をわたくしは持っていないので」


「百合、やってみますか?」


「仁湖様、百合はまだ10にも見たいない子どもですよ」



 清さんはわたしが全くできないと思っているし、忠良様もわたしには期待していなさそう。きっと仁湖様も形式上聞いただけ。

 わたしだって空気は読めるから、ここで無理ですって断る雰囲気なことも分かる。普段ならそうしたし、自分から仕事を増やしたくないから断る。

 でも、報酬が出るなら別。



「わたし、やってみます」


「百合?」


「無理して入らなくても大丈夫ですよ?百合はまだ子どもですから、政治の世界に入る必要はないんですよ」


「こちらとしてもありがたいですが......」



 本当に大丈夫なのか?という懐疑、心配、不安の視線が送られるけど、あえて無視。見た目で判断されるなんて、今更だし、こればかりはどうしようもない。



「報酬の話は本当なのですよね?」


「え、ええ。お言葉は頂きましたし、書があります」


「では、詳しく説明をお願いします。先程の説明では端的すぎて選択肢が絞れませんでしたので」


「あ、はい。これはつい数日前のことー」



 よく分からない単語があったのと人名が多かったので、内容をまとめると、現場には忠良様をおはじめとする高官が十名が帝と尚侍とかいう女官が三名。忠良様が帝と話していると後ろから悲鳴が聞こえて、振る変えると燭台の灯りが一つだけ黄色に変容してしまった。


 ざっとこんな感じか。



「それって全員の見間違いってことはないですよね?」


「まさか。この場にいた全員が見たんです。他の燭台は普通なのに一つだけ不気味な黄色で......」


「そうですか。」



 全員が口裏を揃えて偽りの情報を渡した可能性は低い。全員が高官である以上、警備もしっかりしているから、事前に仕込むこともできない。



「百合、何か分かりましたか?」


「そうですね......。いくつか候補はあります」


「「⁉」」」


「もう分かったんですか⁉」


「分かったと言っても候補、ですから」



 胡散臭いけど呪詛の可能性は捨てていないし、もしかしたらわたしの予想が全部外れるかもしれない。だけど、じっと考えるより実際にやってみないと分からないことなんていっぱいあるよね。選択肢を絞るなんて後からでもできるし。



「では今から化学の授業を始めます!」

化学の授業が始まります。

化学ができる理系女子ってかっこいいですよね。わたしは化学ができないので百合が羨ましいです。

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