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常識?教養?日本史選択ではないわたしが分かるとでも?

 「仁湖(にこ)様、目が覚めたというのは本当ですか?」



 両手に桶と見慣れない織物を抱えた女性が部屋に入って来た。荷物も気になるけど、わたしの目の前に座っている人は仁湖っていう人なんだ。


 力が上手く入らない腕を使って体を起こすと、この世界がどこなのか嫌でも分かってしまった。


 ここ、現代の日本じゃない。


 目の前にいる美人なお姉さんも後ろで何やら準備している人も夏祭りで着る浴衣よりもっと古くて歴史の教科書に載っているような着物......えーっと、あれあれ........ほら、数字がある着物で.........



「十二単だ!」



 はぁー、すっきりした!



「『じゅうにひとえ』、ですか?」


「申し訳ございません。『じゅうにひとえ』というのはどのようなものでしょう?」



 でもすっきりしたのはわたしの頭だけで、仁湖さんも平安時代版のメイドさんも知らない言葉のようで困ったような笑みを浮かべていた。



「十二単というのは、仁湖様が今お召しになっているような着物ことを指す言葉......と習いました」



 接客業をしているから嫌でも丁寧な言葉遣いは慣れているけど、学校の先生相手でもここまで気をはったことはないかも。使うとしても、ですます、で、尊敬語とかはめったに使わないから合っているか不安。こういう時、もっとやっとけば良かったって後悔しちゃうんだよね。


 内心で反省していると、



「このような袿を『じゅうにひとえ』というのですか.........。姫君、身支度を整えてもよろしいでしょうか?」



 常日頃、ママから、だらしない、落ち着きがない、どんくさいと、称されていたわたしがお姫様とは人生何があるのか分からないよね、ほんとに。トラックに轢かれて死んだと思ったら、別の世界にいるもん。



「姫君?」


「あ、お、お願いします」



 見知らぬ時代劇に出てくる着物を纏った人に囲まれるという一大イベントのせいで緊張しながら、立ち上がると、あれ?


 視界がいつもより地上に近いし、わたしと同じくらいの身長だと思っていたお手伝いさんがわたしよりもはるかに高い。


 認めたくないけど、わたし、縮んだよね......?身長は特に気にしなかったけど、これはショック。1ミリとかの話じゃなくて、間違いなく数十センチ小さくなっている。


 ここまで身長が変わっているなら、ただ幼くなっただけじゃなくて別人になっている気がする。


 一回気になり始めると思考が止まらない。



「あの、ここに鏡はありますか?ああ、そこにある桶を除いてもいいですか?」


「あ、ちょっと」



 わたしは静止する声を無視して水が入った桶をのぞき込むと、



「これが、わ、たし......?」



 そこには芸能人もびっくりするぐらい顔立ちが整った顔が映っていた。


 一重でママ由来のがさがさ肌を持っていた百合園紗奈の遺伝子は微塵も受け継いでいない。


 ゆで卵のようなぷるんとしたもちもちの肌。ぱっちりとした二重の瞳に長い睫毛。完璧すぎる顔の配置。


 動きが連動しているから間違いなくわたしなんだろうけど、自分で自分の顔に見惚れてしまう。


 じっと桶を除いていると、



「......身支度したいのでこちらに来て欲しいのですが?」



 圧力の籠った声が背後から聞こえて、そっと振り向くと織物を抱えて満面の笑みを浮かべた人が佇んでいた。



「す、すみません。い、今、行きます」



 これがママだったら、後で行くとか適当な返事をするけど、この人はだめだ。まじで怖い。



「んふふ。身支度していらっしゃい。清は怒らせると怖いですから」



 この人、清っていうんだね。覚えておこ。


 清さんは何故か大きな溜息をこぼすと



「失礼しますね」



 そんな声とともに緑色の衣をわたしに着せた。着物と同じ形だけどずっと大きい。


 でも興味津々に次々と着せられる衣を見ることができたのははじめだけだった。



「次はこちらを」


「ではこちらを」


「袖を通してください」



 お、重い。体が小さくなった分、耐えきれる重量も小さくなったみたいで、立っているのがやっとだ。



「あの、座っても良いですか?」


「......姫君は子どもなのでこれぐらいにしときましょうか。」



 ようやく終わったよ。清さんは名残惜しそうに広がった衣をじっとみているけど、もう無理!これ以上着たら、わたし、潰されちゃう!



「清、ありがとうございます。色々と聞きたいことがあるので、こちらに来られますか?」


「分かりました」



 今、赤い袴を踏んでいるから気を付けて立ち上がらないと。


 でも、かなしいかな。わたしのどんくささは別の場所に行っても治っていなかった。


 ドンッ!


 裾に滑って頭から床にダイブ。いっぱい着物を着ていたおかげで衝撃は来なかった。やったね。でも、



「だ、大丈夫ですか?」


「これぐらい平気ですよ」



 何故かとんでもないものを見たかのように仁湖様も清さんも驚いている。いや、あの、年中膝上スカートだったわたしはロングスカートに慣れていないんです。


 いきなり裾を引くような服を着たら誰だって足元が不安定になるんだよ。恥ずかしいからこれ以上言及しないで!



「そ、そうですか」


「安心しました」



 わたしの必死な思いが伝わったのか仁湖様も清さんも言及しなかった。でも、わたしが一歩進むごとに横にいる清さんが私のことを見ている。流石に二回も転ぶようなヘマはしないよ。......たぶん。


 仁湖様がいるところまで行くと二人はほっと安堵したような息をついた。



「あれから何事もなくてほっとしました」


「まさか転ぶとは、思っていませんでした」



 すみません。わたしも転ぶとは思っていませんでした。



「わたしが転んだことは置いといて、聞きたいこととは何でしょうか?」


「そうでしたね。まず、あなたについて教えてくれるかしら?わたくしたちも屋敷に倒れていたあなたを助けて、色々と調べさせてましたが、情報がほとんどなかったのです」


「服装から貴族の娘であることは分かりました。大変失礼ですが、こちらではあなた様がどちらの一族にいらっしゃるのか存じ上げていないのです」



 知りたそうにしているところ悪いけど、私も全く存じていない。



「わたしの名前は百合園紗奈です」




 名前以外にも情報はあるけど、どこまで言葉が伝わるのか分からないから、状況を見てって感じで良いかな。なんせ十二単が通じないってことを既に体験したからね。



「百合園、紗奈、ですか。では百合と呼んでもよろしいでしょうか?」


「あ、はい。大丈夫です」



 いきなりのあだ名呼び......。仁湖様ってコミュ力高いね。



「百合、あなたはこれからどうしたいですか?」


「どうしたい、ですか?」



 オウム返ししちゃったけど、どうしよう?想像したくないけど向こうのわたしはトラックに跳ねられて今頃見るも無残な姿になっていそうだし、そもそも戻り方が分からない。



「百合には三つの道があります。一つはあなたの家族を探して実家に戻ることです。縁ができた以上わたくしも手助けいたします。二つ目は実家に戻らず、わたくしの屋敷を出て暮らすことです。貴族女性が一人で暮らすのは危険ですので、あまりお勧めはいたしません。三つ目は今まで通りわたくしの屋敷で暮らすことです。百合、あなたはどの道に進みますか?」



 わたしの家族は別の世界だからどうしようもないし、今来たばかりの世界で一人暮らしするのは怖い。

 三つ選択肢が出されているけど、最初から一つしかない。



「仁湖様の屋敷で暮らしたいです」


「かしこまりました。ではそのように手配いたしましょう。では、改めて。ようこそ、百合」


「これからよろしくお願いいたしますね」


「新米ですが、頑張ります!」



 ここは最低限の広さと家具しかなかったアパートと違って広い。そして、絶対に手に入らないだろう豪華な服。ここなら、もしかして......



「では百合、早速こちらを片づけましょう」



 のんびりと......



「それに、貴族の常識をつけましょう。百合はわたくしの侍女ですからね」



 ......のんびりと暮らせなさそう。

 大きな家に住めば生活環境が変わるというわたしの願望は浅はかだったみたい。場所は変わってもわたしのやることは変わらない。いつになったら、休めるのかな、わたし。

離宮女官は休めません。

頑張れ、百合!

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