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甘い企み七

「そもそも、このパンが膨らむ原理は酵母菌と呼ばれる物質によって作られる気体によって膨らみます」



 伝わらないので言わなかったけど、これはアルコール発酵っていうんだよね。

 アルコール発酵

 グルコースから生成されたピルビン酸が過程を経てアセトアルデヒドとなる。そして、さらに反応は進み、アセトアルデヒドから水素が結合してエタノールが生成される反応のこと。


 この過程には酵素やNADHといった物質が絡んでいるし、呼吸の一番目の反応である解糖系と同じだったりして暗記するのは大変だった記憶がある。

 途中から呼吸と分岐するせいでわけ分からなくなるんだよね。



「それで、その反応が何と関係しているの?」


「時間ですよ。今の季節は冬ですが、火鉢があるおかげでこの空間は暖かく、発酵には適切な温度となっています。また、発酵というのはすぐに起こるわけではなく、二時間ほどかかり、悲鳴が聞こえたのは、生地を作って二時間後ぐらいです。そこから考えると一人だけ証言がおかしいのですよね、薬子様?」



「「......っ⁉」」



 わたしが名前を出したことで全員薬子様に視線を向けた。



「やっぱりあなただったのね⁉わたくしの扇を盗んだのは⁉」


「......ええ、そうですよ。というより盗んだ、というのは少し語弊がありますね。なにせその扇はわたくしの物なので」


「何言っているのです⁉この扇はわたくしが帝からいただいた物なのですよ」


「その扇、わたくしは帝に差し出した物ですから、帝が持っていて当然でしょう?わたくしの全力をかけて作った扇が横流しにされた挙句、それを別の妃に与えたのですよ?信じられます?」



 声は荒げていないのに、言葉の節々から怒りと悲しみが込められていた。



「あなたから扇を奪ったことを見つかれば、後宮追放は必須。もしかしたら、命を奪われるかもしれない。でも、それでいいのです。あの方はわたくしのことを一度も妃として見てくれませんでした。そのような方の横に立てるほどわたくしは強くないので。では、わたくしは行って来ますね。それでは、ごきげんよう」



 薬子様はどこかはればれとした顔をして部屋を出て行った。


 生活は全て保証されていても愛されることない。

 まるで、わたしと反対......。



「......ではわたくしも失礼します。事を納めてくれたお礼に後日お礼を送りしますね」


「莉子様、会の途中で悪いけど、わたくしも失礼するわ。後日、わたくしの会に誘うわね。百合もありがとう。仁湖によろしく伝えといてくださる?」




 薬子様が出て行って気まずくなった部屋から出るように桂子様と佳奈子様が出て行って残されたのは知湖様とわたし。



「お二人とも帰ってしまいましたね。この生地はどうしましょう?」


「もちろん、食べますよ」


「莉子様が必要ないのなら貰ってもいいでしょうか?もったいないので」


「それで、次の工程はなんなんだ?」



 莉子様以外は作る気まんまん。和葉様とわたしはともかく、松雪様も肝が据わってるね。

 事件が起きたばかりだというのに、ちょっと発酵しすぎちゃった生地を巻いた棒を木炭を足した火鉢の中に差し込んで焼いた。



「あの、さきの事件の続きなのですけど、何故薬子様が犯人なのですか?わたし、分からなくて......」


「薬子様は佳奈子様がいなくなった時の時点で生地が膨らんだと言ったのですよ。佳奈子様がわたし達が散歩した後、すぐに外へ外出した様子は桂子様の言葉によって証明されてますからね」


「そうですか。わたし同情するつまりはありませんが、少し薬子様の気持ちも分かります。努力した結果が全て無に帰ってしまって、誰からも愛されない状況は悔しいし、寂しいですから」



 努力した結果が報われないのは悔しい。

 それは分かる。

 でも、愛って何?愛されないことが寂しいって何?

 わたしには理解できなかった。

甘い企み編終了。

次回は新しい話に入ります。

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