甘い企み肆
「まず、この強力粉と砂糖と塩とこの瓶に入っている魔法の酵母ちゃんを入れて混ぜます。着物が邪魔な場合、紐でたすき掛けをすると良いですよ」
わたしの場合、十二単を着て転んだせいで、今日の恰好は踝くらいの赤袴に一枚だけ羽織を着ている状況。
火鉢が何個もあるからこんな薄い恰好ができるのであって、さすがに外に出る時はもう数枚着ている。
ほぼ袴に近い私と違って、他の方はきちんとした正装。いや、あの格好をして転ばないのは凄いなって思うのはもしかしてわたしだけだよね。きっと。
「松雪。手伝ってくれる?」
「かしこまりました。このような感じでよろしいですか?」
「ありがとう!松雪もやってみる?」
「結構な体力が必要よ、松雪」
「ご忠告感謝します、佳奈子様」
佳奈子様と莉子様の雰囲気は終始和やか。問題の反対側を見ると、
「「......」」
めっちゃ集中していた。また喧嘩しているのかなと思っていました。ごめんなさい。
「(大丈夫か?交換しようか?) 」
「(これくらい大丈夫ですよ。あともうちょっとですから) 」
本音をいうともう腕はぷるぷるしてきている。でも、生地が一つにまとまって、表面がつるっとしてきたから、もう終わる。
「このような状態になったら、しばらく放置します」
「放置、ですか?」
「はい。この生地が二倍ほどになるまでしばしの休憩です」
「では、残った時間で和歌を作りません?せっかくですし」
へ⁉和歌⁉たぶんというか絶対にわたしのできが一番悪いよ。だって、ねえ?わたしが持っている和歌の知なんて5・7・5・7・7で枕詞があるくらい。あとは......縁語?とか掛詞?があった気がする。
「すみません、桂子様、さすがに和歌はちょっと......」
「今は和歌を上手にできる気がしないので」
「あら?わたくしったらすみません。百合様はともかく、莉子様が和歌が苦手であることをすっかり忘れておりましたわ」
「桂子様はいつも都合の良いように忘れる方なのですね。さぞ、頭の中は賢いことで」
......もう二人は勝手にしてください。
「見て。外には随分と雪が積もっているわ」
外を見ていた佳奈子様に言われて意識が御簾の外に広がる外を見ると、一面が真っ白の世界だった。
牛車に乗っていた時は曇天だったから、パンを作っている間に雪が降って積もったのか。
「ちょうど時間ができたから、外に行くのもありかも......」
「雪が降っている中ですか?わたしも一緒に行っていいですか?」
「もちろんです、莉子様。佳奈子様はどうしますか?」
「わたくしはここで待っているわ。楽しんでおいで」
......佳奈子様も大変だね。
衣をもう一枚羽織って外に出ると衣に雪が落ちてくる。
わたしと莉子様が外に行くと言っても、和葉様も松雪?さんも付いて来るから、4人で後宮を闊歩。
「本当にありがとうございます、百合様。わたし、桂子様の言う通り、苦手なんですよね。ただでさえ、更衣という位でありながら、貴族女性ならできて当たり前の和歌ができないせいで、桂子様や薬子様から、その、あれなんですよね」
確か、更衣って帝の妃の中で一番下なんだっけ。
貴族であることは変わりないけど。
「いえ。わたしも苦手ですから。莉子様ってい今何歳ですか?」
「年が明けたら、13になりますね。百合様は十歳ですか?」
「それくらいだと思います」
実年齢は年が明けた1月29日に18歳なる。だから、莉子様と五歳差か......。
13歳って何してたんだろう。......近所の学習塾で小学生に教えてお弁当を作っていた記憶しかないな。
「そういえば、百合様は学に優れているそうで。自慢ではないのですが、松雪も凄いのですよ」
この人、確かわたしが生物選択の理系って自己紹介した時、反応した人だ。
「少し、ですよ。昔、異国の学を学ぶ機会があったので。百合様は理科の知識が豊富なのですね」
「好き好んで勉強したわけではないですよ」
「そうだったのですか⁉意外ですね」
「あ、あの、失礼ですが、お名前を聞いても良いですか?」
「そうでしたね。自己紹介が遅れました。わたしは和子と申します」
普通に偽名を使って莉子様と話をしているところを見るともう慣れを感じるよね。
「和子様も知らなかったのですか?」
「はい。お恥ずかしながら、最近百合様に仕えたばかりの身でして......」
「そうだったのですか」
そんなわけあるか!普通のことのように嘘をつく和葉様に簡単に信じる莉子様。そんな莉子様を見守る松雪さん。
莉子様、もう少し、警戒心を持った方が身のためだよ!松雪さんも莉子様が嘘に引っかかっている時点で遅いけど、もっと相手を警戒して。
「百合様は化学の中で何が一番好きなのですか?」
「そうですね......分野としては無機化学でしょうか。あ、無機化学というのは炭素が含まれていない物質のことを指します」
「無機化学、ですか。確かに金属の性質を使った実験はわたしも好きです。先生に見せてもらいました」
「ですよね!わたし、沈殿した物質が再び溶けて水溶液が透明になる実験を見た時、化学って凄いと思ってしまいました」
「沈殿が溶ける?」
「無機化学?」
松雪さんと盛り上がっていると隣から聞こえたのは二つの疑問の声。
完全に二人を置いて行ってた。
わたしと同じように現状に気づいた松雪さんは
「すみません、莉子様。いつか見せますね」
「楽しみにしてますね。あ、でも、金属は大丈夫ですか?」
「莉子様のためならそれくらい平気です。少し体が冷えてきたので、戻りましょうか」
「そうですね。ではこちらも行きましょうか」
和葉様に促されて周り右をしようとすると、
「きゃああああ⁉」
「「「⁉」」」
悲鳴が聞こえた。一体何事⁉
散歩していると悲鳴が聞こえました。
何が起きたのでしょうか?その回答は明日のわたしにお任せします。