店員A
2024.11.28 修正しました。
ーーーカランカラン
びくっと肩を揺らし、入口に顔を向けた春香。
「もう開けてんのー?マスター!今日早くないかー?」
紙袋を2つ抱えた長身の青年が店内に入ってきた。
質の良さそうなスラックスにシャツ、ベストを着て、腕まくりをしてから、まっすぐカウンター内で紙袋に入っている食材たちを整理していく。
ニコニコ笑ったまま、ずっと春香を見ているイケオジこと、マスター。喫茶店でマスターは、ベタだな。
返答がないことに疑問をもった長身の青年は、カウンターからちょこっと顔を出し、マスターがいる方向、すなわち、春香もいる方向に視線を流す。
「えっ!?!?!?誰!?!?!」
「失礼ですよ。お客様に対して。」
若い青年に目もくれず、春香を見たまま、静かに指摘をした。
「・・・いらっしゃいませ。お客様。」
青年はすくっと立ち上がり、片手を胸に当て春香にお辞儀をしてくれた。
「お、お邪魔してます。」
と焦りながらぺこりと頭を下げた。
「すみませんね。礼儀がなっていなくて。彼は店員なので安心してください。店員Aくらいでいいです。」
「はぁ、、、」
「店員Aぇー?そんなこと聞いたことないよ!」
「いいじゃない。もうそれで。」
「よくないでしょう!」
せっかくマスターとの穏やかな時間が壊れ、また緊張の面持ちになってしまった春香にマスターは優しく声をかけた。
青年、いや、店員Aのお辞儀は丁寧な所作で、春香はこの人も育ちがいいのかと考えていた。
もう帰ろうかな、そういえば、時計がない・・何時だろう。
ポケットからスマホを取り出し、時間を確認しようとすると、圏外の表示だった。
「あ、ここ圏外なんですよ。不便でしょう?山の上ですから。」
マスターはゴールドのチェーンの先にある懐中時計を取り出し、時間を確認してくれた。
「今は、午後2時すぎです。またロープーウェイはありますから、帰りは安心してくださいね。」
「はい、わざわざありがとうございます。」
マスターの話を聞いて、店員Aは、焦ったように声をあげた。
「ちょっ、マスター!その子ロープーウェイから来たって?!?!嘘だろ、あそこは扉が・・」
「店員Aは黙っていてください。」
「店員Aってなんだよ、店員Bはいないだろ?」
店員Bはいないんだ、ということは二人で切り盛りしてるのかな?結構人数入りそうだけど、意外としごできなのかも?
暢気な思考で二人を掛け合いを聞いていた春香。
「えぇ、私たち二人しか店員はいないんですよ。」
「うぇっ?!?」
「マスター!俺との会話は無視ぃ!?」
嘆くようにカウンターに上半身を乗せて感情をむき出しにしている。
「今日は、私の気分が良くて早めに開店したんです。あなたが入ってきてくれてよかったですよ。」
「(うわぁ・・フル無視されてる・・)もうこれが最後ですか?」
「まじで無視されてるーひどいー俺可哀想ー」
「おや、もう私には会ってくれないのですか?」
マスターは、変わらずニコニコ笑いながら春香の反応を楽しみながら会話をしている。
「いえっ!そういうことではなく、もうここには来られないのかと思って・・」
春香は目線を下げ、もうこのソファーともお別れかと落ち込みながらぼそぼそ声をだしていた。
「そんなこと「お姉さん、何も知らないんだね~」
マスターの声に被せるように店員Aは春香に伝えた。
春香の頭には、???が浮かび、意味わからないという顔を店員Aに向けた。
「ここはね、「店員Aは仕事を続けてくださいね?」
「・・・はーい。」
店員Aは、ゆっくりカウンター下に身体を下げていった。
「実は今、旅行中というか、就活中というか、ニートなんです。だから、この辺りで宿があれば泊まりたいと思ってきたんですけど、きっとないですよね?」
マスターの優しさに甘えてしまえと、自分の現状を思い切って伝えてみた。
泊まるところがなければ、帰るしかないが、せっかくの現実逃避だ。出来ればもう少しこの辺りにいたいと思ってしまった。
「へえ、旅行と就活をね。また、辺鄙なところに来たよね。もともとここに来たかったの?」
自分の話を受け止め、引かれることなく会話を続けてくれたことに春香は感謝していた。
「いえ、本当は海辺に行くつもりだったんです。でも、この山のロープーウェイに惹かれて来ちゃいました。えへへへ。」
スマホの裏に居れた切符をみて、あのロープーウェイから見た景色を思い出しながら笑顔になってしまう。
「そっか、そっかぁ。」
長い脚を組み直し、ソファーに預けていた背中を起こして、テーブル越しに上半身をぐっと春香に近づけた。
マスターの圧が強くなり、春香も少し身構える。
「しろくまは、好き?」
マスターと店員Aの絡み、大好きなんですw