傾国の災姫 28話
セレスは剣の柄に手をかけたまま動けずにいた。
老人は穏やかに微笑んだまま、大広間を見渡し、ため息交じりに言った。
「二国が手を取り合う……それは少々、困るんですよ」
エドワード王が驚きのあまり目を見開き、どうにか言葉を紡いだ。
「ベネディクト……教皇猊下、な、なぜ貴方が……!?」
どうやらエドワードとは面識があるらしい。 セレスも、名を口にこそしないが、相手が誰であるかは分かっているようだ。
ベネディクトと呼ばれた老人は、穏やかな笑みを崩さない。
エドワードが一歩前に出て、声を張った。
「猊下、玉座での突然の魔法の行使など、どういうおつもりか。 それに貴方は常々、両国の和平を望んでおられたのではないのか」
王の声には、困惑と怒りが入り混じっている。
「このような転移魔法は見たことがない。 貴方のシジルは『神光』のはず……一体何を隠しておられるのだ?」
矢継ぎ早の問いかけは当然だろう。
和平の仲裁者であるはずの教皇が突然現れたと思えば、降伏を阻止しに来たのだ。
意味がわからなければ問い質すしかない。
ベネディクトは、エドワードの問いかけを最後まで聞いていた。
だが、答える気はないようで、穏やかだった笑みが、ほんの一瞬だけうんざりしたものに変わっただけだ。
「……腑抜けた王に用はありません」
静かな声だった。
ベネディクトが杖をエドワードに向けると、先端に、白金の光が灯る。
「代わりはいくらでも用意できますので。 …どうぞ、ご退場ください」
「何を――」
エドワードが反応するより早く、光が走った。
白金の光線が、エドワードの胸を貫いたのだ!
光は胸の中に潜り込み、内側から何かを引きずり出そうとしている。
「ぐ、ぁああ……ッ!!??」
エドワードの顔が苦悶に歪んだ。
「何をしているの!?」
セレスは問いかけるが、ベネディクトは無視を続ける。
王のシジルの刻印が、皮膚の下から浮かび上がり、鮮明に発光し始め、杖に吸い上げられるように光が杖へと還っていく。
(もしや、シジルを、力を抜かれているのか!?)
一瞬の間で、エドワードが膝をついた。
数秒程度で肌の色が失せ、髪に白いものが増え、屈強だった肉体が萎んでいく。
「陛下ぁッ!!」
側近たちが駆け寄ろうとするが、ベネディクトの周囲に展開された光の壁に弾かれ、近づくことすらできない。
「やめろぉぉぉ!!!」
先ほど降伏に異を唱えた騎士がベネディクトに斬りかかる。 だが、光の壁に触れた瞬間、剣ごと吹き飛ばされた。
騎士は壁に叩きつけられ、意識を失う。
数秒かからなかっただろう。
真なる森王のシジル。 それが光の線を通じてベネディクトの杖に吸い込まれ、その中に収まった。
エドワードは、玉座の前で崩れ落ちると、物言わぬ抜け殻となってしまう。
年齢を感じさせない壮健な男だったものが、今はただの骸にしか見えない。
呼吸は浅く、意識があるかも怪しいが、シジルを失った王に、側近たちが慌てて駆け寄っては様子を確かめている。
「ふぅむ…やはり、真なるシジルは宿主への依存度が高いようだ。 宿った年数でこれほどの変化が起きるとはな」
ベネディクトは興味がなさそうに感想を述べ
「さて」
ベネディクトは再び微笑み、セレスへと向き直った。
「セレスティアお嬢様、貴方はどちらを選びますか」
「…どういう意味?」
「引き返して、再び停戦と戦争を繰り返していただけるのであれば、シジルと命まで奪う必要はない。見る限り、お先が短い貴方ですから、見逃してあげると言っているのです。 シジルは戦いの中でこそ、真価を発揮するものですからね。 ……ここからは、お判りでしょう?」
セレスは即答した。
「王にシジルを返しなさい」
ベネディクトはうんざりしたような顔に変わる
「はぁ…………いけないですね。 貴方の先代の方々はもう少し、物分かりが良かったのですが。 では貴方のシジルもこの場で返していただくことにしましょう。 面倒この上ない話ですが……また、適当な者をあてがってやればいいだけですからね」
「先代っですって……まさか!?」
ベネディクトは彼女の質問に答えずに、作業的に杖をセレスに向けた
「もう終わりです」
「…!」
「セレス!!」




