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傾国の災姫 26話


 ガルヴァンとの戦闘を終え、俺はハゲとメディを召喚解除してから、エリーゼの竜に乗せてもらい、セレスの戦場へと向かった。


 風の真実シリーズの術者がいる方角だ。


「風が止んでいるようです」


 あの暴風域が沈黙したということは、何らかの動きがあったに違いない。


 近づくにつれて景色がおかしくなっていく。


「……なんだ、これは」


 まるで、季節が三つほど飛ばされたかのよう


 吹雪が去ったあとのような……いや、吹雪はまだ優しい。これは災害と言ったほうがいい。 人ひとりが引き起こした、限定的な氷河期と言うべき空間。


 グレイド戦に近いが、それ以上にパワーアップしている気がした。


 空から見ると、ある一点を中心にして、氷の発生源から放射状に広がっている。 外へ、外へと伸びる氷の巨大な花びらのようだ。


 凍てつく大輪の花が、戦場に咲いたのだ。


 その花の中心に、彼女はいた。


「セレスティア様…!?」


 エリーゼが彼女の近くに竜を留め、半ば転げ落ちるようにして着地した。


「あぁ……やっと来たのね。あいぼう エリーゼも」


 セレスは、氷の花の中心で、地面に腰を下ろしていた。


 傍らには蒼黒の竜が伏せている。 鱗の数カ所が剥落して赤黒い肉が覗いており、痛みからか、口元から出る白い息が浅い。 なんとか辛うじて生きている、という状態だろう。


 セレス自身も見るに堪えないほど傷ついている。


 鎧は胸部装甲が完全に砕け、腕のガントレットは歪んで外れかけている。 体を守る機能が果たせないほどの損壊。


 彼女が使用していた剣は地面に突き刺さっており、刃の半分近くが欠け落ちている。


 目尻から頬へ、口の端から顎へ。赤黒い筋が幾本も走っている。


 力の過剰行使による出血の痕で間違いない。 乾きかけた血が白い肌の上に生々しい模様を描いていた。


 とてもじゃないが、勝ったとは言えない姿で、これはむしろ『生き残れた』と評するべきだろう。


「セレスティア様!!」


 エリーゼが真っ先に駆け寄った。


 彼女はすぐにセレスの傍に膝をつき、容態を確認しようと手を伸ばす。


「立てますか」


 肩を貸すように手を取るが、セレスは静かに首を振った。


「……いいわ、自分で立てるから」


 そう言いながらも、彼女は立ち上がろうとはしなかった。


 腕を動かすだけでも痛みが走るのだろう。 わずかに眉が寄るのを、俺は見逃さなかった。


(セレスだけが生きてここにいるってことは……)


「セレス、倒せたんだな」


「当然 余裕よ。 あいぼうにできるのならば、わたくしにできて然るべきなの」


 皮肉めいた笑みを浮かべて、彼女は顎で横を示した。


 その少し先に、一体の氷像があった。


 浅い緑の髪を後ろで束ね、切れ長の目を限界まで見開いた青年。左耳がない。その男は驚愕に染まったまま凍結し恐怖に歪んでいた。


 真なるシジルの保有者だろう。


「余裕? ってお前……」


 俺の言葉を遮るように、セレスが話題を変えた。


「あいぼう、そっちはどうなの。 ガルヴァンは、倒せたのよね」


 自分の傷から目を逸らさせるためにか、どうにかして話を逸らしたいのだろう。


「あぁ、まぁ倒せたが……そんなことより休んで――」


「そんなこと?」


 セレスの目が、不快そうに細められた。


「相手は一国を支えるほどの実力者で、真なるシジルを持つ者の中でも屈指の武を誇る人よ。 なのに、まるで今朝食べるための木の実を取ってきたかのような、手軽に『まぁ、倒してきた』なんて」


 彼女の視線が、俺の全身をゆっくりと上から下へ辿った。


「しかも……傷一つない 貴方……本当に何者なの。 まるで、この世界の人じゃないみたい」


(そうなんだけどさ……)


「俺が何者とかどうでもいいだろ。 それよりも、お前、その傷……まずい状況じゃないのか。だから休憩を…」


「貴方に!」


 声が跳ね


「……貴方に。 心配されるようなことでも、ないわ……こんな傷…っうぐ!」


 強がって立ち上がろうとした瞬間、セレスの口元から鮮血が滲み出す。


 膝が折れかけた彼女の肩を、エリーゼがすぐに支えた。


「セレスティア様!! もう……今はモヒカン様が仰る通り、傷を癒すべきです。 将たる存在が満足に動けない状況では、進軍などままならないでしょう」


(当然の進言だろう。俺もそう思う)


 だが


「ダメよ」


「セレスティア様!!」


「ダメ」


 セレスの声色に交渉の余地など含まれていない。


「真なるシジル持ちが二人とも討ち取られたという事実に、戸を立てることなんてできない。 知られるのは時間の問題だし、王族に時間をかけられ、引き上げた兵たちで態勢を立て直されたら、今度こそ終わり。 わたくしは今この場で、歩みを止めるわけにはいかないのよ」


「でも、相手の国も残りの兵で守りを固めているんじゃないのか? こんな状態で攻めたところでどうしようもないだろ」


「間違いなく、ここには最高戦力を投入している。 過去、真なるシジル持ちを二名も戦争に投入したことなんてなかったはず 守りを固める余剰なんてない」


 セレスの目はヴェルディアの首都がある方角を見据えていた。


「そして今、敵は負けるとは微塵も思っていない この時こそが、最大で最後のチャンスなの。 あとは、がらんどうの城を攻めるだけでいい。 今までの投資は、まさにこの状況を生み出すため」


 エリーゼが反論する。


「ですが、それは推論の域を出ません。 セレスティア様になにかあっては、それこそ取り返しがつきません。 立て直す『時間』を作ることくらい――」


 途中で、ハッとしたエリーゼが口を閉じた。


 恐る恐る、セレスの顔を覗き見る。


 セレスは一層険しい表情で、痛みを噛み殺すようにゆっくりと、小さな声で返した。


「わたくしには、もう『時間』はない」


 しばらくの沈黙が続く。


「……セレスティア様、そのようなつもりでは」


「いい、わかっているから」


 ようやく自力で立ったセレスは、俺のほうを向いた。


 無理やり形作ったような、今にも崩れそうな笑み


「あいぼう。お願い、たぶん最後だから……その力をもう少しだけ貸してほしいの。 この連鎖を断ち切るために」


 手を差し出してきた。


 彼女がこれからやろうとしていること……朧気にだけど、わかってきた気がする。


 シジル至上主義の二つの国。


 その根幹を成す王族と、真なるシジルの支配構造。 それを彼女は自らの命を犠牲にして、徹底的に排するつもりなのだ。


 彼女自身が、彼女のような存在を生まないために。


 だから、この『お願い』には、きっとその『後』のことも含まれている。


 シジルの秩序を壊したあとの世界を、誰かに託すということだ。


「……」


 彼女の顔色に動きはないが、瞳は揺れ動いている。 不安……だろうか。


 俺は、雨宮さんの依頼でテストプレイヤーとしてここに立っている。


 この後の世界なんて、きっとない。 いくら優秀なAIでも、外の世界なんて概念は持てない。ここに生きていると確信しているから。


 テストが終われば、この世界ごと閉じられる。


 でもきっと…それは、今ここで彼女が願っていることを、無下にする理由になんてならないと思う。


 彼女が覇の道を達成しようが、志半ばで折れてしまおうが、この世界は終わってしまう。 でも そうだったとしても。


(結果が同じなら意味がないなんて……本当にそうなのだろうか)


 あの作戦会議室に落とされた日から、俺はこの選択を選び取ったし、もし記憶がなくなっても、きっと何度だって同じ選択をし続けるだろう。


 ふと、マグロのおっちゃんの姿が思い起こされた。


 ではどうするべきか?


 決まっている。


 最期が同じなら、尚更『後悔しない』選択をするべきなんだ。


「あぁ、今更だな。……全部ぶっ壊すんだろ? 得意だよ そういうのは」


 彼女の差し伸べた手を取る。 強く離さないように。


 彼女の揺れる瞳が少しだけ、優しくなった気がした。


「…ふふ 見た目通りね」


「見た目は関係ないだろ」


 ほんの一瞬だけ、交わした手の隙間から闇色の光が漏れ出した。


 俺は、このとき、ひとつの妙案を思いついていた。



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