傾国の災姫 24話
⚜⚜⚜
あいぼうを降ろしても、わたくしは振り返らなかった。
竜の手綱を引き、上昇に転じると、一瞬で彼らは豆粒ほどの大きさになる。
(あいぼう……どうか無事で……?)
おかしい。
わたくしはいつから、こんなことを考えるようになったのかしら。
彼と会ってから、おかしい。
気持ちに、よくわからない変化がある。
モヤモヤするというか……どう説明したらいいのかわからない。
真なるシジルを持つ相手がどれほどかも知らないくせに、「俺が片方を引き受ける」とバカなことを言って。
わたくしは、最初からずっと、あの人を利用するつもりだった。
だから、今だって将軍相手に時間稼ぎができれば上等程度に思うべきなのに。
でも、彼が傷つくことを、こんなにも怖いと感じている。
「ガウウウゥ…!」
竜が風に煽られて進路を委ねてくる。
(……いけない。集中しなくては)
⚜⚜⚜
魔法陣に近づくほど、風はひどくなる。
竜が何度も体勢を崩しかけたが、奇妙なことに、左右からの暴風は強烈なのに前方だけは進みやすい。
(……誘導されているわね)
誘導されるがまま、突き進むと巨大な球体となった風の膜が姿を見せる。
…その中心に、男が浮いていた。
男はこちらの存在を認めると、どうぞ中へ、といったしぐさで促す。
(乗ってあげるわ)
中に入ると…台風の目は静かというが、まさに風の闘技場が出来上がっていたのだ。
周囲が暴風で、中の空間だけが嘘のように静かだったのだ。
「ようこそ、自慢の殺陣コースへ」
場違いなほどに丁寧な挨拶だった。
銀がかった緑髪を後ろで束ね、翡翠色の目に軽装の鎧。そして、左耳がない。
「随分と丁寧なお出迎えね。……誘い込んでいるつもりなら、もう少し上手に隠しなさいよ」
「隠すもなにも、虫以下に配慮など必要ありません。 火に飛び込むゴブリンとはよく申しますが、ゴブリンどころか、まさか竜ごと飛び込んでくださるとはね…はっはっは」
そして一礼。完璧な所作である。
「リーゼル・ファン・ストルムガルド。以後、短いお付き合いになるかと思いますが……あなたを殺す者の名前ですので、どうぞよろしく」
竜の背の上で、髪を払った。
「レディを呼びつけるには、少し失礼な作法ではなくって?」
リーゼルが目を細めた。
「おや。嵐の中、単騎で突っ込んでくるお方が礼儀を気にされるとは」と言って口元に手を添える。
「礼儀を知らない相手にこそ、堂々と立ち向かって言うべきだわ。 そして、この妨害工作を今すぐに止めるべきよ。 シジル至上主義に手を貸すこともね」
リーゼルは肩をすくめた。芝居がかったわざとらしい仕草だった。
「何をのたまうかと思えば……夢物語を」
薄い笑みのまま、続けた。
「しかし、少し気になりますね……あなたの奇策のせいで、今もあなたの部下が死に続けているのですが、ご高説から始まるとは。 …もっと余裕なく突っ込んでくるものかと考えていたのですが」
リーゼルの声は穏やかだった。
「よくもまぁ、平然としていられるものですねぇ? 合理的に考えれば、そのような夢物語についていく部下がかわいそうです。 こうしている間にも何人死んだでしょう。十人? 二十人?ですか? 風が吹くたびに、竜ごと墜ちていく ハエみたいにぃ」
(……っ)
「それ以上、戦う者を侮辱するものではない!」
「あなたが始めたことです。シジルの摂理に従って生きていればいいものを」
わたくしが千騎を率いて敵の即席の罠にまんまと飛び込んだことは事実。
何かを変えるために犠牲を強いていることだってそう。
(それでも……止まったら、それで終わりなのよ……!!)
「何かを変えるには、痛みを背負わなければならないのよ」
「まるで貴方が被害者のような言いぐさだ」
「わたくしの名前は、セレスティア・フォン・アズラーレ。 犠牲のない覇道など、それこそ子供の夢物語なのよ!!」
短く名乗り、竜の手綱を引いた。
「ふん、小娘が……! ガルヴァンさんが描く大志の邪魔なのですよ!!」
蒼黒の翼が大気を叩き、一気にリーゼルとの距離を詰める。
(互いにすべてを変える力――出し惜しみはしない)
⚜⚜⚜
竜とリーゼルが互いの後ろを取ろうと空中戦を繰り広げるが、リーゼルが時間をかけて竜の体力を削っていく。
「ほらほら、どうしましたか!口だけですかぁ!?」
暴風と風の刃を組み合わせた凶悪な攻撃に、竜の付け入る隙がない。
(消耗するけど、状況を変えるには、アレを使うしかないようね…!)
「真なるシジルよ……解放!!」
真なるシジルが発動した瞬間、周囲の気温が極端に下がった。白い息が自然と漏れる。
「これは……」
リーゼルの顔から笑みが消える
「いくわよ、わたくしの攻撃に、合わせなさい」
「グォオオ!」
竜はセレスの言葉を合図に、口腔から莫大な力の奔流が溢れ出す。
風の防壁があるため、小さな空間に逃げ場のない吹雪が巻き起こった。
「やはり噂は本当でしたか……真なる氷帝」
リーゼルが手を前にひるがえすと、嵐の目を囲んでいた暴風のすべてが動きを変えた。
四方から渦巻いていた風が、一斉にリーゼルの前方へ集束して盾となったのだ。
「真なるシジルよ…解放!――『颶壁』!!」
その一言で、リーゼルの前方に城を丸ごと飲み込めるほどの巨大な渦ができた。
この巨大な壁を形成するのも並大抵な力では行使できないのか、彼の額にひとすじの汗が伝う。
(わたくしと同じ、相応の代償がある力のようね…!)
おそらく何度も行使できない、必殺級の技だ。
こちらも全力でぶつかるのみ。
竜と示し合わせたように力を束ね、同じタイミングで一点に収束させた指向性の極光を……放つ!!
「突き破れ……!『ネビュラ・ケンタウルス』!!」
青い凶星が颶壁に衝突する
ドゴオオオオオォォ!!
衝撃波が球形に広がって吹雪が暴風となり、風の闘技場を突き破って周囲の環境を変えていく。
平野全体を震わせるような轟音
爆風と共に広がる 冬の景色とオーロラ
風の影響がほぼなくなると、周囲の景色も晴れていく。
敵の陸戦部隊とドラゴンナイトたちが戦っている様子が視界に飛び込んできた。
(戦場の風が消えた……!風の力をすべてこちらに使っているのね)
「ぐ……っ 風の維持が……!」
リーゼルは苦悶の表情を浮かべ、必死に攻撃を防いでいる。
互いのシジルによる攻防1回の規模が大きすぎるのだ。
互いの体力の消費も尋常ではない。
颶壁は削れながらも回転を止めず、極光を散らしていく。
こちらも無事でいられるはずもない……しつこく押し戻されるにつれて、攻撃の出力を上げるが――
「ぐふ……っ」
口元から血が溢れた。出力を上げるたびに、身体が悲鳴を上げている。
「はやく……倒れ、なさい……!!」
氷の極光と風の防壁は徐々に拮抗状態へ。
覚悟したようにリーゼルが言った。
「ぐぅ……お互い、ここが、命の使い時のよう、です、ねぇぇ~……!!」
リーゼルが両手の平を胸の前に合わせ、閉じるようなモーションを取ると、壁が徐々に狭まり、指向性と強い回転力を持った線となって、極光を押し返していく。
「な……竜と力を合わせているのに、押し返される……!?」
口、目元からにじむように出血するリーゼルは力なく笑った
「……すみません、ガルヴァンさん、帰れそうに、ないようです」
その言葉に続けて、命を燃やすように風の切り札の名を綴った。
「『グレート・ホワイト・スポット』!!」




