傾国の災姫 23話
戦闘開始の合図は、俺の目配せだけだった。
ハゲは首をわずかに傾げると、一直線にガルヴァンへ向かって駆け出す。
その手にはけん制用のバクレツタケがふたつ、懐にももう一つある。
「喰らいやがれッ!」
ガルヴァンは片手を地に軽く向ける その動作だけで地面が隆起し、二枚の分厚い土壁が瞬時に立ち上がった。
ドォン!! ドォン!!
バクレツタケが壁に阻まれ、爆炎が吹き上がる。
(簡単には通さないか…)
「ぬぅん!」
二枚の壁がそのままハゲを圧殺するように動いた。左右からハゲを挟み込むような動きだ!
「潰れろ」
「おっと!?」
だがハゲは迫りくる壁の勢いを逆に利用し、壁の上まで交互に蹴り上げることで上部まで逃れてみせた。
壁の頂点でしゃがみ込んで涼しい顔までしている。
「潰そうなんてひどいじゃねぇか」
(育っていないセレスより、ハゲの基礎能力はよっぽど高い。 ……腐ってもアンデッドの上位種、ダンピールだな)
ガルヴァンが顔を上げた。その表情に、初めて興味の色が混じる。
「……異形の化け物を呼び出したと思えば、人のようで人ならざる身体能力者が、紋章を使わずにあの壁を跳び越えるか」
顎に手を当て、呟く。
「それに、シジルの気配が一切ない。 この世界の理で動いているとは思えぬ……まるで別の世界から来たかのような、全く異なる力の性質だ」
(鋭いな…)
考察を口にしながらも、ガルヴァンの反撃は止まらなかった。
足元から無数の土の弾丸が浮き上がり、散弾銃のように一斉に射出された。
加えて、ハゲに対してはさらに何枚もの板を使って圧殺を試みようとしている。
ハゲは壁の上から飛び降りざま、器用に飛び回って圧殺を回避しつつ、短剣で弾を叩き落とす。
キィン! キキィン!!
「旦那、そっちにも来やす! 気を付けてくだせぇ!」
警告通り、奴は俺に対しても同時に攻撃を仕掛ける。
「メディ」
俺の合図で、隣に控えていた彼女の単眼がすっと細められ――
「キシャアアア!」
【麻痺の魔眼】が発動する。
飛来していた土弾が空中でぴたりと停止し、力を失ったようにぽとりと落ちた。
無数の迫る壁も同様にただの物言わぬ壁となって、やがて魔力となり霧散する。
(麻痺の魔眼は同じ対象には30秒の再使用期間があるが、物質にも有効だし、異なる物質であれば同時に発動できるのが強みだ。 メディの能力は奴と相性がいい)
この力で時間を操る術士を死に追いやったのだ。
俺にも攻撃を仕掛けていたおかげで、ハゲとガルヴァンの距離がもう十歩もない。
「メディ、今だ!」
【麻痺の魔眼】がガルヴァンを対象に発動し、メディを見てしまった奴の体が、一瞬にして硬直する
「……なっ…に…体が――」
ハゲはこのチャンスを逃さない。短剣を逆手に握り替え、一足飛びで懐に入る
「やっぱりお上品な騎士サマは殺りやすいなぁ……へへ!」
刃が首元へ
だがその瞬間にガルヴァンの目が光を放った。
体は動いていない。指一本すら動かせていないはずだ。だが、目力と気迫だけでシジルを発動させてみせた!
ズガァァッ!!
地面が裂け、細く鋭い土の槍が数本、真下から突き上がってハゲの胴体を、串刺しにする。
「ぐっ……!」
足が地面から浮く。あと一歩というところで、槍に縫い止められたまま、ハゲの体が宙に持ち上がってしまった。
(目力だけでシジルを……体が動かない状態で、意識するだけで力を行使したのか……)
だが串刺しにされたハゲの顔に、焦りはなかった。
それどころか、にやりと笑っている。
「へへっ……」
ハゲの手の中には、懐にあったバクレツタケが握られている
「往生際が悪いのが性分なもんでね。 …一発もらってくれや」
「…!?」
ドォォォオオンッ!!!!
ハゲが躊躇なくキノコを握り潰し、至近距離で大爆発が起きる。
土煙が、ゆっくりと晴れていくと、ガルヴァンは爆風で倒れていた。
防具は大きく破損し、体中火傷のような跡がある。 筋肉質な肌が所々露出しており、爆発の威力が凄まじかったことを物語っている。
やがて、麻痺が解けるとガルヴァンはゆっくりと膝をついて、こちらを見据えた。
「ぐぅ………お前は、惜しい兵を、失くしたな」
「うん…?」
ゆっくりと立ち上がり、砂埃を払うと冷静に言葉を紡ぐ。
「あと一人……いや、二人必要だったか。 あの男と同程度の実力で、このシジルをかいくぐるほどの機動性と攻撃力に特化した者がもう一人いれば、あるいは……この首に、届いていただろう。 見事な自爆であった」
それは彼なりの勝利宣言だった。
(次はお前だとでも言うのだろうか。だが勝手に終わらせないでほしい。)
「そうか。 良かったなハゲ、お前褒められてるぞ」
「……何?」
何事もなかったかのように、手をかざすと、禍々しい魔法陣が足元に展開され、黒い靄が吹き上がった。
靄が晴れた先に――さっきまで串刺しになって自爆した男が、傷ひとつなく立っていたのだ。
「へへっ、旦那。聞こえてやしたよ! いやぁ、お褒めの言葉たぁ嬉しいねぇ!!騎士サマ!」
「そんな嬉しいか?串刺しにされた直後なのに?」
「へっ、痛みなんざ感じない体でね!」
首をコキコキと鳴らすハゲと、軽快な会話を繰り広げている俺たちを相手に、ガルヴァンの表情が完全に凍りついた。
「ば、馬鹿な…… 死者が……死者が蘇ったとでもいうのか?」
死者を操る力は、この世界でも想定外の位置にいるらしい
俺はガルヴァンの動揺を無視して、先ほどの言葉を繰り返してやった。
「あぁ、お前の分析、的確だと思うよ。 機動性に特化したクラスだったか? こいつは今、『この世界では』何のクラスにもついていなかったからな。 ちょうどいいや」
「…この世界、だと? やはり……お前は」
「う~ん……たとえば、こういうのはどうだ?」
俺はシステム画面を開き、ハゲのステータスに干渉し、クラスチェンジ可能なリストを開く。
(素手で戦うインファイター…機動力と攻撃力を兼ね備えたタイマン対人特化の兵科…これでいいだろう)
手から溢れた光が、ハゲの全身を包み込んでいく。
「選定者たる俺の名の下に――お前を『グラップラー』へクラスチェンジさせる」
**対象者:ハゲ は『グラップラー』へクラスチェンジしました**
ハゲの纏う空気が明らかに変わっていく。 筋肉の質が変わり、体は俺と同格なほど大柄に。両手には凶悪なナックルダスターが握られている。衣装も荒々しい感じだ!
だがハゲはやっぱりハゲのままである!
ハゲは自分の拳を開閉すると、拳を突き合わせる。
ゴォン!!
到底拳から出る音ではない。
「ははは!旦那! こいつぁいいや!」
獣のような凶悪な笑みが奴を捉えた
「体が、バカみてぇに軽い!」
死んだ兵を何事もなかったかのように呼び戻し、戦場のど真ん中でクラスまで変えて見せた。
すべてが圧倒的な『理不尽』に塗り潰されていく感覚を、その男は初めて知ったであろう。
なので、もうひとつ理不尽を追加して教えておく。
「あー……あと一人か二人…でその首に届く~だったか? あと100回は繰り返せるから安心してくれ。 メディの存在も忘れずにな」
俺が不敵に笑いかけると、奴は首を振って、覚悟したようにこちらを睨みつけ、武器を握りなおした。




