傾国の災姫 22話
「あいぼう、見えるわね」
前方のセレスが振り返らずに言った。蒼黒の竜が風を受け、銀髪が風になびいている。
「あぁ、見えてる」
俺はセレスの竜の背中に掴まりながら頷いた。
眼下では、はるか後方に展開した陸戦部隊がヴェルディアの主力と対峙している。
攻城塔を中心に布陣した味方の地上戦力と、それを迎え撃つ翠緑の軍旗が交差しようとしている中、その上空を悠々と抜けていく。
いくつかの敵兵たちはこちらを指さして驚いているようだった。
今のところ、作戦通りだ。
「全騎、高度を維持! 一直線にエメラルディアへ!」
セレスの号令に従い、空の大部隊が大空を貫いていく。
だが――
最初に気づいたのは、竜だった。
セレスの竜が、不意に首を振った。進行方向の空気を嗅ぐように、鼻先を左右に動かしている。
「どうしたの……?」
セレスが竜の首筋に手を当てた瞬間――
空の音が急激に変わった!
「なっ……!?」
突然、進行方向の空が翠色に染まったのだ
巨大な魔法陣だろうか。空そのものに刻まれたような、翠緑の光を放つ紋様が、視界を覆い尽くすほどの規模で小刻みに展開されていく。
その中心から暴風が断続的に吹き荒れたのだ!
*ゴオオオォォォ!*
「ッ――!!」
まるで見えない巨人の手に掴まれたかのように、編隊の先頭が風で弾き飛ばされる。
竜たちが悲鳴を上げどうにか体制を維持し、騎士たちがしがみつく。
「なんだ…!? 気流が完全に狂っている!!」
上昇気流、下降気流、乱気流が入り混じり、あらゆる方向からの暴風が編隊を引き裂こうとしているのだ!
「セレス、これは――!」
「風のシジル……!? この規模の……空域全体の気流を操作しているの!?」
(この規模で……!? ということは、風を司る真なるシジル――真実シリーズか……!)
これではまともに進めない。横風に煽られて編隊が崩れ、互いにぶつかりそうになる竜もいる。
「エリーゼ! 被害は!?」
「見えるだけ――三十騎――! 他の騎も前進でき――!」
エリーゼの報告が、暴風に半ば掻き消される。
(まずい……足止めどころじゃない。このままじゃ編隊そのものが壊滅する)
「セレス! あの魔法陣の発生源は!?」
「前方の地上よ! おそらく敵の別動隊が展開している! ……ちっ、読まれていたわね」
セレスが歯を噛んだ。
対策は立てていたが、即興で対処されてしまったのだ。それをできてしまう、現実にしうる力が真実シリーズだと見せつけられる。
「突破は……厳しいか」
「わたくしの竜だけなら、だけど――」
セレスが何かを言いかけた、その時だった。
大地全体が、唸った。
「は……?」
俺は眼下を見た。
平野の大地が、まるで生きているかのようにうごめき、形を変えているではないか。
土色の魔法陣が地表に浮かび上がったと思えば、その紋様に沿うように、地面そのものが持ち上がっていく!
「嘘だろ……」
これは城壁だ。おそらくドラゴンナイトに対抗するための即興の防壁を作るつもりなのだろう。
「城壁……いえ、要塞を、この場で造り上げたというの……!?」
セレスが目を見開いた。
巨壁を作り上げただけではない。その上部へ、巨大な足場を即興で作り上げて、何百という兵を一気に頂上へ押し上げていくではないか。
これはまるでエレベーターだ。壁の完成と同時に、大規模な対空陣が出来上がってしまう。
魔法部隊が、一斉にこちらを見上げ、指揮官のような者が腕を下す。
カラフルな術式たちが、光り始める。
「セレス!まずい!!迎撃されるぞ!!」
「全騎、散開ッ!!」
セレスの絶叫と同時に、壁の上から無数の光弾が放たれた。
対空砲火だ。
光の矢、火球、風の刃、土の棘、水の球弾の雨たちが飛んでくる!
「グァアアァッ!!」「落ちる!!あぁぁぁああ!!」「ぐぅ!!たす、助けてぇー!!」「待て!動き回るな!味方にぶつかるだろう!!」
悲鳴を上げる竜。落ちていく騎士たち
これではただの射撃場の的だ!!
「くそっ……! 固まるな!反撃できる者は超低空まで軌道を落として迎え撃て!!」
竜騎士たちも反撃を開始した。急降下して壁の魔法部隊に突撃する者、速度を乗せてブレスをなでるように浴びせる者。
だが、壁の上からの砲火が途切れない。一人倒しても、壁の内側から次の射手がせり上がってくる。
一進一退。いや、このままでは消耗戦で削り切られる。
「風と土の壁……二重の封鎖か」
俺は状況を整理した。
どちらか一方なら対処できる。だが、両方同時に機能している限り、千騎を擁していても突破は不可能だ。
「……セレス」
「わかっているわ。 二人とも、わたくしが速攻で倒せばいい」
「待て」
俺はセレスの言葉を遮った。
「一人で二人を相手にするつもりか」
「……当然よ。これはわたくしの戦争なの」
「俺たちの、だろう」
「…っ!」
「お前が風の真実シリーズ持ちを潰しに行っている間、土の真実シリーズ持ちは俺が相手をする」
その瞳には、拒絶があった。
「駄目よ」
「セレス」
「駄目。真なるシジルの持ち主がどれほどの力を持つか、あなたはグレイドの戦いで見たでしょう? あなたが行けば――」
「……」
風に煽られながら、竜の背の上で、俺たちは向き合っていた。
周囲では竜騎士たちが必死に応戦している。光弾が飛び交い、竜のブレスが壁を焼き、それでも壁は崩れず、風は止まない。
「……セレス、時間がない」
俺は、静かに言った。
「お前の部下が死んでいく。一秒ごとに。このまま二人を相手に纏めて突破しようとして、お前が潰れたら全部終わりだ。 お前の身体がどうなっているか、俺は知っている」
「……それ、は……」
「お前の相棒を信じてくれ」
セレスは目を伏せた。
一秒。二秒。
「――わかった」
短い言葉。だが、そこには彼女のすべてが込められていた気がする。
「壁の方を任せるわ。あいぼう」
「あぁ」
セレスが、ほんの一瞬だけ笑って、すぐに表情を引き締め、竜の手綱を引く。
「あの壁を造った術者は……おそらくガルヴァン・ロック・ヴェルディア。 ……真なる地皇のシジルという真実シリーズを持つ、ヴェルディアの筆頭将軍よ。まさかこんなにも早く前に出てくるとはね」
蒼黒の竜が急旋回した。
「わたくしは風の術者を叩く。 あいつの風を止めて、制空権を取り戻すの……しっかり掴まって、タイミングは一瞬しかないわ。可能な限り近くに行くために、乱暴に下すけど許してね」
壁に向かって降下を始めた。
風に逆らい、光弾の隙間を縫って、壁の根元めがけて一直線に。
途中で竜が急減速し、地表すれすれまで高度を落とし
「――今よ!!」
「おう!」
岩と土が入り組んだ荒れ地に、俺は飛び降りた。
着地の衝撃が両足に響く。
「……よし」
振り返ると、セレスの竜がすでに上昇に転じていた。風の魔法陣が輝く方角へ、一直線に飛んでいく。
上空では、激しい爆発、カラフルな魔法が絶え間なく飛び交っている。
敵兵が10人ブレスで焼かれて、竜が無数の魔法に撃ち抜かれる。まさに一進一退の攻防だ。
「……行ったか」
「……」
前を見据えると、岩のような男が立っていた。
百九十を超える体躯に、重厚な鎧。短く刈り込んだ茶髪に、灰色が混じる顎髭。右腕には肘から手首にかけて、生々しい裂傷の跡。
背に負った巨大な戦槌が鈍く光っている。
男は、大地に片手を当てていた。
その手から、土色の魔力が脈動するように壁へ流れ込んでいる。この男こそが、この即興要塞を作り上げた者で間違いない。
(土系統の真実シリーズか……)
「……ガルヴァン・ロック・ヴェルディアだな」
俺の声に、男がゆっくりとこちらを向いて立ち上がる。
「……いかにも」
低く、落ち着いた声で、戦場の中でも、不思議と通る声だった。
「着地のタイミングで邪魔をしなかったのはなぜだ?」
ガルヴァンの口元が、弧を描いた。
「する必要がないと判断した。」
(こいつ、セレスを行かせたのを歓迎してんのか……?)
「であれば、判断を誤ったな」
ガルヴァンが、怪訝そうな顔をした。
「……一兵卒にしては、肝が据わっている。名を聞こう」
「モヒカンと名乗っておこう。セレスのため、悪いがこの出来損ないの土壁を壊させてもらうぞ」
「……まぁ、よい」
戦槌を地につけた。その重さだけで地面に亀裂が走る。
「改めて名乗ろう。……我が名はガルヴァン・ロック・ヴェルディア。 出来損ないの土くれとやらか、試してみると良い」
ガルヴァンの全身から、土色の魔力が溢れ出した。足元の岩盤が割れ、砂塵がゆっくりと重力に反して舞い上がっていく。
(……やべぇな、こいつ。本気でやらないと速攻で殺される…復活はできてもセレスが…)
最初から出し惜しみする暇などはない。打てる手を最適解で出していかなければならないだろう。
(相手が化け物ならば、こちらも……)
俺は手を前に出して呼び出す。
禍々しい闇色の魔力が溢れ、足元に魔法陣が展開される。土色を染め上げる黒いオーラが辺りを包み込んだ。
「『サモン・ダークネス』 出てこい……ハゲ。そして、メディ、出番だ」




