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傾国の災姫 21話


 アズラーレ神聖帝国 首都ルナリアの東。


 周囲を切り立った崖と深い森に囲まれた、隠された谷間だ。


 誰も来ないようなだだっ広い広場で、俺はひたすらクラスチェンジの作業に没頭している。


 というのも、素養のある者を片っ端から秘密裏にドラゴンナイトへと転職させていくためだ。


 やることは単純。 手をつないで、宣言する。 それだけ。


 だがそれを、千回近く繰り返すとなると話は別で、俺の精神はとっくに擦り切れていた。


「うう……」


「次」


 エリーゼが兵を連れてくる。もう何人目かもわからない。目の前に跪く兵士の顔が全てじゃがいもに見えてくるんだ。


「お、お願いします!」


「あ~~……モヒカンの名の下に、お前を『ドラゴンナイト』へクラスチェンジさせる」


 繋いだ手から光が溢れ、足元に広がった魔法陣が兵士の全身を包み込む。


 鎧の輪郭が光に溶け、再び形を成した時にはドラゴンナイトの装甲へと変質している。


 同時に、背後の空間が軋むように裂けて、一頭の飛竜が翼をたたんだ姿で実体化した。


 セレスの時よりも簡易的な演出である。


 クラスチェンジ成功のログが流れ、周囲にどよめきが響いた。


「なんという力…すさまじい力が湧いてくる…! そして、これが俺の竜! モヒカン様、ありがとうございました!」


「アーハイ、ヨカッタデスネ」


 エリーゼは頷き「では、我が主のためにその力を使いなさい」と言う。


 兵は感動したように、一礼してクラスチェンジを終えた仲間に合流して竜を見せ合う。


 ここまでが定型文と言わんばかりに繰り返されているのだ。


 千回くらい…。


「そろそろ死にそう……」


 ゲーム史上(とはいってもテスターは俺だけなんだけど)初めてクラスチェンジをさせすぎて過労死した男として名前が刻まれると覚悟を決めたときだった。


「今のでラスト一名のようですね」


 エリーゼのリスト、羊皮紙から最後の名前に線が引かれた!


「お……おわっだぁぁぁ!!」


 俺は地面に大の字で倒れた。VRなのに全身が軋んでいる気がする。


 精神的な疲労がそのまま体感にフィードバックされているのだろう。


(雨宮さん、こういうところリアルにしなくていいんですよ……本当に)


 エリーゼは横に腰掛けて一息ついたあと、ねぎらいの言葉をくれた。


「本当にお疲れ様でした」


「あぁ…」


 エリーゼは癒しだな。


「おめでとう、あいぼう」


「あぁん?」


「なんでわたくしの時だけ、そんな乱暴な返事するのよ」


 珍しく柔らかい笑みを浮かべていた。天使のような整った顔だが、地獄の任務を与えた張本人である。


「お前が言う『おめでとう』ってのは……俺が死ななかったことに対してか? それとも千騎揃ったことに対してか?」


「両方」


 いたずらに成功したような笑みで、付け加えるように言った


「ここからはわたくしの仕事ね」



 ⚜⚜⚜



 セレスは情報統制に力を入れた。


 まず、冒険者ギルドに偽の依頼を流したのだ。


 「繁殖期に入ったドラゴンの討伐依頼」つまり、ドラゴンナイトの竜たちが大量に動いている理由を「野生の竜が暴れている」という偽情報で隠ぺいした。


 千騎ものドラゴンナイトなんて前代未聞の兵科がいること自体が機密中の機密だ。


 普通に考えれば、こんな数の竜騎士が存在するなどと疑う者はいないだろうが、セレスはそういう「普通」を信用しない女だった。


 さらに彼女は、攻城兵器の製造を命じた。


 城下町の職人たちを総動員し、巨大な攻城塔を一基。木材と鉄で組まれたそれは、完成すれば城壁を見下ろすほどの規模になる。


 ただし、丸ごと一基をそのまま組み上げるわけではない。


 城門を通過できるサイズの部品ごとに分割して製造し、輸送先で組み立てる。


 台座部分、梯子部分、防壁部分など、それぞれが別の工房で同時に作られ、広場に運び込まれて仮組みされる。


 俺が視察に行った時、広場では巨大な骨組みが半ば姿を現していた。職人たちが汗だくで木材を運び、鉄の金具で締め上げていく。


「すごいな。これ、全部バラして運ぶのか」


俺の問いに、現場を監督していた工兵長が胸を張った。


「はい。部品の接合部には全て番号を振ってあります。現地で半日もあれば組み上がりますよ」


「ふーん。 家具を運ぶときみたいだな」


 工兵長は苦笑いした。


 セレスも視察に同行していたが、職人たちには軽く声をかけるだけで、とくに何かを言ったりしたりする様子は見られなかった。


 代わりに、完成品の仮組み具合を黙って眺め、小さく頷いただけだった。


 その夜、攻城兵器の完成会という名目でパーティが行われたが、俺やエリーゼはセレスの部屋に呼ばれて食事をすることになった。


(そういえば空路で攻めるって言ってたのに攻城兵器なんているのかね?)


「セレス」


「なに?あいぼう」


 テーブルには素朴ながらも温かい料理が並んでいた。


 干し肉を煮込んだシチューに、固めのパン、それから蜂蜜漬けの木の実。


 セレスはパンをちぎってシチューに浸そうとしながら、こちらの言葉を待っている。


「あの攻城塔、使うのか? ドラゴンナイトで攻めるんじゃなかったのか?」


 俺の問いに、セレスは一度パンを置いて答える。


「もちろん。平野に出すわ。陸戦部隊と一緒にね」


「もしかして……囮か?」


「囮でもあり、本物でもある」


 セレスの指が、虚空をなぞった。


「あの攻城塔は実際に機能する。動くし、使える。敵の偵察が見れば、『アズラーレの軍は地上戦力で正面から攻めてくる』と確信するでしょう」


 彼女の声は静かだが、揺るぎない。


(まさかブラフ…!? にしては本気すぎない?)


 俺の意図を読み取ったように答えた。


「情報戦は、嘘をつくのではなく、本物を見せて偽の結論を導かせるのが最善なのよ」


 エリーゼが補足する。


「モヒカン様、陸戦部隊は通常通りに平野へ展開させます。 攻城塔も、組み立てて前に出すのですが、これは囮。 敵が地上の戦力に意識を集中している間に、竜騎士は遥か後方から飛んで、一直線に首都へ向かう予定ですから、直前まで相手に悟られないことが重要なのです」


「なるほど」


 セレスは微笑んだ。


「攻城塔は餌。本命はお空の上よ。……ただし、陸戦部隊には本気で戦ってもらうわ。餌が本気じゃなければ、簡単に見破られるもの」



 ⚜⚜⚜



 三日後。


 戦の準備が整った。


 陸戦部隊は例年通りの配置で、平野へと展開された。


 歩兵、騎兵、そして現地で組み上げられた巨大な攻城塔。


 部品の状態で運ばれた木と鉄の塊が、工兵たちの手で半日もかからずに城壁を凌ぐ威容となった。


 対するヴェルディア王国も、予想通りに動いた。


 数千の兵が平野に展開し、アズラーレの陸戦部隊と向かい合う形で布陣を敷いている。


 攻城兵器に対抗するように、陽光を隠すかのような巨壁が持ち出されていた。


 対攻城兵器といったところだろうか。


 蒼銀のアズラーレ帝国旗。翠緑のヴェルディア王国旗。


 歩兵の足で数時間、騎馬を飛ばしても半刻はかかる。まだ誰の剣も魔法も届かない距離だが、視認はできる。



 ⚜⚜⚜



 俺は、その戦場から遥かに離れた後方にいた。


 首都ルナリアの東。周囲を切り立った崖と深い森に囲まれた、隠された谷間。


 この時のため、そしてクラスチェンジのためにセレスが作らせた隔離場だ。


 ここは竜騎士だけに開示された集結地点であり、一般の兵はもちろん、帝国の将校にすら場所を知らされていないここに、千騎のドラゴンナイトとその竜たちが埋め尽くすように整列している。


 セレスは蒼黒の竜の背に立ち、全騎を見渡せる崖の縁に陣取っていた。


 エリーゼがセレスに報告した。


「陸戦部隊、進軍を開始しました」


 セレスは頷いて叫ぶように声を張った。


「全騎に告ぐ」


「わたくしたちはこれより、ヴェルディア王国、首都エメラルディアへ向かう」


「敵の主力は、今この瞬間、平野に展開し首都の守りは薄い」


 一拍、間を置いた。


「ただし、平野にも将が残っている。真なるシジルの保有者がいるだろう。この者たちは、必ずや我々の行く道を阻む」


 ざわめきが走った。真なるシジル――グレイド級の化け物が二人。


「だから、その二人は、わたくしが討つ」


 短い宣言だが、士気を上げるには十分な効果だ。


「グレイドを屠ったこの力で、道を拓く。わたくしが先陣を切り、敵将を屠り、誰よりも先に敵の首都へ降り立ち、王の首を取る。 貴方たちは、わたくしの後ろを飛び、敵の後方部隊と備蓄を壊滅させればいい」


 セレスは剣を抜き、天に掲げた。


「わたくしに、ついて来なさい!」


 そして、谷を揺るがす咆哮が上がった。


 千の竜が、一斉に翼を広げ、咆哮する。


 大気が震え、騎士たちが剣を掲げ、槍を突き上げ、声を上げる。


 セレスは剣を前方へ!


「――行くわよ! すべてを、ぶち壊す!」



 ⚜⚜⚜



 ヴェルディア王国軍 主力部隊本陣。


 平野の西端に築かれた陣幕の中は、戦前特有の静かな緊張に満ちていた。


「将軍、偵察部隊より最終報告が参りました。進軍を始めたようです」


 伝令が膝をつき、羊皮紙を差し出す。


 それを受け取ったのは、岩から削り出したような巨躯の男だった。


 ガルヴァン・ロック・ヴェルディア。


 ヴェルディア王国将軍にして「真なる『地皇』のシジル」の保有者。


 浅黒い肌で、短く刈り込んだ茶髪に灰色が混じる顎髭が特徴だ。


 腕には大きな裂傷、重厚な鎧を纏い、巨大な戦槌「裁山」を持っている。


「リーゼル、読んで考えを聞かせろ」


 傍らに立つ青年が、受け取った羊皮紙を開いた。浅い色の緑髪を後ろで束ね、左の耳がない。


「かしこまりました」


 リーゼル・ファン・ストルムガルド。


 将軍の補佐にして、「真なる『嵐王』のシジル」の保有者。切れ長の翡翠色の目は、常に薄い笑みを浮かべ、傍から見れば、感情の底が見えない。


「ふむ……やはり、と言うべきでしょうか」


 リーゼルは報告書を読み上げた。


「アズラーレの軍勢は平野に約三千の陸戦部隊を展開。 大型の攻城兵器を一基確認。 現地で組み上げたようですね。 城壁に届く規模の攻城塔とくれば……これは間違いないでしょう」


 手紙を丁寧に折り曲げ、壁のたいまつに紙を撫でる。


 火は当然紙に燃え移るが、見えない風があるかのように、リーゼルを避け、不自然な角度を維持している。


「風で拾った兵士たちの会話も、攻城戦の段取りばかり……正面からの地上戦を想定した布陣で間違いないでしょう」


 ガルヴァンは椅子の背もたれに体を預けた。


「愚直な奴だ。攻城塔まで持ち出して、正面から来るか。 ……これでは例年の戦いと何が違うというのか。 宣戦布告とまであるが、これでは拍子抜けだな」


 リーゼルも同意するように肩をすくめた。


「新しい女帝は、勢いだけはあるようですね。 先帝が病で急死した混乱の中で即位し、そのまま宣戦……合理的に考えれば、内政を固めてから動くべきですが。 何がしたいのやら」


「若さ故、焦りがあるのだろうか」


 ガルヴァンは立ち上がった。天幕の布が、その巨体の風圧で揺れる。


「リーゼル、兵の配置は予定通りでよい。平野の中央で受け止め、両翼から包囲する。いつもの形だ」


「了解しました。……しかし、将軍」


「なんだ」


「ひとつ、気にかかることが」


 リーゼルが薄い笑みを消した。珍しいことだった。


「冒険者ギルドに出回っている情報では、繁殖時期のドラゴンが大量に活動しているとか。……各地で目撃情報が上がっています」


「竜の繁殖期? それがどうした」


 リーゼルは頷いた。


「隠密兵によれば、新しい女帝は即位の際、公衆の場にて氷系統と思われる能力を披露し、見たこともない竜を従えていたと聞きます」


 ガルヴァンは唸ったように言う。


「ううむ…ドラゴンナイトか…?」


「えぇ、通常、竜が一斉に活動する時期は限られています。それ自体は不自然ではありませんが……時期が、少しだけ合わない。これを考えると……そういった伏兵があってもおかしくはないかと」


 ガルヴァンは片眉を上げた。


「お前の風は、何か掴んだのか」


「いえ。掴めなかったのです。……それが気にかかるので」


「意図的に隠されている情報か」


「その通りです。ですが、先ほど申し上げた通り、攻城兵器の配備と陸戦部隊の展開は確認済みです。 風で拾った会話の内容も一貫しています。……合理的に考えれば、深読みしすぎでしょうか」


「ふむ…ドラゴンナイトは出せてせいぜい一国で十騎程度。多くても三十は見積もっておくべきだが、大規模戦闘による影響はほぼないだろう…仮に野生のドラゴンを持ちだしたとしても、数で圧倒してしまえばいい」


 リーゼルは薄い笑みを戻した。


「では、気のせいですね。忘れてください」


「いや待て……だが、念のため、風の障壁を後方部隊へ張っておけ。 たかが数十騎のドラゴンナイトだろうが、居ると仮定したほうがいい。 一騎あたりの強さは脅威ではあるが、本陣を抜かれると面倒だ。 お前がいる限り、この守りは崩せぬだろうがな」


 リーゼルがその隣に並んで頭を下げた。


「御意……」



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