傾国の災姫 20話
セレスの宣戦布告は、瞬く間に広がった。
城下町の酒場から辺境の農村まで、伝令が駆け巡り、吟遊詩人が歌い上げ、商人が噂として運び、わずかな時間で大陸の隅々にまで行き届いた。
当然ながら、敵国ヴェルディア王国の耳にも。
「あいぼう、見て」
セレスが差し出したのは、一枚の羊皮紙だった。封蝋は割られているが、紋章はまだ判別できる。ヴェルディア王国の国章と思われるものだ。
俺はそれを受け取り、目を通した。
中身は端的だった。
『アズラーレ神聖帝国の宣戦を受諾する。
我がヴェルディア王国は、これに応戦し、アズラーレ神聖帝国を完全に滅亡させることを此処に誓う。』
「……やる気満々だな、向こうも」
「当然でしょう。長く停戦と再戦を繰り返してきた両国よ。どちらにとっても、この宣言は待ち望んでいた決着の合図なの」
セレスの声は淡々としていた。
(まぁ、そうだろうな。向こうにしてみれば、新しい女帝が勢いに乗って攻めてくると宣言したわけだ。受けて立たないわけがない)
「それと、もうひとつ厄介なことが起きているの」
「まだあるのか」
「聖シジル教団が動いたわ」
セレスはどこか面倒くさそうに言った。
「もう知っていると思うけど、各国に支部を設けている宗教勢力よ。シジルの秩序を守ることを大義として掲げ、国家間の戦争に介入してくる……言うなれば、自称調停者ね」
「調停者でこのタイミング……つまり、停戦しろと?」
セレスは肩を軽くすくめる。
「えぇ。まさにその通り。『両国の争いは神の意に背くものである。即刻、矛を収められたし』……だそうよ」
彼女の口調が、露骨に冷たくなった。
「けれど、その手には乗らないわ」
「断ったのか」
「帝国内にある教団の支部を封鎖して、中にいた幹部たちを拘束したわ。 戦争が終わるまでの人質として使うためにね」
(……おいおい)
俺は思わず眉を上げた。
「敵に回すことになるぞ」
「聖シジル教団は、表向きは中立を謳っているけれど、その実態は現状維持を望む旧体制の守護者。……わたくしの改革を最も邪魔する可能性がある勢力なの。遅かれ早かれ、よ…」
(なるほど。停戦の名目で介入されれば、セレスの計画はその時点で頓挫する。彼女に残された時間は少ない…戦争の最中に横やりを入れられ、長期化するのが一番まずいわけだ)
「人質を取れば、少なくとも戦争が終わるまでは大人しくしているだろう、と」
「そういうこと。教団にとっても、幹部の命は惜しいでしょうから」
セレスはさも当たり前のように返答する。
目的のためにとはいえ、本当に容赦がない。
⚜⚜⚜
作戦会議は、城の大広間で行われた。
長い作戦卓の上に広げられた大きな地図を囲んで、セレス、エリーゼ、そして俺。加えて、グレイド討伐後に帰順した将校たちが数名。
セレスが地図の上に駒を置いていく。蒼い駒がアズラーレ、赤い駒がヴェルディア。
「両国の首都の位置関係を見なさい」
セレスの指が、地図上の二点を示した。
蒼の駒、アズラーレ神聖帝国の首都ルナリアと、赤の駒、ヴェルディア王国の首都エメラルディア。
その距離は、他のどの都市間よりも近い。
だが、その間に広がっているのは…
「……平野か」
「そう。見渡す限りの大平原よ。遮蔽物はほぼ皆無。軍を動かせば、敵から即座に察知される」
地図を見れば、一目瞭然だった。
両国の首都は、まるで睨み合うように平野を挟んで対峙している。山脈も森林も川もない。ただひたすらに平坦な大地が続いているだけだ。
「最も近くて、最も丸見え……ってわけか」
「えぇ。だからこそ、これまでの戦争では誰もここを主戦場にしなかった。 正面から突っ込めば、何日も前から敵に動きが筒抜けになるもの」
エリーゼが補足する。
「モヒカン様、歴代の戦いでは、辺境の砦や国境線の要塞を巡る攻防が主で、この平野では両軍が睨み合うだけの……言わば体裁上の示威行動が繰り返されてきました」
「先代の王が、教団とやらの顔色をうかがっていたからだよな」
エリーゼは頷き、続ける。
「平時は交易ルートや冒険者たちの一般街道として使用されており、戦後の被害を考えれば、本気で攻め入るルートではないと、誰もが理解しています」
(つまり、両国の首都間は最短距離だが、その道は誰もが『使えない』と思っている。平野を進軍すれば丸見えだし、迎撃の準備も万端に整えられる)
「で、セレス。お前の作戦は?」
セレスは地図から顔を上げ、俺を真っ直ぐに見た。 口元は勝気に微笑んでいる。
そして、蒼い駒を動かし…
平野のど真ん中を通って、赤い駒の上にそのまま重ねた。
「余計なことは一切抜き。王手一本狙い。ヴェルディア王国の首都……エメラルディアの陥落よ」
広間が、一瞬だけ静まり返った。
将校たちが互いに顔を見合わせている。
エリーゼですら、驚きを隠せていない。
「セレスティア様……正気ですか? 平野を正面突破するなど、敵にこちらの動きを全て晒すことになります!待ち伏せ、迎撃、包囲……あらゆる手段で阻まれますよ!?」
「阻まれないわ」
セレスは片手で髪をさらりと払って、当たり前じゃないかと暗に含んだ。
「わたくしたちには、空があるじゃない」
「……ドラゴンナイトか」
彼女は口の端を上げて俺への返答とした。
平野が丸見えだろうと、地上に兵を展開しなければ意味がない。
竜騎士の編隊が一直線に敵の首都へ向かえば、相手の兵力を平地に誘い出した上で、最小被害で突き進める。
相手側の軍勢が引き返し、首都に追いつく頃には全てが終わっていると。
「……なるほど」
俺は腕を組んだ。
(機動力の優位はシンプルで、だからこそ強い。誰もやらなかったのは、できなかったからだ。空を制圧できる戦力なんて、これまで実用レベルで存在しなかったんだから)
「迎撃の弓兵や対空のシジル使いは?」
「いるでしょうね。当然将軍レベル…『真実シリーズ』の力を持った者もいるわ。 だからこそ、速度が重要なの。 敵が態勢を整える前に、王城を落とす。……敵の主戦力を潰して王を叩き、進軍開始から敵兵を十分に引き付けたのち、一日で決着をつけるわ」
「十中八九、その真実シリーズの奴らは目の前に立ちはだかるぞ」
「覚悟の上よ」
セレスは地図の上の駒を見下ろした。
「これまで誰もやらなかったことを、わたくしたちがやる。前例がないからこそ、敵も備えようがない。そして、わたくしたちにも、結果が予想できない。 それでも……」
彼女は顔を上げ、広間の全員を見渡した。
「準備を始めなさい。 全竜騎士に出撃命令を。 あいぼうは、その力で、戦力の増強を。 三日後……わたくしたちはヴェルディアの首都を陥とす」
(俺、めちゃくちゃ重労働作業じゃないか……)




