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傾国の災姫 19話



 表向きには、グレイドの裏切りという体裁を取り繕って城に帰ってきたはずだった。


 セレスたちが戦後処理でどうにか作り上げた筋書きを、どう皇帝に伝えるべきかというのが目下の課題のはずだった。


 だが皇帝は、何の考えあってか、その筋書きを大々的に民衆へと布告していた。


 民衆に見守られる中、凱旋パレードが行われ、王城にて、空白となった将軍の地位をセレスが賜る。疑念は尽きないが、まずはそこで終えるはずだった。


 だが――セレスは、その儀式剣を奪い取り、王の首を刎ねた。



 ⚜⚜⚜



 王の死体が片付けられる間も惜しんで、セレスは城のバルコニーへと向かった。


 眼下には、凱旋の熱気が冷めやらぬ民衆たちが、まだ大勢残っていた。


 彼らは何も知らない。城の中で何が起きたのかも、これから何が始まるのかも。


 セレスはバルコニーの縁に立ち、大きく叫ぶように口を開いた。


「民たちよ!」


 彼女の声は、広場の隅々まで響き渡った。


「皇帝は崩御した!」


 どよめきが広がる。


「敵国、ヴェルディア王国の計略により、陛下は病で倒れられたのだ!」


 驚愕や困惑…様々な感情が、波紋のように民衆へ広がる。


「唯一の直系皇族として、わたくし、セレスティア・フォン・アズラーレが、本日より皇帝の座を継承する!」


 民衆のざわめきが、少しずつ収まっていく。


 新たな支配者の言葉を、聞き逃すまいとするように。


「そして、ここに約束する!」


 セレスは剣を高く掲げた。


「長く停戦と再戦を繰り返してきたヴェルディア王国を、今こそ、覚醒したこの力をもって、完膚なきまでに打ち滅ぼすと!」


 剣の先から天に向かって蒼きひとすじの光を放つ


 空にオーロラ、地に雪の祝福が舞い降りる


 セレスは口元から出血するが、これを拭い去って話を締めくくった。


「く……これは単なる宣言ではなく、事実となるであろう!」


 民衆は、息を呑んだ。


 そして――歓声が、爆発した。


「女帝陛下万歳!!」「セレスティア様万歳!!」「ヴェルディアを滅ぼせ!!」


 熱狂。陶酔。そして、狂信。


 新しい征服者の誕生を、民たちは祝っていた。


 セレスは満足げに頷き、バルコニーから身をひるがえす。



 ⚜⚜⚜



 俺は、彼女の後ろをついていった。


 廊下を歩くセレスの背中は、先ほどまでの威厳に満ちた姿とは打って変わって、どこか小さく見えた。


 人の気配が少なくなった廊下で、俺は彼女に声をかけた。


「セレス」


「……なにかしら、あいぼう」


 彼女は立ち止まったが、振り返らなかった。


 民衆の歓声が、まだ少し遠くから聞こえてくる。


「祖父の次は、隣国を叩き潰すって……お前、本気なのか」


「……」


 彼女はひとつ頷くだけだ。


「はぁ……なら、考えを聞かせてくれるんだろうな?……なんつうか…正直、もうちょっとやり方があったんじゃないのかって思ったぞ」


 セレスは静かに振り返った。


 その表情には、疲労の色が滲んでいた。


「……そうね」


 一言だけ添えて、彼女は少し考え込んだ。


「わたくしには……時間がないの」


「…」


「それに、これが最も望む結果に近づく道だと思う。……最短の道よ」


「なんだか、よくある言い訳に聞こえるんだが」


 俺は眉をひそめた。


「あのなぁ、長期的に見れば……叔父を殺すことなく、政権の交代ができたんじゃないか。 血を流さずに、お前の理想を実現する道があったはずだろ? 将軍の地位じゃ足りなかったのか? なぜ殺したんだ?」


 なるべく、言葉を選んで伝える。


 だが、セレスの表情が――悲しそうに歪んだ。


「……あいぼう」


「なんだ」


「エリーゼは知っているけれど、貴方にも、話しておくべきね」


 彼女は腕を組むように自身の身を抱きしめる。


「わたくしの寿命は……もって、あと二つの季節が一巡するかどうか…なの」


「っな……」


 俺は、言葉を失った。


「あと一年。長く見積もっても、二年は持たないと思う」


 セレスは俺に向き直った。


 だが、絶望した目ではない。


 むしろ、絶対に目的を果たさんとする強い意志を感じる。


「自分の身のことだから、自分が一番よくわかっている。……なぜ自分の命が残り少ないのかも、見当はついているの」


「それは…どういう――」


「あいぼう……膨大な力を宿すシジルは、ひとつ宿すだけでも大きな負荷がかかるのよ。 わたくしが自らの増幅の力を使って、さらに力を引き上げれば、どうなるかは…言わなくてもわかるわね」


 彼女は自分の左目にそっと手を当てた。


「力を使えば使うほど、命を削る。 さっきのデモンストレーションで、この有様……グレイドとの戦いで、残り時間は……大幅に縮んだでしょう。 ……そして、もうひとつ。みて、私の左胸には母のシジルが宿っているのよ」


 彼女は胸元の衣服をすこしだけずらして、胸の上あたりに宿ったシジルを見せた。


 平時であれば、その魅力的な姿に慌ててしまうだろうが、今は到底そんなことを考えることなんてできなかった。


「それも……母の命を代償に埋め込まれた、真なるシジルってやつなのか」


「そうよ」


 今は眠っている力だけれど、と付け加えて胸のボタンを閉め直し、衣服を正した。


 圧倒的な力による、圧倒的な代償


 時間が、その贄だ。


「だから、わたくしには……時間がないの」


「…………すまん」


「ううん、聞いてくれて、ありがとう。 あいぼう」


 セレスの声は、どこまでも静かだった。


 長期的に平和的に改革する?


 俺の今までの言葉をなかったことにしたくなった。


 そんな悠長なことは言っていられないだろう。セレスは、自分が生きているうちに、できることを全てやり遂げなければならないのだから。


「そうそう、どうして殺したか…だったわね。……そうね、もうひとつ理由をあげるとするなら、復讐ってやつかしら。 この世界の仕組みすべてに」


 話の区切りに肩をすくめてみせる彼女の目は、全く笑ってなんかいなかった。


「それが、私の目指す覇道なのよ」


 本気の目だ。



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