傾国の災姫 18話
戦いが終わって、数日もしない内に凱旋の準備が整った。
伝令によれば、王は既にお触れを出しているらしい。
その内容は
『グレイドの陰謀を見事阻止したセレスティア皇女が、将の首を取った』
であった。
(……は?)
思わず耳を疑った。 グレイドの陰謀? いや、お前がグレイドに命じたんだろうが。
「なんとも白々しい……!」
エリーゼが拳を握りしめて声を震わせた。
「セレスティア様を殺そうと仕向けた張本人が、このような手のひら返しをするとは……! 恥を知らないのですか、あの老人は!」
「エリーゼ、落ち着きなさい」
セレスは静かに彼女を制した。
その表情には、怒りも驚きもない。
まるで予想していたかのように、淡々としていた。
「驚くことではないわ。 祖父……いえ、王は徹底したシジル…言わば実力至上主義者なのよ」
「……ですが」
「アレにとって、本当に価値があるのは、結果を出せるかどうか」
セレスは伝令の書状を畳みながら続けた。
「グレイドを殺せるほどの実力を示したわたくしは、今や『使える駒』に格上げされたということよ。……殺そうとしていた孫が、突然最強の手札になった。 ふん…王にとって、これに勝る喜びはないでしょうね」
(なるほどな……)
つい先日まで命を狙われていた姫が、今度は救世主扱い。
会う前から、俺は確信していた。
(この王、相当しょうもない人間だな)
口には出さないが。
「あいぼう、頼みがあるの」
凱旋の準備を進める中、セレスが俺たちに声をかけてきた。
「なんだ?」
「謁見に、ついてきてほしいの」
肩をすくめて答える。
「断る理由はない」
「よかった」
セレスは小さく微笑んだ。
だが、その目には、何か決意のようなものが宿っているように見えた。
⚜⚜⚜
首都の城下町に入ると、石畳の大通りが続いていた。
両脇には木組みの家々が立ち並び、色とりどりの看板が軒先を飾っている。
鍛冶屋の槌音、魔法店っぽい建物に、パン屋から漂う焼きたての香り。
まさに絵に描いたような、中世ファンタジーの街並みだ。
(あぁ、ファンタジーって感じ。 ヤナギンが見たら興奮しそうだな……)
凱旋のためか、沿道には民衆が溢れ、歓声が響き渡っている。
「セレスティア様万歳!」
「皇女様、おめでとうございます!」
「とうとう、お力に目覚めたのですね!」
王が先に出したお触れのおかげで、民たちは完全に祝福ムードだった。
まるで、力を得ることそのものが祝福の摂理であるかのように。
賊の討伐を終えた英雄のような扱いで。
花びらが舞い、旗が振られ、子どもたちが駆け寄ってくる。
(白々しいよな…こんなこと)
セレスは、民衆へ手を振ることも、微笑むこともなかった。
ボロボロの姿の蒼黒の竜の背に跨り、ただ真っ直ぐ前を見据えて進んでいく。その表情は、能面のように無機質だ。
俺は彼女の背中を見つめながら、言葉にできない不安を感じていた。
⚜⚜⚜
凱旋の熱気に見守られながらも、そのまま王城へ
謁見の間。
巨大な玉座の前に、俺たちは立っていた。
赤い絨毯が敷かれた広間には、それなりの数の近衛兵たちがハルバードを持って直立している。
玉座には、一人の老人 横には儀式用の剣を持った執事が控えていた
白髪を後ろに撫でつけ、王冠を載せている 深い皺が刻まれた顔。
獲物を品定めする偉そうな視線が、セレスを射抜く
アルベルト・マクシミリアン・フォン・アズラーレ その人だ。
皇帝にして、セレスの祖父。
(会う前からわかってはいたけど……ほんと、嫌な目だな)
「セレスティアよ、近う寄れ」
セレスは一礼し、玉座の前へと進み出た。
俺とエリーゼは、少し後ろに控える。
「面を上げよ」
セレスが顔を上げる。
王は、まるで久しぶりに見る珍品を眺めるかのように語る。
「聞いたぞ。グレイドを討ち取ったそうだな」
「はい。おかげさまで」
「どのように戦った? どうやって勝てた? 聞かせてみよ」
王の質問は軽い調子だった。まるで食後の余興でも楽しむかのように。
(長年、仕えてきた将に対しても、これか……こいつは)
握る拳に力が入る。
だが、セレスは淡々と答えた。
「この瞳に移植された、父のシジル……真なる氷帝のシジルに、ようやく開眼いたしました」
「ほう……」
王の目が、わずかに細められた。興味と、そして警戒の色が混じっている。
「それだけではありません。わたくしの傍らにおります、このモヒカン様の力をお借りしました。 この者の力なくして、開眼はありえませんでした。 わたくしにとって、かけがえのない、あいぼうです。これからも……」
セレスが俺を一瞥してまた視線を戻す。
王の視線が、俺に向けられた。
「……ふむ。貴様が」
「……」
俺は答えなかった。答えたくなかった。
「まぁ……よい」
王は若干不満げに頷いて話を進める。
「セレスティアよ。 お前は見事に武功を立てた。 新たに将軍の地位を与えると共に……褒美を取らせようじゃないか。 …剣を持て」
王が手を上げると、執事が儀式用の剣を持って進み出てきた。
「跪け、セレスティア」
セレスは静かに膝をついた。
王が歩み寄り、剣の腹を彼女の肩に置いた。
忠誠を試す儀式だ。
「グレイドの陰謀を阻止し、国を守った功績を称え、ここに武勲を認め、将軍の地位を与える」
厳かな声。
剣が肩へと移され、やがて儀式は終えた。
「立つがよい」
セレスが立ち上がる。
王は剣を手にしたまま、彼女を見下ろして言った。
「して、褒美は何がよい? 望みを申してみよ」
その言葉に、広間の空気が緊張した。
セレスは、一瞬だけ目を伏せ
そして――
顔を上げた時、その瞳には、もう何の感情も宿っていなかった。
「では」
静かな声。
「王座をいただくことにしますわ」
次の瞬間、セレスの手が動く
あまりにもゆっくりとした、それでいて自然な動作だった。
王の手から儀式用の剣を奪い取り、そのまま横に薙いだのだ!!
ザシュッ……!!
「……!?!?」
綺麗に肉を断つ音が響く
(なぁ…!?)
王は驚愕した表情のまま首からおさらばした。
「セ、セレスティア様!?」
エリーゼは思わず叫ぶ
それは、ゴミを片付けるかのような無機質さだった。
何の躊躇いもなく、何の感慨もなく、ただ、必要な作業を終えたかのように剣を振ってみせたのだ。
王の首が、宙を舞って落ちる。
ドス……ッ
広間が、静寂に包まれて、誰も動けなかった。誰も声を出せなかった。
玉座の前に転がる首。噴き出す鮮血。そして、ゴミを捨てるかのように乱雑に、血に濡れた名誉ある剣を投げ捨てる。
セレスは、王の首を一瞥すらしなかった。
静かに振り返り、広間の者たちを見渡す
「王はただいまをもって、病死となりました。 非常に不愉快な病でした」
その声は、冷たく、揺るぎなかった。
「ですので、今日からわたくしが王となります。……異議のある者は、この場で名乗り出なさい」
蒼い冷気が、彼女の身体から滲み出している。
広間の温度が、急激に下がっていくのが分かった。
誰も――名乗り出なかった。
当然だ。
あの炎将グレイドを討ち取った女が、目の前で王の首を刎ねたのだ。
この場にいる誰が、彼女に歯向かえるというのか。
周囲の者は青ざめた顔で俯き、執事は石のように動かない。
近衛兵すら、武器を構えることもできずに圧倒的な力の奔流に震えている。
沈黙が、答えだった。
力を崇拝する国が、力によって歪められ始める。




