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傾国の災姫 16話


 エリーゼの竜の背に乗せてもらい、俺たちは戦場へ向かっていた。


 ……のだが。


(近い。近すぎる)


 エリーゼの後ろに掴まっている格好なのだが、この竜は思ったより小さい。


 セレスの時は竜が大きかったので気にならなかったが必然的に、俺は彼女の背中にほぼ密着する形になってるのだ。


(香りまで再現するとは…)


 彼女は戦場では凛々しい女騎士だが、こうして近くで見ると……いや、嗅ぐと?ほのかに花のような香りがする。


(いやいやいや、何を考えてるんだ俺は。戦場に向かってるんだぞ)


 風に靡く彼女の髪が、俺の鼻先をくすぐった。


「っ……へくしぃ!」


「え? 大丈夫ですか?」


「雨宮さん、こんなところまで凝る必要はあったんですか。神は細部にってやつですか」


「…?」


「あ、いや……なんでもない」


 俺は必死に邪念を振り払い、何か言い訳のひとつでも並べておこうかと思った矢先


 そこで――異様な光景が目に飛び込んできた。


「ん?…なんだ、あれは……」


 戦場だったはずの場所が、一面の銀世界に変わっていたのだ。


 地面も、天幕の残骸も、散乱する武器も屍すら、何もかもが氷に覆われている。


 まるで一瞬で山頂の冬が訪れたかのように、異質な空間としか言いようがない。


 ドライアイスを大量にばら撒いたような、濃密な白い靄が地を這い、視界を遮っている。


(息を吸い込むだけで鼻毛が凍る!)


「セレスティア様……!」


 エリーゼが息を呑んだ。


 霧の中に、見えづらいものの、二つの人影が見えた。


 蒼い冷気を纏って立つ、セレスティアに見えなくはないが雰囲気が違うような。


 対峙しているのは、紅蓮の炎を揺らめかせたグレイドで間違いないだろう。


 周囲には――死体の山。


 いや、死体というより、氷像だ。


 逃げようとした姿勢のまま凍りついた兵士たちだろうか。余波に巻き込まれ、為す術もなく凍結したとみるほうが自然だ。そしてその発生源は……


(セレスにこんな能力が…?)


 生き残った兵士たちは、敵味方含め、遠巻きに二人を見守ることしかできていない。近づけば死ぬと、本能で理解しているのだ。


 エリーゼはすぐに竜を急降下させ、セレスの近くに着地した。


 彼女が竜から飛び降り、接近しようとした瞬間、セレスの声が響いた。


「エリーゼ、待ちなさい」


 振り返らず、視線はグレイドに向けたまま。


「…!」


 だが、その声には有無を言わせぬ力があった。


「モヒカン様……いいえ」


 一拍の間。


「今は相棒あいぼうというべきかしら」


 少しだけ、口元が緩んだように見えた。


「エリーゼがこちらに来ないように、見ていてくれないかしら。手出しは無用よ」


 目配せだけで、倒れているルドガーの方を示す。


 彼の周囲だけ、氷が侵食していない。むしろ守るように氷で戦場から隔ててあるように見えた


「そして、ルドガーをお願い」


 その視線は一瞬だけ俺たちを捉え、すぐにグレイドへと戻った。


 隙を見せない。見せられない。それほどの相手だということだ。


「…わかった」


 彼女に何が起きたのかは、すぐに理解できたし、ルドガーが犠牲になったことも状況から察するのは明確で、エリーゼも状況を飲み込むと、涙を流してうなずいた。


「かしこまりました。どうか、ご武運を…」


 エリーゼ、目を覚まさないルドガーと共にその戦いの行方を見届ける。


 ⚜⚜


 グレイドの顔から、余裕が消えていた。


 先ほどまでの『処刑人』の表情はどこにもない。そこにあるのは、対等な相手との命の奪い合いを覚悟した戦士のそれ


「お前の父が扱いきれなかった力の遺産を、娘であるお前がこうして体現するとはな」


 大剣を大きく上に掲げる


「…二度、この技を受けたものはいない。もはや出し惜しみは無しでいくぞ」


 セレスの声は、氷のように冷たかった。


「ならば、これから、わたくしがその例外となるわけね」


「ぬぅんッ!!」


 グレイドが吠えた。


 大剣の切っ先がセレスに向けられる。


 刀身に、今までとは桁違いの炎が凝縮され、周囲の空気が陽炎のように揺らめいた。


「灰燼と帰るがよい……シジル、全開放!」


 足元の地面が、炎の圧力だけで陥没していく。


「『黒点砲こくてんほう』ッ!」


 解き放たれたのは、太陽を凝縮したような極大の波動だった。


 赤を超えて、まさしく黒と化した灼熱の砲撃。


 セレスは、動じなかった。


「お前の死を以て……シジル、全開放!――『ネビュラ・ケンタウルス』」


 彼女は静かに剣を突き出す。


 蒼い冷気が凝縮し、形を成した!


 極大の氷の波動が、炎に向かって放たれると同時、オーロラのような現象が広範囲に渡る。


 あまりの低温と周りの温度差によって、地から空から、異常現象だ。


 だがそれは、攻撃とは思えないほど、幻想的で綺麗で、そして静かだ。


 ドォォォォンッ!!!


 ――炎と氷――


 極大な指向性を持った二つの波動が、空間を軋ませながらせめぎ合う。


「グゥゥゥッ……!!」


「……っ」


 グレイドは歯を食いしばり、全身全霊で炎を押し出す。


 セレスは静かに、しかし揺るぎない意志で対抗している。


 二つの力は完全に均衡しているように見えたが…


「ぐうう…」


 俺のクラス強化の底上げが影響してか、グレイドが若干押し負けている


「氷像作りには、もうちょっとだけ力がいるかしら」


 彼女の声に呼応するように、咆哮が、戦場に響き渡った。


「グォォォォォォッ!!!」


 セレスの竜だ。


 翼膜に大穴が空き、全身に傷を負いながらも、それでも主のために立ち上がったのだ。


 彼女の覚醒に影響してか、竜の体表からもドライアイスのような靄がかかっている


 竜は傷ついた体を引きずりながら、セレスの横に並んだ。


 その喉元に、蒼い光が集束していく。


「合わせなさい」


「グオォォォン!!」


 竜の口から、極大のアイスブレスが放たれた。


 セレスの攻撃と、竜のブレスが重なり合う。


 二つの蒼が一つになり、炎を一瞬にして塗り替える。


「なぁ……っ!?」


 波動の先端が、大剣に到達すると


 バキィッ……!


「こんなことが―――王の」


 刀身が、切っ先から凍結が始まり、おぞましい勢いで侵食


 剣の切っ先が凍ってから、わずか0から1秒ほどで、何かを話す暇もなく全身に氷が浸透


 目を見開き、口を半開きにして、信じられないという表情を浮かべた氷像が完成したのだ


 その表情は、死の間際まで現実を受け入れられなかったのか、恐怖と畏怖をないまぜにしたまま永久に停止している


 ・・・


 ・・・


 戦場に似つかわしくないのほどの沈黙の後


「……終わったわ」


 セレスの声が、静かに響いた。


 竜騎士たちの勝鬨があがった!!



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