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傾国の災姫 15話



「ごめん……ごめんね、ルドガー……ごめんなさい……」


 セレスは崩れ落ちるように膝をつき、ルドガーの亡骸を抱きしめていた。


 蒼銀の髪が血に汚れ、陶磁器のように白い肌には涙の跡。


「ごめん……わたくしのせいで……わたくしが……」


 繰り返される謝罪。その姿を、グレイドは冷めた目で見下ろしていた。


「愚かな主に付き従った彼が、本当に哀れだな」


 その言葉に、セレスの肩がびくりと震えた。


「欠陥のシジルしか持たぬ姫君のために、命を捨てた。馬鹿な男だ。……だが、責められるべきは彼ではない」


 グレイドは一歩、また一歩と近づきながら、言葉の刃を振り下ろす。


「お前だ、セレスティア。 お前が殺したのだ。 力もないくせに革命を夢見て、身の程も弁えず反旗を翻した。その結果がこれだ 王に逆らったからだ」


「……」


「忠義の騎士を盾にして、自分だけ生き延びようとした。…違うか?」


「違う……!」


「ならば、なぜお前は生きている? なぜルドガーが死んで、無価値なお前が息をしている?」


 セレスの声が詰まった。


「答えてみろ。 お前の無力が、彼を殺した。 お前に力さえあれば、彼は死なずに済んだ。…そうであろう」


「……っ」


「シジルも使えぬ、部下を守ることもできぬ、ただ高貴な血が流れているだけの人形が、身の程を知らず足掻いた結果だ……無価値で無意味なお前という存在そのものが、彼にとっての死刑宣告だったのだ」


 セレスはルドガーの肩を掴んだまま、顔を伏せて震えていた。


 長い沈黙。


 風だけが、二人の間を吹き抜けていく。


 やがて――震えが、止まった。


「……ルドガー」


 静かな声。


 彼女は、冷たくなった騎士の頬にそっと手を添えた。


「ここで、待っていてね」


 そう囁いて、ルドガーの身体をゆっくりと地面に横たえる。その動作は、壊れ物を扱うように丁寧だった。


 立ち上がり、グレイドと向き合う。


「愚かな騎士の主よ 死ぬ準備はいいか?」


 グレイドの顔色は、ひとつも変わらない。処刑人が罪人に問いかけるような、事務的な声だった。


 セレスは、それには答えなかった。


 代わりに、静かに口を開く。


「……あなたの言う通りね」


「……」


「わたくしは、甘かった」


 彼女の声には、もう震えはない。


「この世界は、人の力によって変えられると信じていた。……心があれば、志があれば、いつか届くと。 でも、どこまでいっても、何をしても 求められるものは力…力…力……」


 サファイアブルーの瞳が、グレイドを真っ直ぐに見据えた。


「わたくしの甘い幻想を打ち破ってくれて、ありがとう」


「……何を――」


「最後のふんぎりが、ついたわ」


 セレスの全身から、淡い光が溢れ出した。


 空気が震える。大気そのものが彼女を中心に脈動し始める。


「天性のシジルよ、わたくしに応えなさい……『真なる増幅のシジル』――解放」


 眩い光が彼女を包み込み、周囲の魔力が急速に彼女へと集束していく。


 グレイドの眉が、わずかに動いた。だが、その口元には嘲笑が浮かんでいる。


「増幅のシジル……? それ単体では、増幅の効果しかないのは周知の事実。 その行為に、何の意味もない」


 大剣『紅蓮断』を構え直し、炎を纏わせる。


「他に増幅すべき力がなければ、ただの飾りだ。 まるで、お前の生きざまを表すようなシジルだな――中身のない、空虚な器を解放して、何になる」


「……」


「最後まで、期待を裏切らない女だ」


 グレイドが大剣に炎を纏わせた


 その瞬間――


 セレスの左目が、異様な光を放った。


「お父様、今の…強化されたわたくしになら、きっと、貴方の力を受け止められます。」


 彼女の声が、低く、暗く、怒りを帯びて響く。


「どうか、力をお貸しください」


 左目――蒼き義眼が、さらに深い蒼に染まっていく。


「王がわたくしに無理やり埋め込んだ、お父様の左目に宿ったシジル」


 蒼い光が、義眼から溢れ出す。


「幼いわたくしには、何もできなかった。ただ王は、何も知らないわたくしの左目を奪い去り、代わりに父の左目を押し込んだ。 わたくしは、泣き叫ぶことしかできなかった。 シジルと左目を失った父は死んだ、けれど」


 光が膨れ上がる。


「それでも、父は、わたくしの中で生き続けている……『真なる氷帝のシジル』――解放」


 グレイドの目が見開かれた。


「な……世界を変えうる力を持つ、真なるシジルを、同時に二つ解放…だと……!?」


 白い冷気が、セレスの身体から噴き出した。


「力が全ての世界。……そう、その通りね」


 彼女の声は、もう震えていない。


 凍てつくほどに、静かだった。


「力だけが正義で、力だけが秩序や人の価値を推し量る、腐った世界」


 サファイアブルーの瞳が――冷たく、残酷に輝いた。


「そんな馬鹿げた世界なら、それが本当に正義だと言うのなら……あなたがたの信じる、その力とやらで、すべてを否定して、歪めることにした。 そのふんぎりが、ついたのよ」


 その言葉は、宣戦布告だった。


 王国への。 秩序への。 この世界そのものへの。


 増幅のシジルが、氷帝のシジルに呼応する。


 その一瞬―――


 フィールド全体を覆い尽くす、圧倒的な冷気が解き放たれた。


 バキィィィィッ……!!


 彼女を中心に鋭い氷の牙が生成され、無数に外へ外へと伸びていく


 グレイドが纏っていた炎が、その空気に触れただけで一瞬で凍りつき、砕け散った。


「ば、馬鹿な……!!?」


 地面が凍る。 空気が凍る。 視界の全てが、白と蒼に塗り替えられていく。


 グレイドの周囲に纏わっていた灼熱のオーラをも、跡形もなく消し飛す。


 セレスは、氷雪の中心に立っていた。


 冷気が 新しい王女へとかしずいている。


 その姿は、もはや姫君ではなかった。


 ――氷の魔王が、本当の意味での力を持つ王が、そこに立っていたのだ。


「哀れな力の信奉者、グレイドよ。 死ぬ準備はよろしくて?」



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