傾国の災姫 12話
「将軍、お茶をお持ちしました」
若い兵――
確か名前は……ガーグヴォといったか
天幕に入ってきた。俺は地図から目を離さず受け取る。
「ご苦労。……兵の士気はどうだ」
「は。皆、将軍の指揮を仰げることを誉れとしております。本日から初陣の者もおり……」
兵は顔をしかめる。
空気が静まり、横目で見れば何かを言いづらそうにしている。
「なんだ」
「……なぜ、訓練でもないのに、領土の辺境に駐屯しているのか。と…疑問の声が上がっておりまして…」
俺は茶を一口啜り、ゆっくりと椅子に背を預けた。
背負った大剣『紅蓮』の柄が椅子に当たり、鈍い音を立てる。
「お前も気になるのか」
今日だけで、分隊長から同じ質問がいくつか来ていたのだ。
「い、いえ! 自分は将軍に従うのみです! 新兵の言うことですので」
「……構わん。当然の疑問だ」
地図の上には、この近辺の地形が詳細に記されている。そして、赤い印が打たれた一点。
そこに目を向けると、ガーグヴォも同じように地図に注視した。
数日要したが、このあたりに潜伏している可能性が高い。
「この印の場所付近に、反乱の兆しがある勢力が潜んでいる。我々はそれを討伐するためにここにいる」
「反乱……ですか」
「そうだ。詳細は……戦闘が終えるまでは言えん。だが、王の勅命だ。それだけ知っていれば十分だろう」
「は…っ」
ガーグヴォは神妙な顔で頷いた。それ以上は聞かない。良い兵だ。
(……あの印の先にいるのは、ただの反乱分子ではないのだがな)
俺は立ち上がり、天幕の入口から空を見上げた。
先ほどまで晴れていたのに、雲行きがおかしい 嫌な空だ。
「ガーグヴォ……お前は、なぜ兵になった」
「は? あ、はい……王国を守るため、です」
「そうだ。俺たちは王国を守る剣だ。王の敵を斬り、民を守る盾となる」
「……」
「国を蝕む病巣は、時に内側から生まれる。それを焼き払うのも、俺たちの務めだ」
「は……はい」
ガーグヴォの声がわずかに震えている。聡い奴だ。
『内側から』という言葉の意味を、なんとなく察したのだろう。
領内での戦闘、それが意味することなど多くはない。
だが、それ以上は語らん。
王の勅命は絶対だ。そして、その全容を知る必要があるのは俺だけでいい。
王の言葉が脳内で繰り返される。
――標的は、反逆の兆しあり。
――しかし、公に処断すれば国が揺らぐ。
――ゆえに、賊の襲撃に遭ったという体裁で一夜で全てを始末せよ。
――案ずるな。新たな世継ぎは、既にこの手で仕込んだ。
――欠陥品を 生かす価値など ない。
(非情な言葉だ)
だが、王は全てを見抜いておられる。
あの御方の冷徹さは、時に身が竦むほどだ。
血縁者であろうと、欠陥品と見なせば切り捨てる。
用途不明のシジルしか持たぬ者など、新しい血を残せば用済みだと。
……俺個人としても、使えぬシジルを持って生まれた堕ちた時点で、価値など感じていないが、それでも近親者を顔色変えず切り捨てるほどではない。
標的は、シジルの有無ではなく、実力で人を評価しようと行動し、反感を買っていた。
そのような努力など、滑稽を通り越して笑いすら出てくる。
人は生まれ堕ちたときから、価値が決まっているというのに。
何をあがくのか。
(それも、若さゆえの青臭さか)
それ故に苦労したのは聞き及んでいるが、どのような理由であれ、国に反逆の狼煙をあげようものならば、将として成すべきことを成さねばならない。
王の命令は絶対だ。 たとえその相手が………
「ガーグヴォ」
「は、はい!」
「お前は俺を慕ってくれているか。この戦いでも、俺を信じてついてきてくれるか?」
「も、もちろんです! 将軍の下で戦えることが、自分の誇りです!」
「そうか」
俺は振り返り、若い兵の肩に手を置いた。
「ならば、余計なことは考えるな。俺が『敵』と言った者が敵だ。それだけでいい。お前たちの剣は、俺の判断を信じて振るえ。戦場は、迷いが一番の敵と心得よ。考えるのは殺してからだ……いいな?」
「……はっ」
ガーグヴォが迷いを込めたを敬礼して出て行った。
俺は、背中の『紅蓮断』に手を伸ばし、柄を撫でた。
この剣と『真なる炎帝のシジル』を重ねれば、城壁すら灰燼に帰す一撃を放てる。
これまで何度、この力で戦局を覆してきたか。
全ては王のため。
国のためなのだ。
価値のないシジル持ちは消える運命にある。
(……たとえそれが、若い姫の命であっても……な)
「――グレイド様ッ!!」
突然、天幕が跳ね上がるように開いた。
斥候が単眼鏡片手に息を切らせて飛び込んでくる。
「なんだ、騒々しい」
「遠方の上空から――何かが来ます!!」
俺は眉をひそめ、剣を携えて天幕の外へ出た。
空を見上げる。曇天の向こうへ
「……なんだ、あれは…貸せ!」
兵から単眼鏡を奪い取る
やがて、雲を引き裂き、陽光と共に『それら』が姿を現した。
巨大な翼。鱗に覆われた巨躯。
そして、その背に跨る騎士。
一騎、二騎……否、十騎、二十騎……
「ドラゴンナイト……だと!?」
俺は目を疑った。ドラゴンナイトは希少兵科だ。
一国に数騎いれば上等なほどだ。それが、なぜこれほどの数で……
数え終える頃には、八十に届こうとしていた。
「馬鹿な……!!」「我々にはグレイド様がいる!!」「弩を持ってこい!!」
周囲の兵たちが動揺し始めている。当然だ。
こんな光景、誰も見たことがない。
だが、俺は笑った。
「なるほど。……やってくれる」
単眼鏡の先
先頭を飛ぶ一騎が、他とは格が違うようだ。
そこに視点を合わせると…
蒼黒の装甲竜。その背に跨る銀髪の騎士の周囲には、白い冷気が舞っている。
明らかに見覚えがあった。
(欠陥のシジル持ちの姫? だが何故ドラゴンなどに跨っていられる)
王家は代々、ヘビーナイトにしか成れないはず。だがあれは…
間違いない。セレスティア・フォン・アズラーレ。
王の孫娘にして、第一位の王位継承権を持つ姫君の部隊そして
役立たずのシジルを持った 標的、その人だ!!
彼女は、単眼鏡越しに俺が見ているのを見据えてか、その剣の切っ先をこちらに向けて不適に笑った。
宣戦布告だ。
「ふん…面白い!! ガキの遊びに付き合ってやろうか!!」
単眼鏡と羽織を投げ捨て、剣を抜いて、奴に届くほどの声で叫ぶ
「総員ッ! 戦闘配置ィィィッ!!」
俺の怒号が響き渡る。兵たちが慌ただしく武器を取り、隊列を組み始めた。
それに合わせ、竜たちの咆哮が空を割いた!




