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傾国の災姫 10話


「力が……無尽蔵に溢れ出てくるようだわ」


 蒼黒の飛竜を撫でる彼女の指先から、白い冷気が糸を引くように立ち昇る。


 周囲の空気が凍りつき、吐く息すら霜になって散った。


「こんなにも、わたくしの力を引き出す『器』を持っていたなんて」


 額と片腕に淡い光が規則的に宿っている。


(いや、俺が一番驚きましたけども)


「何度も考えてしまう、一体、貴方は何者なのかしらと」


 雨宮さん、どうなっているんですか。俺はあなたの作ったシステムでキャラの兵科を変えただけですよ。と声を大にして言いたい。


 だが、ここにあの人がいても、間違いなく誤魔化してどこかへ逃げ出すんだろうなぁ。


 とはいえ、いつまでも黙っているわけにもいかない。ここは適当に答えるしかあるまい。


「お前に才能があっただけだろう」


 彼女は俺のおべっかに特に反応を見せず、自分の考えを整理するように語り始めた。


「単独で転移できる力。近衛クラスを容易く屠る単騎能力。そして、わたくしが見たことも聞いたこともない兵科――」


 一度言葉を切り、竜の首筋をそっと撫でる。


「それに、この子とは……昔からずっと共にいたような、そんな絆すら感じるの」


「グルルゥ……」


 竜は反抗の素振りすら見せず、大きな瞳で主の一挙手一投足を追っている。


 巨大な翼が折り畳まれ、まるで猟犬のように従順だ。


 ちょっと可愛く見えるのが不思議


(どこから来たんだそのドラゴン、とか考えてしまいそうだが……やっぱドラゴンナイト、かっこいいわい)


「貴方への評価を、さらに引き上げる必要がありそうね」


「そう言ってくれるのは嬉しいが、お前がどれほど強くなったかは試してみないと分からんだろう。見た目だけ強そうなクラスかもしれないし」


(そうだったら悲しい。ログアウトしたあと、雨宮さんに抗議する)


「そうね……いい頃合いだわ」


「む……?」


 セレスの瞳に、決意の色が宿る。


「わたくしの計画も、絵空事から実現可能な段階へ進んだと確信しているの。この力がどこまで通用するかは分からないけど……けれど、動くなら、貴方がいる今しかないの」


「わたくしには、時間がない」


 エリーゼの顔が痛烈に歪み、下を向いた。


「まだ何かするつもりか?」


「えぇ。貴方にはもうひとつ、わたくしと一緒にやっていただきたいことがありますの」


「なんだ?」


「貴方が、わたくしとの出会いを通して、非凡としか言えないほどの力を見せてくれたことはわかっているけど、計画を実行に移す前に、とある実践を通して『それ』を証明してほしいと思っておりますの」


「それとはなんだ。それに実践たって…また誰か側近でも倒せばいいのか?」


「その必要はないわ。これを見て」


 彼女は半壊した作戦テーブルを引き起こし、その上に革張りの地図を広げた。


 羊皮紙には敵陣の配置が細かく記されている。


「これは?」


「この駐屯地の近くに拠点を置く敵兵の情報よ。わたくしの斥候が命と引き換えに持ち帰ってくれた、詳細な位置も含まれているの」


「……そうかい」


 彼女が一瞬だけ、悲しそうな表情をしたのを見逃さなかった。


 言わないけど。


「……なるほど、話が見えてきた。こいつらはこの国に仇なす敵の斥候部隊で、近くに根を張っている。それを駆除してこいということだな。そうすれば、俺がお前を裏切らない証明になると」


「根本的には、その解釈で間違っていないわ」


「根本的? どこが違うところでも?」


「この図に記された兵たちは、我ら『蒼翼騎士団』の敵で間違いない」


 セレスは一呼吸置き、冷たい眼差しで地図を見下ろした。


「貴方の解釈と違う点は……その敵の正体が『我々の国の正規兵』だということよ。敵が変装しているとか、そういうことでもないわ。正真正銘、王に忠誠を誓う忠実な兵」


「……どういうことだ? 自国の兵を、自国の姫が殺せと命じるのか」


 彼女は答えなかった。目線は地図に向いたままだ。


「この兵たちは、わたくしの祖父…現在の国王が組織した直下部隊のひとつ。…普段は王の護衛と、都合の悪い勢力の排除を主な仕事としているわ」


「後ろ暗い気がするが、それでもこの国にとって、重要な部隊じゃないか」


「そうなるわね」


「んで、お前たち『騎士団』がどうして都合の悪い存在になる? そもそもお前は王族だろう。同じ国の兵なら、お前が直轄する斥候を殺す意味も分からん。自国の領土であるはずのこの近くに駐屯している理由もな」


(裏切り者が敵の部隊にいるとか? それくらいしか考えられない)


「その答えを今ここで教えてさしあげてもいいのだけれど――」


 セレスは言葉を切り、真っ直ぐ俺を見据えた。


 氷のような瞳。


「モヒカン様……いえ、あいぼう」


(相棒? 愛称のつもりか?)


 相棒、という呼び方がすこしぎこちない気がするが、つっこまないでおこう。


「あなたは、この先わたくしたちがするであろう、どんなことでも、容認してくださるかしら」


「質問の意味が分からない」


「いいから、答えてほしい」


 地図から目を離した彼女の目線は、揺れ動くことなくまっすぐに俺を見据えている。


「それは、お前の行動次第だろう。明らかに人道に反することは止める。間違っていないと思えば止めない。今は何とも言えん」


「そう……今は、その答えだけで十分よ」


「ずいぶんな自信だな」


 冷気を纏う彼女の顔は、どこか儚げで、それでいて揺るぎない意志を宿していた。


「自分の選び取った道。その先が曇天に視えていても…わたくしは、それでも正しい道だと信じているから」


 そして自身の胸に手をあて、己に言い聞かせるように言った。


「ならば、貴方を選んだという選択も、わたしが信じる道に相違ないわ」


「……そうかい」



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