傾国の災姫 8話
ハゲが一歩踏み込んだ瞬間、姿が霞んだ。
「な、消え――」
視界から消失。思わず言葉を失ったルドガーが振り返る頃には、既に背後へ回り込んだナイフが腹部を捉えていた!
「ハゲ、殺すなよ」
俺の一声。ハゲはナイフの先端を咄嗟に反転させ、柄でプレートメイルを打ち据えた。
ドゴォッ……!
「ぐほぉあ…!!」
鉄が歪む鈍い音。ルドガーの身体が地面を跳ね、ボロ雑巾のように転がった。
一撃。手加減された一撃で、近衛の重装騎士は沈んだ。
どうやらバウンドレスでのレベル20は、ここでは化け物クラスの戦闘力として勘定されるらしい。
ハゲは溜め息をつき、倒れたルドガーへ吐き捨てる。
「はぁ……モヒカンの旦那に感謝しな。手加減がなけりゃ、てめぇ三回は死んでるぞ」
そして俺の元へ来ると、頭を下げた。
「すいやせん、旦那。奴の防具、ダメにしちまったかもしれねぇ」
「……仕方ない。力を見せろと言ったのはセレスだ」
(俺は悪くないからね?)
セレスはバツが悪そうにルドガーへ歩み寄ると、仰向けにひっくり返し、凹んだ胸部装甲を眺めて――一転、感心したように頷いた。喜んでいるようにすら見える。
「うーん……あ!!見てちょうだい、エリーゼ。守護の小シジルを重ね掛けしたヘビーナイトが、一撃で落ちている!意識も失っているわ!近衛級を即座に潰せる伏兵を持つなんて……わたくし、とんでもない人材を見つけたかもしれないわよ!」
「セレスティア様、それは分かるのですが、彼の容態も気にかけてあげてください」
(そうだぞ、君がけしかけたルドガーくんの扱い、雑すぎないか?)
彼女の様子だと、彼が派手に沈むのは織り込み済みだったらしい。俺の力を測量するため、頑丈な彼を当て馬にしたのも計算だったとすれば…どうにも食えない女だ。
おしとやかな顔の裏に、目的のためなら手段を選ばない冷徹さが透けて見える。
*ピコン!*
*シークレット トリガーを達成しました*
(……シークレットトリガー? ハゲが近衛を一撃で落としたのが何か関係しているのか?)
思考の間に、状況が動く
「決めたわ。彼には、この部隊を率いる将になってもらう」
「セレスティア様……!? それはいくらなんでも」
セレスは手を顎に当て、考える仕草をした後、決心したように言う
「いいえ、それだけじゃないわ。わたくしのクラスチェンジも、彼に指南してもらうことにしたわ。これは決定事項よ」
「そんな……! 兵科はヘビーナイト以外、変更不可です。シジルとの相性もあります。王族はヘビーナイトを代々継承すると定められているではありませんか! 伝統を破れば、他の者が黙っておりません。どうかお考え直しください!!」
セレスの口がへの字に曲がる。
「伝統? 決まりごと? ――はっ、不要ね。必要なのは力と、革新を貫く説得力だけ。わたくしは彼にそれを見た。わたくしの決断の邪魔はさせないわ」
「お、お嬢様~!!」
ハゲが耳打ちしてくる。
「旦那、きな臭くなってきやしたが……あの嬢ちゃん、どうやら大局を見る目だけはある。旦那の価値を正確に見抜いてやす」
「いやいや…俺じゃなくてお前が強いだけだろ」
「では、その力も、使い方次第と回答いたしやす」
「おいおい……」
どうあってもハゲとセレスは俺を持ち上げたいようだ。
そこへ、エリーゼを引き剥がしながら、セレスが近づいてきた。
「モヒカン様、本当に見事だったわ。そしてごめんなさい、貴方の力を過小評価していたわけではないのだけれど、あまりにも大きい、その力を一度で見抜けなかったわたくしに非がありますの」
「いや、側近をあんな風にして悪かった。こいつは手加減が苦手だし、召喚って言われても強さのイメージがつきづらいよな」
ルドガーはまだボロ雑巾のまま動かない。
俺の目線に気が付いたセレスは俺の視線に入るように移動してきて言った
「あれは放置で構わないわ。そのうち勝手に起きる。――それより」
「……それより?」
(ひどい)
エリーゼを完全に払いのけ、セレスは改めて丁寧な礼をした。
「モヒカン様、どうかわたくしの兵科を選んでくださいまし。戦いのお作法を心得ている、遥か格上の貴方にしかお任せできませんの」
――どうやら、この展開で選択肢が解放されたらしい。
本来は触れられないはずの、重要人物の兵科選択っぽい状況。
そして、兵科選びといえば、シミュレーションゲームの花形とも言える大きな選択であり、その人の今後を左右する重大な決断でもある。とヤナギンが言っていた。
重要な決断のときに彼がいないのもいつも通り。
俺が決めなくてはならない。
(…責任重大だな)




