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傾国の災姫 6話


 俺の言葉を皮切りに、セレスはすっかり黙り込んでしまった。


 うんうんと何かを考え込むように唸りながら、突然歩き出す。その表情は先ほどまでの余裕ある対応とは打って変わって、真剣そのものだった。


 様子が明らかに変わったものの、何と声をかけていいか分からず、結局は黙って後ろをついて歩くことにした。


(もしかして失礼なことでも言ってしまっただろうか)


 謝罪の言葉を思案し始めた頃合いで、セレスは古びた木製の扉の前に立ち止まった。


「着いたわ。ここよ」


 そう言って、セレスは重そうな扉をゆっくりと開ける。


 中は、長い間誰も使用していなさそうな質素な書庫だった。


 掃除も行き届いておらず、本棚には厚い埃が積もり、空気も淀んでいる。


 蜘蛛の巣が隅に張られ、明らかに放置された部屋という印象だった。


 こんな場所を案内されても、正直反応に困る。


「ううむ……ここが案内したかった場所なのか? …何もないが」


 セレスは俺の言葉に小さく頷くと、俺が完全に部屋に入ったのを確認してから扉を静かに閉めた。カチリという音が妙に響く。


「半分正解ね」


 彼女は慣れた様子で本棚の前に立つと、特定の本を決まった順序で並び替え始めた。そして小声で、俺には聞き取れない古い言語らしき呪文を呟く。


 すると、今まで何もなかった書庫の床中央に、蒼く美しい光を放つ魔法陣がゆっくりと浮かび上がってきた。


 複雑な幾何学模様が組み合わさった、明らかに高度な魔法の産物だった。


 お決まりの秘密の部屋への転移パターンだとしても、実際に目の当たりにするとワクワクしてしまう。


「ほぅ…本を並び替えると魔法陣が出現……これは、定石通りなら、秘密基地への入り口という所か」


 セレスは「分かっているじゃない」と言いたげに、少しいたずらっぽい表情を見せる。


「さすがね。説明しなくても理解してしまうなんて。 そう、これは転移魔法陣…… この部屋自体は中継点でしかないわ。 誰も使わない部屋を維持し続けるのも大変だし、隠蔽工作はもっと大変だけど、城の中にあると何かと便利なのよね」


 なるほど、彼女が見せたかったのは、この部屋や転移陣そのものではなく、きっとその先にある場所なのだろう。


 ついてこいと言わんばかりに、セレスは躊躇なく俺の手を取って引っ張る。その手は思ったより小さく、そして少し冷たかった。


「転移後は魔法陣は自動的に消えるわ。本も元の位置に戻るようにしてあるの。完璧な隠蔽よ」


 ゲーム内の設定にしても、シジルの力とやらはずいぶん万能で便利なようだ。


 現実世界にもこんな技術があったら、通学が楽になるのに。


「転移」


 セレスの凛とした声と共に、俺の視界が一瞬ブラックアウトし、すぐに全く違う景色に切り替わった。


 次に目を開いた先は、石畳の床に石造りの壁、機能性を重視した簡素なテーブルや椅子が配置された地下室のような空間だった。


 そこには武装した兵士たちが数人座っており、ちょうど俺たちの前で談笑をしていた男女二人の兵士らしき人たちが振り返る。


 セレスが俺に何かを言いかけた瞬間、男性の方がすぐに俺たちの転移に気づき、警戒の声を上げた。


「セレスティア様、お帰りなさいませ……っ!? ……後ろの見慣れぬ『物騒な姿の男』は一体何者でございますか!?」


 そう言いながら、男は素早く背中の大剣に手をかけた。その動きは迷いがなく、明らかに戦闘のプロだった。


(物騒は余計だぞ)


 と心の中で反論しておく。確かに俺の見た目は悪いが、そこまで言わなくても。


 この男の身長は高く、優に185cmはありそうだ。筋骨隆々とした戦士らしい堂々とした体躯で、間違いなく前衛系のクラスだろう。短く刈り込まれた黒髪に、傷だらけの手と顔には数多くの戦闘の痕跡が刻まれている。痛々しくもあるが、同時にいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の勇士としての威厳も感じられた。特に左頬の一本の古い傷跡が、彼の経験を物語っている。


「ルドガー、やめなさい。この方は、わたくしの大事な客人よ」


 セレスがルドガーと呼んだ男の警戒態勢を制止するが、彼の緊張は解けない。


「は、はい! ……ですが、セレスティア様! 後ろの男性の素性が分からぬ以上! この場所は我々にとって最も秘匿すべき拠点では――」


 ルドヴィヒと呼ばれた巨漢は、背筋をぴんと伸ばした軍人らしい立ち姿で大きな声で返事をした後、俺とセレスを交互に見ながら、明らかに何かを言いたげに言葉を続ける。


 どうにも俺の存在が気になって仕方がないようだ。まあ、突然現れた怪しい男を警戒するのは当然だろう。


「ルドガー、セレスティア様がよろしいと仰っています。まずはその剣の柄から手を離されては? 失礼に当たるのではありませんか?」


「お……おう、だがよぉ……」


 直前までこの男と話していた女性が、セレスの言葉を重ねるように冷静に諫めた。


 中性的で凛とした美しさを持つ女性だった。言葉遣いは丁寧で礼儀正しいものの、鋭い緑の瞳が常に警戒を怠らず、俺の一挙手一投足を観察し続けている。身長は170cm弱程度で、スレンダーながらもしなやかな筋肉質の体つき。栗色のショートカットの髪に、動きやすさを重視した実用的な黒い服装。総合的に見て、スカウト系かスピードタイプの前衛といった印象が強い。


「エリーゼ、ありがとう。でも、二人には私から改めて紹介させてもらうわ」


 ルドガーを諫めたのは、エリーゼという名前の女性のようだ。


 セレスは二人の間に立つと、少し申し訳なさそうな表情を見せた。


「私の独断で、事前の相談もなく拠点に連れてきたのは悪かったわ。でも、この人にはそれだけの可能性を感じたのよ。きっと、私たちの力になってくれる。わたくしの直感は外れないのよ」


「ま、また直感ですか……。その、疑うわけではないのですが……どうにもその男の身なりがチンピラのような――」


 ルドヴィヒの遠慮がちな言葉に、エリーゼは素早く横肘で彼の脇腹を小突いて注意を促した。


 セレスは苦笑いを浮かべながら、部下二人に向かって俺の話を始めた。まるで自分自身の自慢話でもするかのように、誇らしげな表情を見せている。


「大丈夫よ。この人は、こう見えても転移系のシジルでは考えうる限り最強の力を持っているわ。何せ、私たちの最も警備の厳重な軍事会議室に、なんの前触れもなく、しかも誰にも気づかれることなく現れたのよ。戦闘でも諜報でも、これ以上の能力は考えられないわ」


 その説明を聞いたルドガーの表情が、さらに険しくなった。警戒というより、明らかに脅威と認識したような鋭い眼差しを俺に向けている。


 一方のエリーゼは、眉をひそめて信じられないといった表情を見せた。その緑の瞳が俺を値踏みするように上から下まで舐め回している。


(まぁ、ただAIの嫌がらせで勝手に転移させられただけなんだけどな……)


 心の中で苦笑いしながら、俺は黙ってやり取りを見守る。


「セレスティア様の直感が外れたことは確かにありませんが……」


 ルドガーは慎重に言葉を選びながら続けた


「その力は心強い以上に、我々にとって脅威となり得ます。それに、仮にその能力が本当だとしても、転移だけでそのチンピラ――失礼。その男性が戦闘面で役に立つと断言はできません。セレスティア様の護衛なら、私たちだけでも十分なはずです」


(俺の呼び名がルドガーの中では完全に「チンピラ」で固定されてしまったようだな)


 セレスが俺を横目で見ると、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべた。


 その表情を見た瞬間、背筋に嫌な予感が走る。


(ああ、これは絶対に面倒なことになる)


「分かったわ」


 セレスは手を打って、まるで名案を思いついたかのような表情を見せた


「ねぇ、モヒカン。あなた、ルドガーの鼻っ柱を少し折ってくださらない? 貴方の実力を見せる良い機会じゃないかしら。わたくしとしても、気になるわ」


「セレスティア様、砕かれるのはオレの鼻ではなく、そのチンピラの鼻の間違いですよ」


 ルドガーは剣の柄に手をやって、その巨大な剣の切っ先を俺に向けた


(やっぱりこうなるのね…)



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