傾国の災姫 5話
見せたい場所があると言われ、セレスお嬢さんの後ろを言われるがままについて歩く。
道すがら、俺が世間の常識に疎いこと、そしてこの辺りの事情について何も知らないことを併せて伝えると、彼女はあきれ顔をしながらも簡単に説明をしてくれた。
この辺りの説明をすぐにしてくれるのは、ゲーム上の優しさであろう。
セレスによると、今俺が降り立ったアルカディア大陸という場所は、三つの主要勢力によって分割統治されている、戦争真っ只中の大陸だという。
一つは、アズラーレ神聖帝国
俺が落ちてきたこの場所がアズラーレ神聖帝国の領土で間違いない。ちなみにここは首都らしい。
大陸東部の肥沃な平野と鉱山地帯を持つのが特徴のようだ。
首都ルナリア(この場所)に王を戴き、帝を頂点とする絶対君主制の国だ。
もうひとつが、ヴェルディア王国。
アズラーレ神聖帝国と張り合える唯一の大国で、領土の規模はこちら側と同程度。大陸西部の森林地帯と古代遺跡群を領土に持つ国のようだ。
王を頂点とする立憲君主制だが、実質的には血統至上主義の貴族制だというので、この国との統治方法に大きな差異は無さそうに思えた。
アズラーレとは異なる血統の正統性を主張し、「ヴェルディア王家こそが古代帝国の正統な後継者」と称して、アズラーレ神聖帝国と激しく対立しているらしい。
「今の説明で理解できたかしら?」
「もうひとつの国は?」
「国…というよりは、二か国の仲裁に入っている教団ね。表向きは、両国の和平を取り持つために、神の名のもとに活動をしているのよ。彼らは自らを『聖シジル教団』と名乗っているわ。現状はどっちつかずな立ち回りで、双方に肩入れしている状況よ」
(うわ、うさんくさ…)
「神の名のもとに…ねぇ。その教団という勢力が、両大国の仲を取り持てるほどの権力と力を持っているのか?」
「…そうよ。"シジル"こそがすべてだから。少なくとも、今はね」
(そういえば、落ちてきたときも言っていたな、その単語)
「シジルってなんだ?」
先行して歩いていたセレスは立ち止まり、振り返った。ジト目でこちらを見つめ、ため息をつく。
「はぁ……まぁいいわ。シジルとは、これのことよ」
彼女は自身の前髪を軽くかき分けると、額を指差す。
すると、彼女の額が輝き、蒼い光を放つ複雑な幾何学模様が浮かび上がった。
「なんだ、それは」
「この刻印は、『増幅のシジル』といって、所有者の能力を底上げするものよ。王家と関係者以外に見せたのは、あなたが初めてになるわね」
あまり人に見せたいものではないらしい。
このことに触れるより、話を進めてあげるべきか。
「そうか、すまないな。……すると、なんだ。シジルってのは所持者の能力を上げるための付与魔法か何かなのか」
「惜しいわね。シジルはそれ自体が力の象徴であり、能力そのものよ。例えば、炎のシジルの刻印を持つ者は、炎を自在に操ることができるの」
(特殊能力のようなものか…)
「シジルってのは誰でも持っているものなのか」
「そうね、能力や力の差異こそあれど、基本的には誰でも持っているものよ。稀に持たざる者もいるけれど、……その話は今はしたくないわ」
少しだけ、セレスの顔色が悪くなった気がした。
持たざる者という部分には触れない方がよさそうだ。
「……なるほどな。じゃあシジルってのは、能力を扱う刻印と能力そのものの名称で、その効果や質は人によって異なる。つまり千差万別って解釈で間違いねぇか?」
「概ね、その理解で正しいわね」
(特殊能力を扱う刻印…かっこいいな)
「あなた、見たところ、蛇のシジルが平時でも首筋に浮かび上がっているわよね」
「え、これは蛇の飾りのアバターで――」
「いえ、何も言わなくても分かるわ。それが、あなたの卓越した隠密と転移能力に関わっているって、一目見たときから確信していた」
「うーん…」
「どうしたの?」
「いや…なんでもない」
(これはキャラクタークリエイト時にAIが勝手にこのキャラにつけた刺青で、なんの能力も持っていない、なんて言えないし…)
そして、俺があんな場所に転移したのは、ポンコツが勝手に座標を変えたからである。
セレスには悪いが、この世界の外での出来事を説明したところで理解してもらえるとも思えないので、そのまま勘違いさせておくことにした。
そして、両国の関係と、シジルについてはなんとなくわかった。
「すまないが、少し話を戻してもいいか?」
「構わないわよ」
セレスは再び先導し、俺はその後ろを歩く。
「両国の戦争理由って、血統の正統性を主張しているから、で合っているか?」
セレスは迷わず返事をした。
「そうよ。付け加えるならば、どちらがより正当な神から与えられたシジルと文明を持つに相応しいか、という点かしらね」
「ううむ……本当に疑問なんだが」
「なによ」
「どうして、そんなくだらない理由で血を流し合っているんだ?」
セレスは思わず振り返って俺の顔を見つめた。
その顔色から推し量れるものは少ない。
だが、それは、まるで、ずっと探していた宝物を見つけたかのような、そんな瞳だった。




