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傾国の災姫 1話



 少女は祈る 静かな聖堂で



「父上、母上、どうかわたくしに力を――」



 少女は願う か細き両手で掴み取るため その剣を手に



「どうか、全てを覆す力を…わたくしに……」



 震える心を ただひたすらに隠して



 ⚜⚜⚜⚜



 ・・・


 ・・・


 バウンドレス・レルムでの領主騒動から、現実世界では一日が経過した。


 そして、すぐに公式からメンテナンスの発表があり、ゲーム世界は強制的に閉鎖された。


 運営の公式発表は「ゲリライベントの微調整と、新イベントの実装準備」という名目だが、内情は異なる。


 先日行われた俺と他のプレイヤーによるPVPが密かに話題となり、相手プレイヤーの動きに不審な点があったという噂がプレイヤー間で囁かれていたのだ。


 ハッキングの可能性を疑う声もあり、その対策のためにメンテナンスが行われているというのが真相に近い。


 メンテナンス期間はおよそ2週間程度。


 だが、プレイヤーの間ではそこまで深刻に見られていない。


 というのも、そもそも、VRMMOのメンテナンスは従来のゲームに比べて長期間に及ぶことが多く、一週間程度のダウンタイムは決して珍しくないのだ。


 これはこのゲームに限った話ではなく、プレイヤーと開発者の間に存在する一種の暗黙の了解、信頼関係の上に成り立っている。もちろん、このゲームもその例に漏れない。


 俺自身は、開発者である雨宮さんから「ごめーん!例のインチキプレイヤーの処理とか対策で色々立て込んでて!近いうちにまた連絡するね!」というメッセージを既に受け取っている。


 それまでは普通の学生生活に戻ることを余儀なくされたわけだが、まあ、学生の本分を全うしてゲームの再開を待つのも悪くないかと。


 直近まではヤナギン、彼の姉である五十鈴さん、そして東条さんとPVPの話題で大いに盛り上がっていた。しかし、七月に迫った夏の期末テストの存在に気が付いたヤナギンが、突如として悲鳴を上げたのだ。


 そして今、俺はヤナギンの「切なる願い」によって、図書館の机に召喚されたのだ。


「見てくれよ、もう三ページも進んだぜ!いやぁ、さすがは親友。持つべきものは友達だよなぁ!」


 人懐っこい笑みを浮かべ、ヤナギンが俺の肩を何度も叩く。机の上には、彼のために用意した勉強対策資料が雑然と広がっている。


「ヤナギン……お前、本当にいつも調子いいよな。ていうか、その課題、二十日も前のやつだろ。普通に考えて、もう間に合わないんじゃないか?期末テストってもうすぐ――」


「あああああ!聞こえない、聞こえない! そうだ、今は集中する時だ! 今日中に三十ページ終わらせれば、計算上は間に合うはずだから!」


(一科目だけなら、あるいは……。いや、どう考えても三十ページじゃ足りないだろ……)


 とどめを刺してやろうかとも思ったが、必死に努力している(ように見える)人間に追い打ちをかける趣味はない。


 ため息を一つ吐き、自称親友がペンを走らせる姿を黙って眺めることにした。


 不意に、ヤナギンが何かに気づいたように手を止め、俺の顔を覗き込んできた。


「そういえば、優斗はテスト大丈夫なのかよ。お前の家、そういうの厳しいんじゃなかったか?」


 「ああ」と俺は笑って頷く。


「もう対策も含めて全部終わってるよ。両親との約束で、ある程度の自由は成績を落とさないことが絶対条件だからな」


「は、早すぎるだろ……。だから余裕で俺の手伝いができるってわけか。まあ、助かってるけど、それにしても複雑な気分だぜ」


「ヤナギンが、やるべきことを後回しにしすぎなんだよ」


 俺の言葉に、ヤナギンはチッチッチと大げさに指を振る。


「人間ってのはな、目の前に自由な時間があったら、好きなことをしたくなる生き物なんだよ」


(なんでこいつは、こんなにも堂々としているんだ……)


 ヤナギンのどうしようもなさに辟易しかけた、その時。まさに救いの女神と言うべき二人が現れた。


「すみません、お待たせしました」「へい、弟たち。待った?」


 東条さんと、ヤナギンの姉である五十鈴さんだ。


 白いワンピース姿の東条さんと、黄色いタンクトップにショートパンツという活動的なスタイルの姉さん。対照的ながら、どちらも目を引く美人であることに変わりはない。


「助かった……目の保養が現れた(ここには変な男しかいなかったから)」


 なんということでしょう。ヤナギン一人しかいなかったむさくるしい空間が、一瞬にして華やかな場所に生まれ変わったのです。


 隣で、ヤナギンが何かを悟ったように呟いた。


「何が助かったんだよ。お前、絶対俺に対して失礼なこと考えてただろ」


 彼の言葉は無視し、俺はヤナギンに向けるのとは百八十度違う、満面の笑みで二人を迎える。


「やあ、二人とも」


「うちの弟が迷惑かけててゴメンね。これ、お詫び」


 そう言って、五十鈴さんが俺の隣に腰を下ろし、コンビニで買ってきたであろうペットボトルのお茶を差し出してくれた。ちなみに、この図書館は飲み物の持ち込みが許可されている。


「いえいえ、こちらこそありがとうございます」


「あの、ヤナギンさんの宿題は、どれくらい進みましたか?」


「三ページです」


 俺が事実を告げると、進捗を尋ねた東条さんの表情が、見る見るうちに絶望に染まっていく。


「あの、ヤナギンさん……」


「はい! なんでしょうか!」


「……素直に先生に謝りませんか?」


 純粋無垢な、しかしあまりにも無慈悲な提案に、ヤナギンは瞳に涙を浮かべる。


「うう……でも、俺……これダメだったら……」


 そこへ、五十鈴さんが追い打ちをかける。


「母様に、おこずかい減らされるんだったわね」


「ぐあああああ!」


 胸を押さえて絶叫するヤナギン。


「図書館ではお静かに!」「ぼぐぁっ!」


 五十鈴さんの完璧なボディブローがヤナギンの脇腹にめり込み、彼は静かに机に突っ伏した。


「姉の注意する声のほうが…でかい……ガク…!」


「……」


 やがて復活したヤナギンが、恨めしそうな視線を俺に向ける。


「だが俺にはお前がいる。相棒…そう、優斗。お前は相棒だ。今日は夜まで付き合ってもらうからな。……絶対に、帰さないぞ!」


「そのセリフ、美女に言われるならまだしも、ヤナギンにだけは言われたくなかったな」


 ヤナギンが「まぁ」と言って付け加えた。


「俺は、お前と違って両親から厳しくされてきたわけじゃないからなぁ……それに比べてお前は偉いよ」


 そんな彼の言葉を受け入れると、少し複雑な気持ちになる。


 確かに俺は勉強がある程度できるようになったが、それは決して自分の意志だけによるものではない。両親からの圧力があったからこそ、今の成績を維持できていたのだ。


 俺は「偉い」なんて大層な言葉に収まるほどの出来た人間じゃない。


 もし、自分にもっと早く「何かを変える力」があったら、今とは全く違う環境が出来上がっていたのだろうか。


 もしも俺がヤナギンのように自由だったら、俺は何をしていただろう。


 理想を貫くため、「偉い」という枠組みに居られるように努力できていただろうか。


 ・・・


 彼の勉強をみんなで手伝いながら、そんな取り留めのないことを考えてしまう。


 日が傾き始めた頃


 ポケットのスマホが短く震えた。


 画面には、雨宮さんからのメッセージ通知が表示されていた。


 *やぁ、優斗くん。期末テストのお勉強は順調かな? 一区切りついたら、バイトの件で、仕事をひとつ頼みたくて。土日のどちらかに会社までよろしくね*


 雨宮さんから新しい仕事の依頼だった。



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