56話 ハゲ進化
「俺がいない間、この町で何があったんだ?」
イレーネは混沌と化した町を満足げに眺め、うっとりと頷いた。
「見ての通り、モヒカン様が騎士団を討滅されてからは、平和な日々を取り戻しましたわ」
(いや、まったく平和に見えないんだが!?)
「ああ、強いて申し上げれば、町の噂を聞きつけた "ワケあり" の方々が随分と集まるようになったくらいでしょうか」
「む……ワケあり? なぜだ?」
「それはもちろん、モヒカン様ご自身が、この町の新たな伝説となられたからでございます!」
淀みなくハッキリと言った。
「で、伝説!?」
イレーネはうっとりした表情で語り始めた。
「伝説と言わずしてなんと言いましょうか………わたくしはずっとそばで全てを見守っておりました。 町から旧来の秩序が失われ、代わりに本物の『力』と『自由』が渦巻く新たな混沌の都へと生まれ変わる様を。 そして、伝説とは往々にして語り継がれるもの…」
彼女は演劇じみた仕草で天に両手を掲げる。
『ある日、レーンの町に救世主が現れ、騎士団をたった一人の力で壊滅させた!』
目を閉じ、ぐっと拳を作って、芝居がかった調子で続ける。
「その噂は吟遊詩人の歌となり、商人たちの口を通じて瞬く間に大陸中を駆け巡りました。 そう、権力に縛られることを嫌う自由な無法者たちが、力こそが全てだと信じる歴戦の傭兵たちが、そしてモヒカン様の絶対的な強さに陶酔する者たちが…… 皆が伝説に導かれるようにして、このレーンの町へ次々と集まり始めたのです!」
ひと呼吸おいて、断言するように言った
「貴方様こそが、その象徴なのです!」
(いや、むしろイレーネ自身が噂を広めたんじゃないのか…?)
「ううむ…まあ、つまりだ…俺が騎士団を壊滅させた影響か何かで、その噂を聞きつけた"ワケありな人"たちが集まって、町を今の色に染め上げちゃったってことか…」
彼女は満足げに頷く。
「はい。もちろん、私もモヒカン様がこの町の主であると皆様に知っていただくため、精一杯 "貢献" いたしましたのよ? ダークプリーストとして、他の町では爪弾きにされる方々を相手に『クラスチェンジ』を行ってまいりました」
「無法者たち相手にクラスチェンジをしてきたってことか…」
(たしか、このゲームの仕様上、カルマ値がマイナスになっているNPCやプレイヤーは、普通の町での活動が大きく制限されるはずだよな…)
神官が執り行う『クラスチェンジ』のサービスを始め、町中での買い物や宿泊もままならぬどころか、表を歩いてるだけで衛兵に捕えられてしまう
つまり、後ろ暗いキャラクターにとっては、安全に過ごせる拠点というだけで相当な価値がある。
その上、冒険をする上で必須となるインフラが整う場所で『クラスチェンジ』まで可能となれば………なるほど、これほど偏った者たちが集まるのも道理だろう。
(もしかしなくても、この町の変貌ぶりはイレーネの影響も強いのでは…?)
クラスチェンジができるNPCは本当に限られている。カルマ値がマイナスでもクラスチェンジができる…その希少性と受けられる恩恵を考えれば彼女の影響力は計り知れない。
「なるほど…?だけどよ、いくら俺が騎士団を壊滅させたからって、その実績ひとつだけで、気性の荒い奴らのボスだって、納得する奴は少ないんじゃないか?」
イレーネはよくぞ聞いてくれた! と言わんばかりに食い気味で答えた
「問題ありませんわ。私の活動の一環として、クラスチェンジを格安で提供する代わり、モヒカン様がボスであること、つまり…この町では貴方様こそが絶対の主であることを誓わせたのです!」
(なぜ余計なことを!?)
「ちょ…ちょっと待ってくれ。誓わせたって…?」
「はい、まずはモヒカン様の傘下であることを誓うこと……これは絶対的条件。そして、全能の神であるインダムへの信仰を捨て、混沌の神である禍津神への信仰を欠かさぬことを約束させました。約束を誓った者は、体の一部に消えぬ蛇のマークが浮かび上がるのです! モヒカン様のように!」
「ナチュラルに信仰まで捨てさせてる!?」
思わず声が漏れる
「いいえ、これはモヒカン様の信仰する神と同じ神を信仰させるために必要なことなのですよ」
「いや別に俺は何も信仰とかは――」
「その蛇の模様が動かぬ証拠です」
彼女が俺の首筋を熱心に見つめた。
(俺の蛇のマーク……? あ、いや、これのことか? てか、なにそのヤバそうな神)
俺は無意識に、自分の首筋にある蛇のような模様に手をやった。
これはAIがキャラクタークリエイトの際に暴走しまくって勝手につけた、ただのアクセ機能の一部でしかない。断じてヤバそうな神のつながりを示すものではないのだが…しかしどう説明したものか…。
「あ~…イレーネ、これなんだが、実は――」
これはAIが勝手にキャラクリしたときにつけられたものであることを説明しようかと思ったが、どう伝えていいものか…?そう考えているうちにイレーネは話を進めてしまった。
「いいえ、何もおっしゃらないでください。その蛇は禍津を現すマーク………わたくし、全て、もうわかっております…モヒカン様が禍津神の御使い様でいらっしゃることは…」
(いやいや、違うんだ…イレーネ…! だからなんなの、その怖そうな神様!?)
⚜⚜
俺の行動が呼び水となり、イレーネがそれを焚きつけた結果、今の町が出来上がったらしい。その理屈は、何となく理解できた。
彼女が俺を町の主と称え、それを象徴するかのように、あのボロ屋が豪奢な屋敷へと変貌したのも、きっとイレーネの音頭で件の連中が俺を祀り上げた結果なのだろう。
「……ううむ」
「モヒカン様、いかがなさいましたか?」
「いや、これからどう立ち回るべきかと思ってな…」
(はぁ……本当にどうすりゃいいんだ!?)
ここで合流予定の仲間たちに、この珍事をどう説明するか。言い訳の作文でも考え始めようかと思った矢先、事情を知らぬイレーネから提案が持ちかけられた。
「それでしたら、まずはハゲさんにお会いになられてはいかがでしょう? 彼もまた、貴方様のお帰りをずっとお待ちしておりましたのよ」
「ハゲが…?」
(そういや、最後にログアウトする時、あいつを召喚しっぱなしだったか……?)
色々あって、すっかり忘れていた相棒の存在を思い出す。
「よし、ちょっと会う前にステータスでも見てみるか」
(たしか、最後に奴のステータスを見たときは進化可能とか書いてあったし…)
そんな、ほんのちょっとした確認作業のつもりだった
軽い気持ちで召喚情報を開き、ハゲのステータスを確認――そして俺は絶句した。
__________________
【仲間】
[ステータス]
[ NAME: ハゲ(優斗によって自動命名) ]
[クラス: ダンピール]
[ LV: 20 ] < EXP: □□□□□□□□□ 0/100 >
[ HP: 2750 / 2750 ]
[ MP: 170 / 170 ]
[ STR: 90 ]
[ DEF: 50 ]
[ AGI: 75 ]
[ INT: 10 ]
[ LUK: 10 ]
<装備>
右手: (モヒカンから貰ったボロい剣) <STR+1>
左手: (両手持ち)
頭 :
胴 :
足 :
<スキル>
【不死】【見切り】【近接戦闘術】【騙し討ち】【吸血】
【魅了化】【自然治癒】
__________________
「はぁ…!? ちょ…なにこれ!?」
彼のステータスには【吸血】【魅了化】【自然治癒】
など見覚えのないスキル
さらに特筆すべきはレベルが10から20へ、そしてクラスが骨からダンピールという名称に変化していることだ
(ダンピールって…確か吸血鬼と人間のハーフのことじゃなかったか? いやいや、骨から半吸血鬼って、どういう進化だよ!?)
ステータスに関しては言うまでもなく、レベル相応に…強い!
装備は俺があげたボロ剣一本を使い続けているというところがなんともハゲっぽい
装備に不釣り合いなほど、なんとも恐るべき成長を遂げていたのだ…!
自分が事実上の町の主になっていただけでも眩暈がするのに、今度は放置していたハゲが謎の超進化である
・・・
TIPS_____
名前:全能の神インダム
この世界の主神と言われる、光と発展を司る神。
殆どの善NPCの信仰対象であり、この神を崇める教会は現状、絶対的な影響力を持っている。
※ゲーム開始時時点




