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31話 水は武器になる


「なぁ、兄貴…このダンジョン、何かがおかしいですぜ」


「あぁ、分かっている。」


 小さなダンジョンの入り口に二人、恥部隠し程度の衣服を身に着け、火を囲って体を温めている。


 背の低い男は、すっかり奪われきった体温を少しでも回復させようと火に新たな薪をくべ、相方の顔色を伺った。


 沈黙の中、バチっと木が爆ぜる音だけが響く。


(このダンジョンは攻略できない。兄貴にはそれが分かっていない…)


 内に響く予知のような不安がよぎるが、それを声に出してしまえば、漏れなく大柄な男のこぶしが飛んでくるであろう。


 だが、このままでは自身の命まで危険に晒してしまう。


 人間はわかりきった罠を踏み抜くほどバカじゃない。だが、それが集団行動になると途端に難しい話となる。支配的な立場の者に危機を察するアンテナがなければ、正しいタイミングというものを見失ってしまうもの。


 そうなれば、いつだって付き従う弱者から犠牲になっていく。だが、何もしないわけにもいかない。


「兄貴、撤退は」「しない。」


 やや食い気味に返され意気消沈するが、小柄な男はへこたれない。このダンジョンがいかに未知数でリスクが大きいかを力説し始めた。


「兄貴…おれたちゃオーブハンターだが、無謀な賭けに身をささげる人種じゃねぇはずです。このダンジョンは雑魚一匹すらいない。怪しすぎると思いやせんか?こんなダンジョン、聞いたことも、見たこともねぇ。そんでもってあの歯車だ!どれだけ回そうが扉が開く兆しすらねぇときた!あのへんぴな仕掛けのせいで、ここ数日はずっと立ち往生じゃあねえですか」


「黙れ…」


「兄貴!このままじゃ時間だけが無駄に浪費されてしまう!そんなことしている間に、ライバルたちは別のダンジョンでオーブを手に入れているかもしれない!このダンジョンは今までのセオリーが通じない!何かがおかしいんだ!」


「黙れと言っている!」


 兄貴と呼ばれた大柄な男は、いよいよ顔を赤くして鉄拳を振り下ろした。


 ッゴ!


「いでぇ!?」


 握りこぶしを作ったまま、大男は有無を言わさずな雰囲気で語った。


「お前は俺の手下だ。不安なのは分かるがごちゃごちゃ人の作戦に口を挟んでんじゃねぇ。それに俺たちは運がいい方だ。他のやつらは知らんが、このダンジョンはできたばかりだ。そして、俺たちが第一発見者で間違いねぇ。周囲を見ろ、野営の跡すらないだろう。先週は別の奴らが調べ尽くしてたはずだ!つまり、その後で自然発生したレアもんってこった!」


 小柄な男は殴られた頭を手で押さえながら周囲を見回し、不服そうに口をへの字でむすんだ。


「第一発見者がいいことなんでやすか…?それだけ、わからないことも多いとも言えるんじゃ…ましてや命を賭けの代償にするなんて」


 反抗的な姿勢に釘をさすように、強面な顔を近づけ、肩を掴んで続ける。


「おい!いいか、こんなチャンスは二度と来ないかもしれない。オーブを王都が独占することは、これで終わりにできるかもしれない。そう考えれば、これは俺とお前に与えられた最後のチャンスともいえるだろ…!!よく考えろよ!」


「…」


「お前の言うように俺たちゃ、オーブハンターだ。だからこそ、命を賭してでもオーブを手に入れることが…手に入れようとあがくことが『生きる目的』だ。違うか?」


 大柄の男に言われた言葉が、まるで『真理』に聞こえてくる。


 そうだ。俺たちはそれが生きる目的で、存在価値のすべてであると。


 不思議なことに、その言葉を受け取ると命令を受けた機械のように『そうしなくてはならない』と感じてしまうのだ。


 視界にノイズが走り『攻略』の文字で考えが埋め尽くされるように


 今まで感じていた『不安』など、ただの気の迷い。まるで不具合のように感じてしまう。


「…そうでやした。兄貴、すんません。おれたちゃ、オーブハンター。ダンジョンを攻略しないと」


「おうとも。それじゃあもう一度ダンジョンアタックだ。歯車も回してりゃいつか扉なんて開くさ。だがモンスターが新しく出てこないとも限らない。お前には引き続き見張りを…どうした?」


「兄貴。言ったそばから、というやつですぜ。敵さんがおでましだ!」


 指さした先には、ダンジョンの入り口から顔を覗かせるゴブリンが二匹。錆びたナイフと粗末な木板、ほぼ半裸なスタンダードタイプ。


 まるでダンジョンの中におびき寄せるように、こちらの気を引くとすぐに引っ込んでいった。


「ふん、出てくるモンスターは雑魚同然じゃねえか。ほらみたことか、すべてはお前の杞憂だったってこった。いくぞ!」


「へい!」


 最低限の防具を着用し、兄貴は軽装のままハンマーを握りしめた。


 二人が考えなしにゴブリン共を追いかけると、すでに奴らは通路の奥まで泳ぎ進んでいた。


 歯車の出っ張りに掴まって、こちらの出方を伺っているようだ。ゴブリンは泳げないわけではないが、水棲生物ではないため、体格差から戦闘時はこちらに利がある。


「グギャギャギャ!!」「ギャギャギャ!!」


 ゴブリンは歯車に錆びたナイフを叩きつけ、大きな音を立てて挑発しているようだ。


 ガンガンガン!!


「グギャアァア!!」


 来れるものなら来てみろ!といった具合に通路奥に陣取っている。


「兄貴、誘い込んでいるように見えやす!ここは様子を見て…兄貴?」


 大柄な男の顔は真っ赤に染まり、ハンマーを握りしめてずかずかと進み始める。肩まで浸かった水路も、この男にとっては小さな障害でしかない。


「畜生ゴブリンごときが…!ナメやがって。俺はナメられんのが一番嫌いなんだ!」


「兄貴、待ってくだせえ!!罠です!」


 こちらの制止も振り切って、ずかずかと水路に大きな波を立てて歩き、ゴブリンへ接近する。


 だが、これがこの男の最期であった。


 バリバリバリ!!


 ゴブリンまであと数歩という距離まで詰めたとき、不自然な音が響き、戦車のような男の動きがピタリと動きを止めたのだ!


「あ、兄貴?」


「…うが」


 兄貴からの返事は短い悲鳴のような声だった。そして、彼は前のめりに力なく倒れた。当然ながら水面に顔が浸かってしまうので、このままでは溺れて窒息してしまうだろう。


 目には見えなかったが、何らかの罠が発動したのかもしれない。


 悪夢は連鎖する。さらに、近くで挑発していたゴブリンが兄貴にとどめを刺すようなフリで錆びたナイフをわざとらしく掲げたのだ。


「グーッギャギャギャ!!」


「兄貴ぃ!?兄貴いいいいい!!」


 もはや頭は真っ白だった。とにかく救援しなければならない。


 防具を脱ぎ捨てて全速力で泳ぎ、距離を詰めるが数秒程度遅かった。


 ゴブリンは、近づいてくる相方を十分に引き付けてから、無抵抗となった大柄な男の太い首筋にナイフを押し込み、悪い顔をした。


 グサッ…!


「グギャアア!!ギャギャギャ!!」「ギャギャギャ!!」


 手を叩いて喜びを下劣に表現する緑の悪魔たち。


 透明な水がじんわりと赤く染まっていく。


「兄貴!?…クソゴブリン共があああ!!」


 半ば反射的な動きで兄貴の死体を足場に跳躍し、鋭いナイフで二匹のゴブリンを仕留めた。


 ザシュ…ザシュ…!!


「ギャア!?」「グギャ…!」


 ゴブリンは動かぬ骸となって、兄貴の死体と肩を並べて水面に浮かぶ。


(終わった…)


 兄貴は死んで、ゴブリンも死んだ。だが、この歯車は力自慢が時間をかけて回す必要がある。


 事実上、オーブの回収は不可能となった。


「帰るしかない…か。兄貴…すまない……」


 兄貴の骸をダンジョンの外に出して埋葬すべく、一度仕切りなおすことにした。


(まずは王都で情報を共有し、仲間を増やす必要がある。何としても生きて戻らねば)


 だが、そうさせてくれるほど、このダンジョンは甘くなかった。


「ふわ…ふわ…」


 目の前に、大きな目玉をひとつ宿した奇妙な物体が浮かんでいる。


 水の中から突然姿を現したのだ。


「な…なんだ…お前――」


 反応する間もなく、その物体は激しく発光し……


 バリバリバリ…!!


「うぐ!?」


 これが、兄貴を死に追いやった正体だ!相手を麻痺させる隠密性の高い存在。


 だが気が付いたとてもう遅い。


 動かぬ身体は海水に沈み、無抵抗に半開きになった口へ海水が大量に入り込んでいく。


「ごぽぽぽぽ、ごぼぼぼぼぼ…!?!?」


 10秒程度経過すると、体は自由になるが意識が朦朧としていた


「げっほ…ぐぼぁ…!」


 なんとか入り口にたどり着かなくては窒息死する。


 動かぬ身体に鞭打って、無理やりにでも手足を動かし、奇妙で不気味な目玉のモンスターから距離を取る。


 だが、すぐに目玉はまた発光を始めた。


(何度も打てる技ってか…それなら!!)


 持っているナイフを一か八かで目玉に向けて投げた!


 グサッ!


(よし!当たった!!)


「ふわ…!?」


 目玉の化け物は、姿をポリゴンエフェクトに変えて爆発するように四散した。


 最後の武器を投擲し、それが見事に命中したのである。


 そうそう何度もあることじゃない。


(倒せたな!このまま逃げ切る!)


 自らの運と奇跡に感謝をしてダンジョンの出口に向かって移動を再開する。


 だが、それはやはり、甘い考えであった。


 ダンジョンの入り口が見えてきたタイミングで、またそれは姿を現した。


「ふわ…ふわ…」


 大きな血走った眼玉は、まっすぐにこちらを見据えている。


 海の深淵へ誘うかのように、それを目を発光させた。


「や…やめ……」


 バリバリバリ…!!



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