第二話 主人公補正
「お、おはよう......ございます」
「おはよう」
ペコペコと頭を下げながら先生に挨拶をしていく。
(全然間に合ったじゃん、走る必要全くなかった......)
荒くなった息を一度整えてから再び歩き出す。
柚野は恋愛に関しては長けているものの、それ以外はごく普通の生徒だ。
陽キャでも陰キャでもないあまりパッとしない影の薄い生徒。
勉強も運動も人並みに平均ぐらいはできる。しかし逆に言えば突出したものが恋愛以外にない。
バイト以外に時間を割いていないから当然と言えば当然なのだが。
こうして歩いている間もバイトのことを考えていた。
(告白のメッセージはあの依頼主の文章でいいかな。相手は幼馴染らしいし成功する確率は全然高い。あとは時間とか場所、シチュエーションだよな。大丈夫だとは思うんだけど、当の本人が告白の勇気が出なかったらいけないし、流れで押しておかないといけないのか)
靴を脱ぎ、下駄箱からスリッパを取り出して履き替える。
しかしこの動作は無意識に近いものだ。
柚野は告白のシチュエーションばかりを考えていた。
(あ、そうか、幼馴染だから場所は......)
シチュエーションのベストを閃きそうになったところで柚野の妄想は一度止まった。
「あら、おはよう、新庄くん」
「あ......どうも。えっと、月城さん」
「敬語じゃなくていいわよ、クラスメイトなんだし」
(相変わらず綺麗だな、マドンナ様は。ラノベで出てきてもおかしくないし......実は自称陰キャぼっちの子と付き合ってたりして。そう言えば月城さんって彼氏いるのかな、そういう噂はないけど)
クラスのマドンナ的存在である月城 遥香
成績優秀、容姿端麗、運動神経は抜群。
テストでは好成績を収めてトップの座に君臨しているし、運動神経も運動部に所属している男子と普通に張り合えるレベル。
その上、容姿はかなり整っている。佇まいも上品で、何から何まで美しい才女。
柚野と同じクラスメイトなのだが、男女関係なく人気も高い。モテ無い要素がないというものだ。
クラスのマドンナ様、などと呼ばれているのだが学年関係無く噂が広まっていたりするらしいので、まさしくこの学校のマドンナ様といえよう。
(相変わらず美しいなあ......ラノベのヒロイン補正めちゃくちゃにかかってるんだよな~。別に俺陰キャでもないと思ってるし主人公補正かかってないんだよな~。かといって陽キャかと言われたらそうでもないし)
クラスでモブキャラ的立ち位置にいる柚野はそう思うことしかできない。
だからヒロイン的な立場の月城に敬語で無意識に話してしまっている訳だ。
住む世界が違いすぎる。
「ど、どうしたのかしら......そんなに私の顔を見つめて。何かついてる?」
「いや、別に。今日は来るのが遅いなって」
そう聞くと、月城は少し笑みを浮かべた。
そして長い黒髪をサッとかきあげた。
「ええ、まあ。少し寝坊してしまって」
「なるほど、月城にもそういう時があるのか」
(どうせ俺とは違って遅くまで勉強してたんだろうな~)
柚野は月城と特別仲が良いわけでもないので話す話題もなく、気まずい気がしたので少し早く歩こうとした。
しかし月城は足並みを揃えてついてきた。
「新庄くんはいつもこれくらいの時間に登校してるのね」
「うん......まあ、寝るのが遅いからな」
「ふーん、遅くまで何してるの?」
(無難にゲームをしてたでいいか)
柚野は友達にすらバイトのことを話していない。
恋愛好きなのは知られているのだが、恋愛に携わるバイトをしていることは家族以外まだ誰も知らない。
「友達とゲームしてる」
「ゲーム? 何のゲーム?」
「格闘ゲーだな、一人の時はホラゲーとか」
「ふ、ふーん、私ホラー苦手なのよね。夜にやってて怖くないの?」
「怖くはないけどドッキリ要素が強いからそこが楽しいかな」
(月城はゲーム何かやってるのかな。ん? 待てよ。めちゃめちゃ一緒に遊んでるネトゲ仲間が実は月城でした~、みたいな説ないか? ......いや、無理だわ。そもそも俺ゲームやってないし)
あわよくばすぐに恋愛シチュエーションに思考がいってしまう。それが柚野という人間である。
「月城はゲームやってるイメージないんだが、何かやってるのか?」
「わ、私? ......やってないわね。やりたいとは考えているのだけれど」
「月城は普段家で何してるんだ? 勉強?」
「そこまで私も勉強熱心じゃないわ、最近は読書ね。そろそろ勉強しなくちゃいけないんだけど......」
そうして他愛もない会話をしているうちに教室に着いた。
柚野と月城の席はだいぶ離れている。
各々自分の席について準備を始める。
「よ、柚野、おはよう」
柚野が机にバッグを置いて早々に、柚野の前の席に座っている篠田 春下が柚野に声をかけた。
「んあ、おはよう」
「お前寝癖治ってないぞ。また寝坊して急いで学校きただろ」
「......お前も治ってねえぞ」
「え!? うそ!?」
思わず朝から笑ってしまう。春下は一緒にいて楽しいやつだ。
おちょけで天然な部分もあるのだがそれが春下の良いところ。
「ま、柚野のことだし、どうせ遅くまでゲームしてたんだろ。目にクマあるぞ」
「エロゲ......は流石にできないから夜遅くまで18歳になった時にやる良い純愛もののエロゲがないか漁ってた」
そう言うと春下の甲高い裏声の笑い声が教室に響いた。