第一話 恋愛代行の依頼
『ありがとうございます! お陰で彼とお付き合いすることになりました!』
来たメッセージを目に通して新庄 柚野は自分ごとのように喜んだ。
この方は八ヶ月もの間『告白・恋愛代行』を柚野に依頼していた。
最初は好きな人との距離が遠く離れていたが、柚野がアドバイスする内に段々と近づき、最終的にくっついたようだ。
柚野は『おめでとうございます! その先は自分で頑張ってください! 応援しております! お幸せに』
と、送り、小さくガッツポーズをした。大きな仕事を一つ終えた気分である。
「お金も貰えるし、色々な恋の行方が見れるし、感謝されるのは嬉しいし、これ以上ないバイトだよな、本当」
『告白・恋愛代行』とは依頼主の告白のメッセージを考えたり、好きな子との距離の縮め方をアドバイスしたりするバイトである。
柚野は恋愛が好きだった。恋自体が好きなのだ。
恋愛漫画や恋愛ゲームは一通りやり尽くしているし、恋は得意分野である。
そんな柚野にとって『告白・恋愛代行』はまさに天職。
柚野が担当した告白の成功率は80%を超えていて、ネットで少々人気となっている。
これまでに担当した件数は約1100件。そのうちの成功が920件。
告白代行の時は一回約2000円で、恋愛代行の時は一ヶ月4000円で依頼を受けている。
(人気出たお陰で最近勉強あんまりやれてないし、一回休もうかな。けどずっとやってたいんだよな)
柚野は今日も今日とて稼いだお金で買った恋愛小説を開き、それを目に通す。
自分で稼いだお金で自分の好きなものを買い、娯楽として楽しむのは非常に気分が良い。
そうして娯楽に勤しんでいると、作業用のパソコンに一件のメールが来た。
柚野は素早く椅子に座り、メールを開く。内容はいつも通りの依頼であった。
『恋愛代行を依頼したいのですが......』
柚野はいつもの手つきでメールを打ち、送り返した。
そこからメールのやり取りが始まった。
そして依頼主と相手の関係をささっとまとめた。
「高校一年生女子、趣味は読書、特技は料理、苦手なものは幽霊、部活は無所属......相手は高校一年生のクラスの男子、趣味と特技、苦手なものは不明、同じく部活は無所属。そもそも相手との接点があまりない、印象は物静かな子。好きなところはさらっとした気遣いができて優しくて、容姿が好み。好きになったきっかけが傘を忘れた自分に傘を貸してくれてそこから気になり始めた......か」
接点がない中での攻略は非常に難しい。
しかしこれだけの情報があれば大丈夫だ。
(好きだからこそまずは相手のことを知らなきゃな)
『まずは当然ですが相手の方のことを知らなければなりませんね』
『でもどうしたら......』
『その方の登校時間はご存知ですか?』
『私はいつも早い方なのですが、相手は遅い時が多いです』
『でしたらその方の登校時間に合わせて登校してみてください。クラスメイトですし挨拶ぐらいはしても不自然ではないかと。それに「今日は遅いね、どうしたの?」といったことを聞いてくれるかもしれません。そこから会話に繋がればなおよしです』
『なるほど、早速明日やってみます!』
(まずは会話......これが成功したら次は相手の視界に入ることを意識してもらわないとな。そうしたら親近感が湧いてくれる)
柚野は目を瞑り、幾つかのシチュエーションを想像した。
(友達にまで発展するのは簡単。だけどそこから意識してもらわないといけない。そこからが壁だな)
柚野は乙女心は男なのであまりわからないのだが、恋に関しては敏感だった。
相手との距離感を見極め、感情を把握して、適切な行動を指示する。
柚野自身は彼女いない歴イコール年齢で好きな人はいない。
特定の女子に恋愛感情を抱いたことがない。
しかし、恋愛の素晴らしさだけは誰よりもわかっているつもりだった。
(俺も恋愛したいんだけどな)
柚野は要望とは裏腹に平凡な日常を送っているのだ。
「んー、とりあえずは明日の報告待とう。告白代行の依頼は溜まってるしそれ完了したら寝るか」
(時刻は21時......1時までには終わらせられるか)
柚野は背伸びをして作業に取り組み始めた。
***
「柚野! あんたいつまで寝てんの! さっさと起きなさい!」
朝、柚野は姉こと新城 明音が自室の扉を思いっきり開ける音で飛び起きた。
(母さんと姉ちゃん、毎回どうしてこうも朝に扉を強く開けるんだろう、姉ちゃんがいるってことは母さん朝市にでも行ったのかな。まあどっちでもいいや、眠い......)
「......今、何時?」
「8時」
「.......まじか」
柚野は深くため息をついた。平日の朝は憂鬱だ。
朝ごはんを抜いて走っていけば全然間に合う時間だが、朝から走れるわけが無い。
(ん、待てよ、パンを咥えながら投稿したら美少女とぶつかるシチュエーションがあったりしちゃう? ......違うな、男がやってもあれは意味がないんだ)
「私一限に必修入ってるからもう行く。朝ごはんしっかり食べるのよ」
「んー......」
明音が部屋を出た後、柚野は重い体を起こして背伸びをした。
そしてパソコンを開く。
(ん、また新しいメッセージ来てるし。最近依頼が多いな。スマホでログインして学校で確認しよっと)
柚野は朝ごはんを食べて、身支度を済ませ、走って学校へと向かった。