11 第二王子付き侍従のお仕事模様
どうも、トニー・リックスです。あ、ご存じない? それでは初めまして。セムラート王国第二王子カルヴァン殿下の侍従を務めております、リックス子爵家三男のトニーです。
母が殿下の乳母をしてたご縁で、側仕えにお取立ていただきました。つまるところ、畏れ多くも乳兄弟ってやつですね。
そんなわけなので、主であるカルヴァン殿下のことは小さい頃から見て知ってるわけですが……。
その殿下、今、俺がいまだかつて見たことのない顔して、スケジュール表にらみながら考え込んでます。――しかも、女性のことで。
やっべー、おっもしれー、笑いそう!
いやいや、我慢だトニー。殿下だけならともかく、部屋には護衛騎士のテレンスもいっしょだ。カルヴァン殿下に輪をかけてってくらいクソ真面目なテレンスの前で主を笑おうもんなら、斬り殺しそうな顔で咎められるぞ。
主は、御年二十二歳の立派な成人男子なんですが、これまでとことん女性に縁がなかったし、興味もなさそうでした。思春期とかどうしてたんだよって、ともに育った乳兄弟としては正直思います。
まあ、あえて興味を抱かないように、無意識に自制してたのかもしれないですが。
カルヴァン殿下という御方は、第二王子として常に『順番』を意識するよう育てられてきました。「兄上が結婚したら」「できれば跡継ぎの男子ができたら」「それが無事に達成されたらやっと自分の番」って思ってた節があります。
……兄である王太子殿下が、ウソみてーに出来のいい御仁なことも一因かもしれません。
幼いころから天才を謳われる頭脳明晰ぶりで、何をやらせても人並み以上、明敏、器用、優雅で社交的。魔力量はセムラート王家でも歴代屈指。西で干ばつが起こったと聞けば飛んで行って一夜にして用水池を作り、東で洪水があったと聞けば向かって家や馬も流される奔流の方向を変えてみせる、『水の王太子』です。ついでにツラまで異常に良い。幼い時分は天上の美少年で、長じては絶世の美青年です。おまけで最近、とんでもない美女と結婚しました。
同じ男としてやってらんねぇ。こんな兄貴いたら、俺だったらやさぐれてますよ。
でもカルヴァン殿下は、常に兄君を称賛し、敬い、彼を補う『二番目』に徹してきました。
窮屈な生き方だなぁって思います。王族って元々窮屈ですけど。
そういう意味では、カルヴァン殿下は、鋼の自制心と役割の自覚を徹底的に叩きこまれた、王族教育の一種の傑作と言えるのかもしれません。
俺はね? まあ王太子殿下に比べりゃ地味ですが、主だって十分、女性にモテる素養があると思ってるんですよ。
顔だって十分整ってるし、騎士団で長く鍛えただけあっていい身体してるし、すらりと長身で精悍でね。銀髪碧眼の王子様ですよ。……いや銀とか青っていうにはちょっと髪色や目の色が暗いけど、それが欠点だなんて思いません。精悍な印象に一役買ってるくらいです。
身分の尊さは言うまでもないですし。だって王位継承権第二位ですよ。どこに文句があるってんだ。将来的にも、分家して公爵位と領地を賜るのがほぼ確定路線だし。財産と立場はほぼほぼ保証されてます。今のうちの国って、王族の血筋、貴重なんで。
性格だって真面目で誠実、浮ついたところがなくて女性にとっては安心安全ってもんです。……いや、どうかな、安心安全なのが逆によくないのかな。世間的には、危険な男、とか、危うげな美青年、というほうがモテますよね。でも結婚相手なら誠実さって大事ですよね。
なのに。男の俺から見てもいい男だな、と思う主なのに。
……五回も見合いに失敗してきやがりまして。
いやー、もーなんでかなー! 魔力消える感覚ってそんなにひどいんですかね? 俺、魔力ほとんどないんでわかんないんですけど。
そうなんです。母は魔力量を買われて第二王子殿下の乳母に任じられたってのに、俺は不肖の息子です。(乳幼児に含んだ乳の魔力量が長じての魔力発現に影響する、って迷信があったころの伝統で、高貴な方の乳母は魔力が高い方がいいってことになってるんです。今の医学ではその相関関係は否定されてるんで、バカバカしいと思うんですけどね)
セムラート貴族社会では、魔力が少ないと出世栄達はほぼ絶望的、って言われるんですが、カルヴァン王子の側近に限っては逆。あの方が固有魔法に覚醒した後、魔力がないほうがむしろいいってんで、兄たちを差し置いて俺が侍従の筆頭に取り立てられました。側仕えの御用聞きは他にも二人いるんですが、そのうちの一人は魔力けっこうあるもんで、殿下のそばに行くといつも具合悪そうですからねぇ。カルヴァン殿下はSッ気がまったくない主人なので、そいつをことさら呼びつけずに外回りの用事に使うことが多くて、本人はちょっと悔しそうです。
魔力がないほうが仕えやすい、ここはそういう希少な職場なんです。
魔力偏重主義の貴族社会なんざクソくらえって一日十回くらいは思って生きてますけど、こと王家については、俺も我が家も恩恵を受けているのでとやかく言えません。うちのちっぽけな子爵領、土の魔法がお得意な国王陛下が王子時代に視察で回って堤防工事してくれて、水の王太子様が最近灌漑事業を手伝ってくださいました。そういう土地がこの国にはいくつもあります。
誰よりも豊富な魔力を追求し、魔法に通暁し、それを惜しみなく使って国に寄与せよ――セムラート王室の伝統です。
それに則ると、お二人が魔力に覚醒したときに、殿下たちの『順番』は決定的なものになったと言えるのかもしれません。
カルヴァン殿下の固有魔法は、貴重ではありますが使いどころが難しいし。それに比べると、リシャール殿下の水の魔法は、確実に国を富ませます。王太子ご本人も王家の義務に積極的で、定期的に国中の巡察を繰り返しては魔法を振るっておられます。
カルヴァン殿下も、その『順番』にまったく不満はなさそうです。王位継承争いなんざやって欲しいわけじゃないから、いいんですけど。いいんですけど!
でもそれはそれとして、見合いに失敗するたびに「やはり俺は兄上に比べて武骨で威圧感があるんだろうか……緊張していると体調不良も誘発しやすいと聞くし……」とか呟くの止めて欲しいんですよね!
そりゃ王太子殿下は、婚前は……いや、ひとのものになってなお、社交界のあらゆる女性が色めき立つ美青年ですよ。華やかな色気があって、口も達者で話題豊富でね。でもね、主には主の良さがあるから。絶対!
――とまあ、そんなことを思ってたもんで。
最近、六回目にしてやっと『アタリ』を引いたっぽくて……俺、嬉しくて。
いやぁ、あのアディンセル家のご令嬢はよかったなぁ。
見合いのときは去り際にちらっとお見かけしただけですが、ずっとぽーっとなって熱のこもった目でカルヴァン殿下を見上げててね。それが可愛いんですわ。
そうだよね、こうあるべきだよね! うちの主、かっこいいでしょ!
それに、アディンセル家では、随伴の俺や護衛も丁重に遇してもらった。御者も手入れの行き届いた馬場に丁寧に案内されて、馬を休ませるのも帰りにつなぐのもやりやすかったって感激してたっけ。
訪問先によっては、王族の側仕えとはいえ、あくまで使用人……って扱いを受けることもままあって、熱いお茶の一杯も出て来れば上々、くらいに俺らも考えてますけど、あそこは待合室にお茶だけでなく軽食や足置きなんかも用意されててね。
育った家の流儀は、その家の令息令嬢に自然と染みついているもの。
将来、カルヴァン殿下が公爵に分家されたとき、それにくっついてって、執事とか領地管理人に任じられる――ってのが、俺の野心的かつ輝かしい未来設計なので、そのとき女主人が使用人に優しいほうが仕えやすいはず。これはただただ俺の事情ですけど。
カルヴァン殿下はカルヴァン殿下で、まんざらでもなさそうでね。
あの日以来、明らかに、虚空や空色のカードを眺めてぼんやりすることが多くなったし、令嬢からもらったという白い花も、できるだけ長く持たせようとメイドや女官に相談していた。まあ、短い切り花だったし、それほど持たなかったんだけど。
そわそわ。どこか落ち着かないことが増えた主よ。甘酸っぺぇー! できればその領域、五、六年前には通過してて欲しかったけど!
だから、王室としての決定がどう転ぶかは置いといて、俺は応援しようかなって思ってるわけ。
……いや、この分野ではうちの主、わりとマジにポンコツなのが分かっちゃったので、応援しないとなって、思ってるわけ。
見合いの後の初回デートが『朝方公園散歩』っていう超・健全コースなのは、「令嬢は庭園が好きそうだったから……」という理由があったから百歩譲っていいとしても、コース取りとか手土産とかの計画がまるでダメ。
「恩賜公園みっちり一周コースはやめてさしあげましょう? 貴族のご令嬢なんですよ! メイン歩道を軽く回る小一時間コースの方がいいですよ、初回ですし、さらっと帰してあげて、次への期待を煽るんです」とか、
「いやいや、花や菓子を持っていくのは確かに女性を訪問するときの基本的な礼儀ですけど、これから出かけるときにあれこれ渡されると困っちゃうでしょ。迎えに行くだけなんだから。こういうときは、手を軽くして行って、帰りに……公園のこの辺とかこの辺にいつも花売り立ってますから、そこでさっと花を買ってあげればいいんです」って、好き勝手言う俺に、主は「トニーは世慣れているな」って妙に感心してたけど。
あまつさえ、終わって王宮に戻るとき俺に、「女性に花を贈る意味が初めて分かった気がする……。花をもらうと、女性はあんなふうに笑うんだな。綺麗な花と、笑顔が、並んで見られるというのが、こう……」とかなんとか、もごもご言われた。あ、甘酸っぺぇー!
すげぇなぁ主。今になって思春期真っただ中じゃん。
だから、殿下が『次』の約束に悩んでいるらしき今も、この世慣れたトニーさんが助言をしてあげる必要がありますかね。
公園デートのときだって、主の予定を完全把握してるこの俺が、伯爵家まで予定合わせに行ったことですしね。(警備上、「この日とこの日が空いてますよ」みたいに王族のスケジュールをこちらから提示できないんですよ。だから、向こうに「この日はいかがですか」と言わせて、「その日は大丈夫です」とか「その日は難しいです」ってやり取りしないといけない。これを手紙でやると、果てしなく時間がかかっちゃうんです)
「……殿下、予定の空きがなくて困ってらっしゃいます?」
声をかけた俺に、すっかり考え込んでた主が、はっと顔を上げた。
「あ、ああ……。できれば……ツツジが咲いているうちに、またアディンセル邸を訪問したいんだが」
ツツジ、ツツジね。最近、主がよくぼーっと見てるカード、俺知ってますよ。
にんまりしそうな頬の表情筋に力を込めて落ち着かせて、俺はスケジュール表の一点を指した。
「やはりこの日では? 騎士団の休養日で、政務も午前中までですし」
「……その日は、昼食会が組まれているだろう」
あー、ね。なるほどね。そうでした。殿下は今もお見合い続行中なんですよね。この日の昼食会は七回目。色々な候補の中から最適を選べ、というのは、わからなくもないですよ。王家として、カルヴァン殿下の血統と能力を重んじているからでもあります。一応殿下の意志も聞いてくれる、ご一家は第二王子をかなり大事にしていると言えるでしょう。
でも、別のご令嬢と見合いをしたその足で、アディンセル伯爵令嬢にも会いに行く、っていうハシゴは、この生真面目な主はしたくないだろうな。
「ではこの……近隣の視察の帰りですかね。どうせ王都外まで行くんです。帰り道に、ちょうどアディンセル邸がありますよ」
今度は三日の短期旅程が組まれている視察予定の最終日を指さすと、殿下が愕然とした顔をする。
「公務だぞ? 私的な寄り道などできるか」
「どうしてです。どうせこの日は城に帰るだけじゃないですか。護衛と側仕えだけの気楽な馬行軍ですし」
「だが、兄上への報告もあるのに」
「必要なら、私だけ戻って帰還報告いたしますよ。王太子殿下に今から確認を取ってもいい。たぶん『そんなもの後日報告書でいい』って言われると思いますけど」
俺の進言に、殿下はうーん、と唸って考え込んでいる。
お堅いなぁ。このド真面目のせいで、騎士団の任務と訓練も、王子としての公務も、できるだけこなそうとするから、スケジュールが詰めっ詰めなんだよなぁ。
この視察だって、騎士団の見張り塔の定期巡回と、昨年末に王家に裁定が持ち込まれた隣町のもめごとの事後確認、がセットの強行軍だし。
結局、悩んでる主を置いて、俺が直接、王太子殿下に言上しに行った。王太子いわく。
「そんなの、後日報告書でいいよ。それよりデートしてこいって伝えて」
ほらね、主。こうなると思いましたよ。
幕間的な短い10.5にするつもりでしたが、トニーさんがおしゃべりだったので長くなっちゃいました。普通に11話とします。




