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1 王太子妃殿下の推薦事情

「――実に、五回だ」

 髪と同じ金色の秀麗な眉をひそめ、いささかわざとらしい吐息とともに、リシャールが重々しく呟いた。

 昨年盛大な結婚式を挙げた美貌の夫の、そうした芝居がかった仕草はいつものことだったので、ノエリアはさしたる感慨もなく「そのようですわね」と相槌を打つ。

 リシャールは、眉間に幽谷を刻んだ憂い顔も絵になる絶世の美青年ではある。が、美しい顔ならばノエリアも毎日鏡で見慣れている。二人の結婚式は、各新聞雑誌がこぞって銅版画を大々的に起用し、世紀の美男美女カップルと書き立てたものなのだ。今更見惚れるほどでもなかった。

「まったくおかしなことだね。我が弟ながら、カルヴァンは見目も中身も決して悪くないと思うが」

「さようですわね」

 新しくできた義理の弟が、凛々しい容姿と謹厳実直な気質を併せ持つ好青年であることは疑いもなかったから、ノエリアはこれにも頷いた。実の兄である華やかなリシャールと並ぶといささか地味な印象は否めないが、そうした男性のほうが好ましい、と考える女性もたくさんいるはずだ。

「健康であることはもちろん、血統の良さと身分の高さ、魔力の素養も十分すぎるほどだ」

「それは間違いありませんわね」

 何しろ、リシャールは、このセムラート王国の第一王子にして王太子である。その実弟であるカルヴァンは、第二王子。

 王室直系の王子以上に血統が確かな男が、少なくとも国内にいるわけがない。

「だというのに、なぜか弟は貴族令嬢から受けが悪い。すでに縁談が断られること、五度にも及ぶわけだ」

「……そうですね」

 なぜか、など分かり切っていることだった。なのにことさら大仰に肩をすくめて、リシャールが嘆いてみせる。その様子には、どこか面白がっている風があった。この男の悪い癖である。

「やはり、カルヴァンの固有魔法が問題なのでしょう」

 話を早めるために、ノエリアは分かり切っているはずの理由をあえて率直に述べた。

 固有魔法。一定以上の魔力素養がなければ発現しない、その人物だけの特別な魔法の総称だ。固有魔法に覚醒した者は、総じて他の一般的な魔法が使えなくなるという難点はあるものの、身に備えた魔力の高さと希少性が重んじられるセムラートの王侯貴族にとって、それを得ることは本来、大変な名誉である。だが――

「そう。そうなんだよなぁ、固有魔法。カルヴァンの《反魔法》が問題だ」

 問題と言いつつ、どこか誇らしげな王太子である。百年に一度現れるかどうかという希少な能力に覚醒したご自慢の弟を、彼は大層可愛がっている。

《反魔法》は、書いて字のごとく、他の魔法を無効化する固有魔法だ。いかなる高位魔法士が放った火球や氷柱であろうと、カルヴァン第二王子の周囲では無条件に雲散霧消する。仕込まれた毒性の魔法薬を無効化して王家の食卓を救ったことも再三。魔道具が使えないので本人は不便もあるようだが、王室において第二王子はその能力を尊重されていた。

 が。慣れた身内ならともかく、ほぼ初対面の貴族令嬢と顔合わせの席を設けると、問題が生じるようであった。

「王子殿下と縁談が持ち上がるほどの方であれば、魔力素養に優れた高位貴族のご令嬢でしょうからね」

 そうした魔力の高い人間ほど、カルヴァン第二王子の近くに至ると体調不良を訴える。

 ノエリア自身、リシャールとの婚約後に初めて弟王子を紹介された折の、内臓がひとつふたつ消えたような、体内から何かがごっそりと失われる感覚を思い出していた。どうやらカルヴァン王子の《反魔法》は、魔法士の身体に内蔵される魔力発生器官にすら作用するようだった。あの血の気が引く喪失感に、蝶よ花よと育てられた貴族令嬢が平然と耐えるのは難しいのではないか。

 実際、今まで王宮に招かれて第二王子同席の茶会や晩餐を組まれた五人もの縁談相手も、青ざめてろくに話もできなかったり悪くすると失神したりして、見合いが成り立たなかったと聞く。

「きみもそういうご令嬢だったはずだけど、弟の前でも最初から平気じゃないか」

「そこは気合いと根性です」

 貴婦人らしからぬ単語を連ねてノエリアが言下に返すと、リシャールは楽しそうに声を放って笑った。

「いいね、僕はきみのそういうところが好きだ」

「それはどうも」

 婚約期間も含めれば四年ほどの付き合いになる夫である。彼がこういう物言いを好んでいることはすでに知っていたので、ノエリアは特に感慨もなく聞き流した。

 だって、あの、身体の底から何かが流れていくような不快感を、無理やり腹に力を込めてやり過ごす要因を、気合いや根性、意地、といった単語でしか表せない。

 それから、そう――ちょっとの下心。だろうか。

「もう少し言えば、魔法士として修練を積んだご令嬢の方がよろしい気がしますね。体内魔力を制御する感覚は、ただ素質として魔力総量が多いだけでは培われません。実際に高度な魔法を使うことを日常的に行い、魔力が増減する感覚に慣れていれば、耐えやすいかと」

「そういうご令嬢は多くはないだろうなぁ」

 貴族女性は、嫁に行き子どもを作ることが第一の役割、と考えられることが多く、魔力は子孫への遺伝のための素質があれば十分で、実技能は磨かなくてもいい、とする風潮はまだまだ根強い。侯爵令嬢でありながら、王立魔法研究院――通称『魔塔』――の研究室主任にまで上ったノエリアは、はっきり言って例外中の例外だ。

「といって、きみはもう僕の妻だから、弟に紹介するわけにもいかない」

「当たり前です」

 この夫の冗談は、時々悪趣味だ。

「もちろん、いざとなれば王命という手もあるけれど、父上はそんな無理強いはしたくないだろうし、何よりカルヴァンが嫌がるんだよ。『末には肌も合わせようという相手なのだから、目も合わないのではあまりに先方も気の毒というものでしょう』なんて言うんだ。真面目だよねぇ」

 王族の婚姻なのだから、政略結婚は当たり前だ。それにしても限度というものはある。お互い不幸になることが目に見えている相手と強制的にめあわせるなど、穏健な国王も、生真面目な義弟も、望まないだろう。

 それでも、件の問題が起こらないだろうからといって、魔力のない女性を選ぶわけにもいかない、王家の事情があった。

「そこで、きみに相談だ」

 ノエリアの顔を覗き込むように視線を改めたリシャールの青い瞳が、きらりと輝く。セムラート王家の血筋によく現れる、鮮やかで透明感のある青色。通称『セムラートの雫』の名の通り、今にも水が滴りそうな彼の瞳は、王家でも特に美しい海色だと評判だ。

 その青い視線を改めて向けられて、ノエリアはわずかに居住まいを正した。

 来た。本題だ。これを待っていた。

 忙しい政務の合間を縫って、二人で話す時間が欲しいと呼び出され、先日また見合いに失敗したらしい弟の話が始まったときから、おそらくこの用件だろうと予想していたのだ。話の前置きが少々長いのはこの夫の悪癖だが、遮って話をせかしても逆に時間がかかると知っていたから、我慢して付き合った。

「女性には女性の交流や人脈があるものだろう? だから、きみの知る『気合いと根性』を備えたご令嬢をリストアップしてくれないか? 父上や母上とは別視点からの候補者が欲しい。若く健康な女性で、魔力に優れ、身分や家柄……は、こちらで精査するからあえて今は問わない。最低限、貴族階級であれば」

「……容姿の指定はないのですね」

「容姿かぁ。きみも知ってると思うが、我が弟はがっちがちの堅物でねぇ。今まで女性と浮いた噂ひとつない。好みもよくわからないんだよね。まあ、今までの候補者も容貌は様々だったが、特に文句もなく会っていたよ。特に面食いでもないと思うが」

 もし仮に弟が面食いだとしたって、自分がこれから上げる名は変わらないだろう。見た目で文句なんかつけさせない。『金髪がよい』なんてくだらない条件を付けられない限りは。

 ノエリアは、晴れやかに笑った。

「分かりました。幾人か心当たりがありますから、リストにして後ほど差し上げます。その中でも特に――一番にお薦めしたい令嬢がいるんですが」

 にっこり、蘭花のような笑顔を浮かべる妃に、王太子も破顔した。

「そうか。心当たりがあるならよかった。それは?」

「――私の、従妹です」

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