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9 試し斬り


 火事での出動の翌日は暇だった。


 事件も事故も訓練の予定も入っていなかった。


 いつものように食堂で定食をおかわりして、たらふく食べた後はすることがなくて退屈だった。


 ふと腰に吊っている剣を見た。


 支給された時のままで、まだ鞘にも柄にも血痕がこびりついていた。


(今日はこの剣の手入れでもするか)


 僕は分署の裏の訓練場の横にある水場にゆくとまず鞘を洗った。そして柄を剣から外して、これも水で洗った。


 ゴシゴシ洗うと、柄と鞘についていた血痕はきれいにとれた。


 洗った柄と鞘とを陰干ししている間、僕は剣の剣身を見た。


(うへぇ)


 刃こぼれしていた。それにあろうことか錆が浮いているではないか。


(これは、全く手入れをされたことが無い剣だな)


 あたりを探すと、すぐに砥石が見つかった。


(剣身の手入れもするか)


 僕は砥石で刃を研ぎ始めた。


「何をしているの」


 マチルダが後ろから覗き込んで、僕に訊いた。


「見ての通り、剣の手入れだ」


「鍛冶屋でも無いのに自分で出来るの?」


「はぁ? 鍛冶屋。そんなものウチの村には無かった。ナイフでも剣でも手入れは全部自分でしていた」


「鍛冶屋も無い貧乏な村だったってこと」


「何だか嫌な言い方だな。まあそうだ」


「でも自分で出来るなんてすごいね」


「別にそれほどでもない。それより、この剣、ひどいな。刃はろくに研いで無いし、錆は浮いているし、これじゃあ人は斬れない。ただの鉄の棍棒にしかならない」


「しょうがないわよ。治安部隊に回す予算なんて無いらしいから」


「ひどいな」


「いい剣を持ちたかったら、騎士になるか、冒険者になって稼いで自分で買え」


「……」


「新人の時に、私も先輩にそう言われた」


「その先輩はその後、どうした。いい剣を持てる職についたのか」


「うんうん。殉職した」


「そうか……」


「もう終わったの?」


 僕が剣を研ぐ手を止めたのを見てマチルダが言った。


「ああ、これ以上はどうしようもない。もとがなまくらだからな」


「ご苦労さん」


 マチルダは去って行った。


 僕は、柄に剣身を戻し、剣を元通りにした。


 少し振ってみた。


 血痕や錆はきれいになったが、斬れ味はいまいちだ。


(そうだ。補助魔法でこの剣の斬れ味を上げてみよう)


 僕は風と雷の属性の魔法をミックスさせて、剣の刃に細かい振動の波動をまとわせてみた。


(これだと、刃で斬るのではなく、魔法の波動で物質を切断することになるから、この剣でもかなり斬れるはずだ)


 試しに矢の標的に加工するために置いてあった木の切り株を斬ってみた。なんの抵抗もなく、スパッと斬れた。切り口の断面は磨いたようにツルツルだ。もちろん刃こぼれも、剣が曲がることもない。


(生きている強いやつを斬りたいな)


 もちろん人を斬るつもりはない。試し斬りのターゲットは魔物だ。


 僕は剣を鞘に収めると食堂に戻った。


 隊員たちが暇そうに待機していた。


「この辺で強い魔物が出るところを知らないか」


「そんなことを訊いてどうする?」


「いや。新入りだし、この街にきたばかりだから、街の安全を脅かす脅威について知っておこうと思って」


「それはよい心がけだ。だが、心配するには及ばない。この街は特殊な城壁で囲まれていて、魔物はまず侵入できない。それに魔物は森までいかないといない」


「森には魔物がいるのか」


「ああそうだ。だから定期的に王都の近くの森には冒険者が入り、魔物を討伐して、間違っても王都に来ないようにしている」


「そうか。ありがとう」


 それだけ聞けば十分だった。森に入れば魔物に遭遇できるということだ。


 僕は、剣をさげて分署を出ようとした。


「どこにゆくの?」


 マチルダに訊かれた。


「まだ、この街の地理に詳しくないから、パトロールがてら街を歩いて、街の様子を把握しておこうと思ってな」


「そう。仕事熱心ね。こんな日はゆっくりしていればいいのに」


 僕はそれには答えず、署から出た。

 

 外に出ると僕は、路地裏に行き、あたりに人がいないのを確認してから、王都に来る途中で通った森の近くまで転移魔法で移動した。転移魔法は一度来たことがある場所にしか転移できないという不便さはあるが、行ったことのある場所なら一瞬で飛べるのでとても重宝する。


 僕が転移したのは王都の東側にある森だ。距離にして、一般の人が歩いて1日くらいの場所にある。


 王都にゆく途中で通っただけで森の中に入ったわけではないのでここからは、徒歩で向かわないとならない。


 だが、僕は森や山の中を駆けるようにして何時間も移動する訓練を嫌になるほど積んできた。

 

 30分もするとかなり深くまで進んだ。


 だが、まだ適当な魔物には遭遇していなかった。せっかくの試し斬りなので、うさぎやネズミが魔物化した程度の小型の魔獣ではつまらない。硬い鱗や皮があり、骨も太い、強力な魔獣を狩りたいと思っていた。


(索敵を使うか)


 僕は魔力を練ると、薄く伸ばし、自分を中心に半径数キロメートルまでの範囲にいる生物の反応を探知した。


(いた!)


 対象が発する魔力や生命エネルギーを探知するのが索敵魔法だが、見つけた対象の魔力は大きく大物のようだった。さらにその大物を囲むように3つの反応もあった。だが、その反応の性質は魔物ではなく人間のそれだった。


(魔物と人間か。やっかいだな。この剣で試し斬りをするところを他人に見られたくないしなぁ)


 だが、今のところ索敵に引っかかった大物は、その魔物だけだった。


(どんな魔物か見るだけでもいいから行ってみるか)


 僕は、魔物のいる場所に向けて駆けた。


 数分もしないうちに女の人の悲鳴がした。


(魔物に襲われているのか?)


 僕は加速した。


 魔物がいる場所に着いた。


(サーベルタイガーか)


 サーベルのような長い牙のある虎が魔獣化した魔物だった。だが、大きさは僕が昔山で狩ったやつの倍はあろうかという巨大なやつだった。索敵を通して感じた魔力量も膨大だった。


(こいつただのサーベルタイガーじゃない)


「雷神よ電雷の力を。サンダーラー!」


 詠唱を唱え終えた魔道士がサーベルタイガーに雷の属性の攻撃魔法を放った。


 しかし、サーベルタイガーの前に青い魔法陣のシールドが出現して、魔法攻撃を無効化した。


(防御魔法が使える魔物か。これはやっかいだな)


「だめだ、効かない」

 

 魔道士は膝を突いた。小柄な女の子だった。


「私が行く」


 棒を持ったショートカットの黒髪の女の子がサーベルタイガーに向かって行った。


(あの様子だと体術使いか……。対人戦なら戦いようもあるけど、魔法を使える巨大なサーベルタイガー相手だと不利だな)


 思った通り、繰り出した棒は牙に阻まれた。


 鋭い爪と牙の物理攻撃に加えて、サーベルタイガーは火炎魔法による魔弾まで撃っていた。


 武術家風の黒髪の女の子は防戦するしかなく、後ろに飛び退いた。


(あの2人の実力では、あのサーベルタイガーは倒せない。それはあの2人もわかっているはずだ。どうして逃げない)


 その答えは目の前に転がっていた。


 赤いビキニアーマーを装着しているロングヘアーの女剣士がサーベルタイガーの前に倒れていた。


 まだ生命反応はあるから死んではいない。あの2人はなんとかしてあの女剣士を救おうとしているのだ。


 だが、このままでは3人ともサーベルタイガーの餌になるのは明らかだった。


(どうしよう)


 人前で父さんたちから習ったスキルを見せることはできない。でも、このままだと、あの3人の命はない。


(しょうがない。それにちょうどいい試し斬りの機会だ。この剣だけを使って倒せば、暗殺術を見せたことにはならないかもしれないしな)


 僕は剣を抜いた。


 そして、先程と同じように魔法で刃に振動の波動をまとわせた。


(剣を抜く度に、魔法をかけるのは面倒だな。この剣自体に自動で魔法をかけ続けることはできないかな)


 そんなことを考えながら、剣を構えた。


 サーベルタイガーは目の前にある若い女性の肉というごちそうに目がくらみ、まだ僕のことに気が付かないようだった。


「エエエイ」

 

 僕は飛び込んで、剣を振った。


 サーベルタイガーの首が落ちた。


(あれ? もうおしまい)


 てっきり牙で一度くらいは阻まれるかと思ったら、あっけなく決着がついた。


 首なしのサーベルタイガーの体はまだ動いていた。


 剣の斬れ味が鋭すぎて、サーベルタイガーはもしかするとまだ、首と胴が別々になったのに気がついていないかもしれない。


 サーベルタイガーの落ちた首の目が僕を睨んだ。


 僕は剣を構え直した。


 だが、目から急に輝きが失われて濁ったガラス玉のようになった。


 ドシンと地響きがした。


 サーベルタイガーの体が地面に倒れた音だ。


 僕は剣を血振りした。


 刃こぼれもなく、剣身も曲がっておらず、血は一滴もついていなかった。


(魔法で刃に波動をまとわせた効果はすごいな)


 とりあえず、支給品の剣のリノベーションは成功したようだった。


「あなた、誰」


「はい?」


 剣の斬れ味に気を取られて3人の女の子のことを忘れていた。


(さて、どうしよう)


 ここは普通に振る舞わないといけないが、どうしたらいいのかよく分からなかった。





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