4 初めての王都
いよいよ王都が見えてきた。
王都は高い城壁に囲まれた城塞都市だった。
城壁はどこまでも続き、近づくと城壁の両端は見えなくなった。
(すごい。これが王都か)
僕は王都の巨大さに驚いた。一つの都市国家といった規模だ。
城壁のまわりには堀があり、水が碧々としていた。
堀を渡る橋の手前のゲートに警備の兵士がいた。
「止まれ」
兵士に止められた。
(また金をせびられるのかな)
「こっちに来い」
「はい」
「これに手をかざせ」
見ると小さい台の上に水晶の玉があった。
「なんですか?」
「知らないのか?」
「はい」
「王都は初めてか?」
「そうです」
「王都に入るにはこれで検査をすることになっている。この水晶の玉は、魔物や犯罪者を検知する魔道具だ。魔物が人間に化けている場合は赤く光る。この国で過去に犯罪を犯して有罪の判決の言い渡しを受けた者は黒く濁る」
そんな魔道具があるなんて知らなかった。
「さあ、手をかざせ」
僕は少し緊張して手をかざした。
水晶はそのままだった。
「よし、通っていいぞ」
それ以上は、何もチェックを受けなかった。
橋を渡ると城門をくぐった。
城門を抜けた向こうは別世界だった。
きれいに舗装された道、その両脇に並ぶ立派な建物、建物の一階は商店になっていて様々な商品が展示されていた。
「すごーい」
思わず僕は言葉に出して言ってしまった。
「はははは。坊主、どこの田舎から来た。この程度で驚いているようじゃ先が思いやられるぞ」
露天で串に刺した焼肉を売っている中年男性が言った。
「商店がこれだけ並んでいるのを見るのは初めてです」
「坊主はどこから来た?」
「ラムシエーから来ました」
「なら、驚くのも無理はない。あそこは田舎だからな。それよりどうだ、この肉串を食べてみないか。使っているスパイスが他所とは違うぞ」
そう言うと男はいい匂いがする肉串を差し出した。
僕が受け取ろうとすると男は肉串を引いた。
「おっと、お代を先にもらおうか」
「お代?」
「決まっているだろう。代金だ。ひと串4銅貨だ」
「お金は持っていません」
「何だって?! 一文無しなのか」
「はい」
「王都では金が無いと生きてゆけないぞ」
男は金を持っていていないと聞くと、急に態度が変わり、僕に対して関心を失った。
僕は、そのまま王都の中心に向けて歩いた。
男の言ったことは本当だった。
王都では金がないと生きて行けなかった。お腹が空いても近くに森も渓流も無く、食料も水も調達することができなかった。
必要なものはすべてお金を出して買わないとならない。
(街ではお金が無いと生きて行けない。だからみんなお金を得ようとやっきになり、僕のお金を狙ったのか)
お金とは無縁な生活を送ってきたので、いま、初めてお金というものの意味と価値に僕は気がついた。
(アリーシャに金貨を全部あげちゃったのは失敗だったな)
だが、もう後戻りはできない。
(お金が必要なら稼げばいいんだ)
僕は気持ちを切り替えることにした。
(何をして稼ごうかな)
だが、僕は戦うこと以外は何も知らなかった。腕っぷしで稼げる仕事といえば、騎士か、兵士か、冒険者だ。
そこで、まず騎士団の事務所に行ってみた。
騎士団の事務所は王都の中心にあった。教会のような壮麗な建物だった。
「すみません」
僕は入り口の受付に声をかけた。
「はい」
「騎士団に入団したいんですけど?」
「応募の方ですか。ではこちらにいらしてください」
受付の人は僕を入り口付近の小部屋に案内してくれた。
しばらく待っていると体格のいい鎧を着た男が入ってきた。
「お前が、入団希望者か」
「はい」
「名前は?」
「ケイスです」
「誰の紹介だ」
「紹介はありません」
「何?」
男は片方の眉を吊り上げた。
「騎士になるにはしかるべき人の紹介が無いとなれないというを知らないのか」
「今初めて聞きました」
「まあいい。じゃあ身分証は?」
「ありません」
「貴族の生まれか?」
「いいえ」
男はため息をついた。
「じゃあ、無理だな。試験をするまでもない。紹介者も無く、身分証もなく、貴族でもない、どこの馬の骨か分からない奴は入団できない」
その後は、取り付く島もない態度で、僕は騎士団事務所から追い払われた。
その足で軍隊の詰め所に行った。入り口には兵士募集の張り紙が貼ってあった。
僕は、面接を受けたが、軍隊でも同じことを言われた。ただ、軍隊の兵士になるには貴族の生まれかどうかは関係ないようだった。しかし、身分証も紹介者もない身元の知れない外国人は雇用できないと断られた。
最後に冒険者ギルドに行った。
ここはすんなりと冒険者登録をすることができた。しかし、最初は誰でもFランク冒険者から始めないといけない。暗殺者のスキルを活かし稼げる盗賊や魔物の討伐は、Fランク冒険者は受けることができなかった。
僕は掲示板に貼ってあるFランク冒険者が受けることができるクエストを見てため息をついた。
掲示板にあったFランクのクエストは、薬草採取と街のどぶさらいだけだった。どちらも報酬は安い。一晩の宿代になるかどうかも分からないような額だ。
(お金を稼ぐのはこんなに大変だったのか)
そうこうしているうちに夜になり、薬草を採取したりどぶさらいをしても、クエストの報酬を受け取ることができるのは明日以降になりそうだった。
(困ったな。今夜泊まるところも無いし、食事もできない)
とりあえず水だけは冒険者ギルトの酒場で、ただで飲めたので、水をがぶ飲みしてきた。
暗殺者としてのトレーニングで山の中で飲まず食わずで3日間過ごすなどのことはよくやっていた。だが、山の中と王都では勝手が違った。
食べれないのはいいとして、王都には寝る場所がなかった。
森も林も、適当な草むらすらなく、どこまでも舗装された道と建物が続いていた。
僕は路地裏に入ると、建物によりかかるようにしてしゃがんだ。
ここで朝まで仮眠を取るつもりだった。
「おい、起きろ」
うとうとと仮眠をしていると急に声をかけられた。
「はい」
「ここで何をしている?」
「休んでいました」
「家はどこだ?」
「家? ありません」
「宿はどこの宿だ?」
「宿には泊まっていません」
「するとここで寝ていたということか?」
「はい」
大柄の男が両脇の2人の部下に目配せをした。
「我々は王都治安部隊だ。貴様を浮浪罪で逮捕する」
「浮浪罪?」
「お前のように働ける若者が住居もなく王都を徘徊して野宿するのを取締るための刑罰だ」
「待ってください」
「いいから来い」
その気になれば僕はこの3人の治安部隊員を一瞬で殺すことができた。しかし、王都は深夜でも人通りが多く、通行人が僕らを好奇の目で見ていた。ここで暗殺者のスキルを使い、治安部隊員を殺しては目立ってしまう。
(父さんたちと母さんは、決して僕の正体を人に知られてはならないし、暗殺者のスキルを人前で使うなと僕に約束させた。その言いつけを守らなくてはいけない)
僕は大人しく、治安部隊員についてゆくことにした。
僕は長年の修行により、相手の力量が分かる。騎士団や軍隊にいた人たちはそれなりの腕をしていた。冒険者ギルトにたむろしていた冒険者の中にもなかなかの腕前の人がいた。しかし、この治安部隊員は素人同然だった。
僕に声をかけた大柄の男は少しはできるようだったが、部下の2人は全くだめだ。治安部隊員というからある程度の力量はあるかと思ったら、隙だらけだし、歩き方もなっていない。およそ、武術の心得がある人間には見えなかった。
だから、この3人に連行されても、いつでも逃げようと思えば逃げられるという余裕があった。
ほどなくして、僕は治安部隊の分署に連れていかれた。
まずは、小部屋で取り調べを受けた。
僕は隣国のラムシエーの山奥で生まれ育ち、成人したので旅に出て、今日、王都に来たばかりだと正直に話した。
「王都には何をしにきた」
「普通の暮らしをしてみたかったからです」
男が鼻で笑った。どうやら普通の意味を取り違え、貧乏な暮らしをしていたところ、普通の人並みの暮らしに憧れて都会に出てきたものと勘違いしたようだ。
「気持ちはわからんでもないが、ド田舎から出てきてなにができる」
「山の中で狩りをして暮らしていたので、体力には自信がありますし、戦うことができます」
「ほお」
男は興味を持ったようで前のめりになった。
僕は騎士団と軍隊で断られ、とりあえず冒険者登録をしたことを話した。
「仕事を探しているのか?」
「はい」
男がニヤリと笑った。
「なら、治安部隊員にならないか」
「治安部隊員ですか? でも僕のような他国の身分証も紹介者もいない人間でもなれるんですか?」
僕は治安部隊は騎士団や軍と同じだと思っていたから思わずそう訊いた。
「大丈夫だ。治安部隊員は国籍、経歴一切不問だ。人間に化けた魔物と犯罪者だけは駄目だが、それ以外に欠格事由はない」
「本当ですか」
「お前は王都に入るときにゲートで水晶に手をかざしただろう」
「はい」
「それをクリアしてここにいるのなら、問題ない。ただし……」
そこで男は言葉を濁した。
「ただし、何ですか?」
「実技試験がある。それに合格しないとならない」
「どんな試験ですか?」
「剣術だ」
(どうしようか。剣術の試験で僕の暗殺者のスキルを見破られたらどうしよう)
「どうする試験を受けるか。それとも浮浪罪で牢屋に入るかの二択だぞ」
「合格したら浮浪罪はなしになるのですか」
「ああ、そうだ」
「分かりました。やります」
そうして僕は治安部隊の入隊試験を受けることになった。
【作者からのお願い】
作品を読んで面白い・続きが気になると思われましたら
下記の★★★★★評価・ブックマークをよろしくお願いいたします。
作者の励みとなり、作品作りへのモチベーションに繋がります。