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3 王都へ向かう宿での出来事


「次の町で宿を取って休まない」


 アリーシャが息をゼイゼイさせながら言った。僕のペースについて行こうと必死になっているせいだ。だが、僕としてはこれでも歩く速度を半分以下におさえているのだが……。


「もうすぐ王都だろ? このまま行こうよ」


「馬鹿なの? 休まないと倒れちゃうでしょ。それにいくら王都の近くと言っても日が暮れて夜になれば危険だわ」


「危険って?」


「ああ、本当にあなたといると調子が狂うわ。当たり前でしょ。夜になれば、盗賊とか、危ない奴らが出てくるに決まっているじゃないの」


「ふーん。そうなのか」


 それは僕が夜の山の中で狩っていた魔物たちよりも危険なのだろうかと考えた。


「何考えているの?」


「いや、その盗賊とかって魔物より強いの?」


「魔物? なに馬鹿なこと言っているのよ。王都のそばで魔物なんかが出たら大騒ぎになって、Cランク以上の冒険者の討伐隊が出るわ。普通に夜道を歩いていて出くわす相手じゃないわよ」


「そうなんだ」


 そうしているうちに町が見えてきた。


「今夜はあそこで泊まるわよ」


「君はそうすればいい。僕はこのままゆくよ」


「ダメ! 全く常識が無いんだから! ここで一緒に泊まるのよ」


(僕のことを心配してくれているのかな。だとしたら初対面の僕にどうしてこんなに親切にしてくれるんだろう)


 父さんたち以外の人とこうして話をするのは生まれて初めての体験だった。街の人というのはこんな風に他人に世話を焼いてくれて親切なのだろうか。


「分かった」


「わかればよろしい。それであんたの名前は?」


「はい?」


「だから名前よ」


 僕はこれまで名前が無かった。父さんたちと母さんしかいなかったからだ。それに、父さんたちは僕を隠すために、あえて名前をつけなかったのかもしれない。


「ええと……」


「まさか自分の名前を忘れたの? 信じられない」


「ケイスだ」


 とっさに出てきた言葉だった。父さんたちは依頼を受けた暗殺の案件のことを『ケイス』と呼んでいた。それを思い出したのだ。


「ふーん。ケイスっていうんだ。そう。よろしくね。ケイス」





 僕は気配を感じて目を開いた。


 アリーシャと泊まった宿のベッドの中にいた。もちろんアリーシャは別の部屋で寝ている。


 ドアの鍵が解錠される音がした。


 音を立てずに扉が開いた。


 すり足で何者かが近づいて来た。


 部屋の中を物色しているようだ。


 僕は影のようにその相手の背後にまわった。


 そして短剣を首にあてた。


「ひいいいいいい」


 アリーシャだった。


「アリーシャ。何をしている」


 昼間の服ではなく闇に紛れることのできる黒い装束を着ていた。何をしようとしていたのかは一目瞭然だ。


「僕の金を奪おうとしていたのか」


「そうよ」


 僕はナイフを下ろすと鞘にしまった。


 その瞬間、アリーシャは懐からナイフを抜いて僕の胸に突き立てようとした。


 僕は体を開いてそれを避けると、ナイフを持っている手首をつかみ、相手の勢いを利用してベッドの上に投げ飛ばした。


 僕も投げた相手について行くように体を寄せて、そのまま手首の関節を極めた。


「痛い!」


 アリーシャはナイフを落とした。


 そして、ベッドの上にアリーシャを組み伏せるような形になった。


 アリーシャは泣き顔になっていた。


 僕はアリーシャの手首を押さえながらアリーシャの上に乗っていた。


「ドン臭いあんたが、まさかこんなに強いなんて……」


「何故、僕を狙った」


「本当にあんたは馬鹿なの。人前であんなに金貨の詰まった袋を見せたら襲って下さいって言っているようなものよ」


「ということは、最初から狙っていたのか」


「そうよ。国境で見かけた時からよ」


「じゃあ、国境警備隊から守ってくれたのも……」


「私の獲物を横取りされたくなかったからよ」


「親切心じゃなかったんだ」


「当たり前でしょ!」


 僕はちょっと落ち込んだ。同年代のしかも女の子と話をしたのは初めての経験なので、実を言えば浮かれていた。親切にしてもらって嬉しかったのだ。最初からお金目当てと聞いて残念な気持ちになった。


「何、落ち込んでいるのよ。どこまで世間知らずなの。そんなやすやすと他人を信用しちゃだめじゃない!」


「君にそれを言われたくない」


「ふん!」


 アリーシャは横を向いた。


 僕は、アリーシャを取り押さえはしたものの、次にどうしたらいいのか戸惑っていた。


「早くしなさいよ。覚悟はしたから」


「何のこと?」


「それを私に言わせる気? 見かけによらず残酷な性格なのね。あんたは馬鹿の皮をかぶった鬼?」


「いいから言えよ」


 何度も馬鹿呼ばわりされてさすがに僕も不快になった。


 思わずアリーシャの手首をつかんでいる手に力が入ってしまった。


 アリーシャが小さい悲鳴をあげ、目に怯えが走った。


「そういう趣味なのね。私に言わせて楽しみたいのね」


 アリーシャは勝手になにか誤解していた。


「私の体をさんざん陵辱(りょうじょく)した上で、利き腕を斬り落として、治安部隊に突き出すつもりでしょ」


「どうしてそんな面倒なことをする? 殺せばいいだけだろう」


 アリーシャの目が大きく見開いた。


 僕からしたら、襲ってきた相手を陵辱するとか、利き腕を斬り落とすとか、治安部隊に突き出すなど、どれも面倒なことばかりだ。陵辱なんてしたら行為の最中にスキが生じる。生かしておいたらまた襲ってくるかもしれない。治安部隊に突き出したら事情を訊かれて素性を詮索されるだけだ。


 襲ってきた相手はすぐに殺すに限る。


 だが、僕はアリーシャを殺すつもりはなかった。


 アリーシャはぶるぶる震えていた。


「お願いです。殺さないで下さい。私を殺したら死体の処理に困りますよ。死体が転がっていたら治安部隊の取り調べを受けます」


「別に、死体は火炎魔法で燃やしたり、土系の魔法で地中深くに埋めればいい。死体を完全に消すなんて簡単だ」


「まさか魔法が使えるの?」


「ああ、こんな風にね」


 僕は指先から青い炎を出してみせた。


「ひいいいいい」


 アリーシャが気絶してしまった。


(あれ、どうしちゃったの?)


 会話をしているだけのつもりだった。脅す気などなかった。


 それに、アリーシャは僕の物を盗むことなどできない。動きがのろすぎるし力もない。気配が分かりやすすぎて次の行動もバレバレだ。


 さっきナイフを出してきたが、それは赤ん坊が小さい手で大人を打つ程度にしか感じなかった。むしろ微笑ましいくらいだ。


 つまり、アリーシャは僕にとって脅威でもなんでもなかった。


 報復する必要などない。


 ベッドの上で気絶されていても困るので、活を入れた。


 アリーシャが目を開いた。


 僕はベッドから降りると椅子に腰掛けた。


 アリーシャが恐る恐る身を起こした。


「ほら」


 僕はアリーシャの前に金貨の入った革袋を投げた。


 袋の中の金貨が互いに当たるジャリンという音を立てて、アリーシャの膝の上に革袋が落ちた。


「何?」


「あげるよ」


 アリーシャは革袋の口をのぞいた。


「金貨じゃない」


「欲しかったんだろう」


 アリーシャは困惑しているようだった。


「欲しいならあげるよ」


「私はどうすればいいの? 何をしたらいい」


 か細い声でアリーシャが言った。


「何って?」


「その……」


「何もしなくていいし、僕は何もしない。ただその金貨は持って行っていいから」


「嘘、そんな……」


 アリーシャがまた泣き出した。


 僕はこれまでお金を持ったことがない。あの国境警備隊に差し出した金貨一枚が初めて使ったお金だ。お金がなくても生きることになんの問題もなかった。


 だから、お金を持っているといろんな人に狙われて面倒なことになるなら、いっそアリーシャにあげてしまおうと思ったのだ。それに宿の料金は前払いで済ませてある。


「それじゃ、僕は寝るから、君は出ていって」


 キョトンとしているアリーシャを無視して僕はベッドにもぐりこんだ。


 翌朝、起きると部屋にアリーシャはいなかった。宿の人に訊くと、明け方に一人で先に発ったということだった。


 王都はこの町から普通の人の足で一日程度ということだった。僕なら午前中に着く距離だ。


 僕は王都に向けて街道を歩き出した。



改題しました。




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