2 国境警備隊に襲われる
僕は街道を歩いた。
歩きながら父さんや母さん以外の人を初めて見た。
追い越して行く僕のことをみんな驚いたような顔をして見る。
僕も驚きの気持ちで彼らを見ていた。
(どうして、そんなにゆっくり歩いているんだろう)
山の中は歩きにくい。まともな道などない。そこを毎日訓練で2時間近く駆けていた。それに比べると街道というのはなんと歩きやすいのだと僕は思った。
滑るように足が出て、どんどん進むことができた。
足元に障害物は何もないし、突然襲ってくる猛獣も魔物もいない。
前を歩いている人たちが止まっているように見えた。
そうして街道を進み、腹が減ると街道からそれて森に入った。
森は食料庫だ。木の実、草の葉、そして動物がたくさんいて、肉にも野菜にも困らない。
適当に木の実や果物を食べ、狩りをして、獲物の肉を捌き、焚き火で炙り、その肉を食べた。
夜は森の大木の大きな枝の上で仮眠をとった。
途中いくつも町があったが、僕は町で何をしたらいいのか分からないので滞在することなく先に進んだ。
そんなふうに旅しているうちに数日で隣国との国境にまで来た。
国境にはゲートがあり入国のチェックが行われていた。
ゲートの前には行列ができていた。
僕は、その列の後ろに並んだ。
「つぎ!」
僕の番が来た。
「身分証明書は?」
「ありません」
「どこから来た」
「山の方からです」
兵士が眉をひそめた。
「お前、臭いな」
「臭いですか?」
「その服、その体はなんだ。いったい何日風呂に入っていない?」
「風呂? そんなもの入ったことはありません」
事実だった。風呂なるものは隠れ里にはなかった。
「とんでもない田舎から来た貧民か」
「王都にゆきたいんです。入国させてください」
「目的は?」
「普通の暮らしをするためです」
兵士たちが目を合わせた。
「素性が知れない貧民の入国は認められない。貴様のようなやつが街の風紀を乱し、治安を悪化させるからだ」
「そんな……」
「「「何をしている。早くしろ!」」」
後ろから怒声が僕に向けて飛んだ。
「もと来たところに帰れ」
「いえ。帰りません」
「特別な通行料でも払えれば別だが、お前のような奴のは入国は許可できない」
「今なんと言いいました」
「だから入国させないと……」
「特別な通行料ってなんですか」
「金だよ。金を払えば別だ。だが貧乏そうなお前にそんな金があるわけないよな」
「お金ですか」
僕は父さんからもらった革袋を開いた。
中から金貨を一枚取り出した。
「これで入国することはできますか」
後ろからざわめきが起きた。
「金貨だぞ」
「特別通行料は銀貨一枚が相場なのに、金貨をあいつは出したぞ」
兵士は後ろにいた男を睨むと、僕から金貨を奪い取った。
「どうせ偽物だろう」
そう言って金貨を調べ始めた。
「まさか……」
「どうしました」
「本物の金貨だ」
「じゃあ、入国しても大丈夫ですね」
「ああ」
僕は無事に隣国の王国に入国することができた。
(普通に生きるってなんだかいろいろめんどくさいんだな)
僕はそのまま歩きだした。
少し進んだところで後ろから呼び止められた。
振り向くと、さっきの国境を守っていた兵士が3人がいた。
「なんですか、まだなにか手続きがあるんですか」
「そうだ」
「それはなんですか」
「その金貨の詰まった袋をもらおうか」
「はい?」
「お前にはそんな大金はふさわしくない。俺達が預かってやる」
「どういうことですか」
「いいからそれをよこせ!」
兵士が僕の腕をつかもうとしてきた。
僕はするりと避けた。
兵士の手が誰もいない空間をつかんだ。
「このやろう」
僕はまた避けた。
「すばしっこい奴め」
「ええい、面倒だ、斬ってしまえ!」
兵士たちが剣を抜いた。
(困ったなどうしよう)
僕は迷った。
兵士たちの実力は大したことはない。
この場で瞬殺するのはたやすい。
だが、さっきの国境のゲートから近く人の通りもある。
暗殺者のスキルを使うことは、父さんや母さんの言いつけに背くことになる。
(ここは逃げるか)
しかし、父さんたち以外の人を相手するのは初めてなので、この兵士たちがどれくらいの速度で、どのくらいの時間走り続けることができるのか未知だった。
ちなみに父さんたちは僕より早い速度で何時間も走ることができた。それを振り切ることができるようになったのはつい最近のことだ。
「うあああ」
「痛え」
どこからか礫が飛んできて。兵士たちの顔に当たった。
さらに兵士たちの尻やスネにも小石くらいの礫が続けて撃たれた。
「あいいたたた」
スネを撃たれて、兵士の一人が尻もちをついた。
「今よ、逃げるのよ」
突然、少女が出てきて、僕の手を取った。
そして、駆け出した。
それはとても遅い駆け足だったが、とりあえず僕はそれに合わせて走った。
兵士たちは追いかけて来なかった。
しばらく無言でそのまま走り続けた。
少女の息が荒くなった。
「ここまで来ればもう平気かしら」
少女が立ち止まった。
僕は全く息は乱れておらず、疲れてもいなかったが、少女は肩で息をしていて、額には汗が浮かんでいた。
「全く、もう、あんた何考えているのよ。人前であんな大金を見せびらかして」
いきなり少女が怒り出した。
「見ていたのか」
「あんたのすぐ後ろに並んでいたからね」
すぐ後ろは中年男性のはずだったが、僕はあえてそこは突っ込まなかった。それよりも同年代の異性と話をするのは初めてでどういうリアクションをとっていいのかわからなかった。
「そんなみすぼらしい身なりをして、大金を持っているなんて、あんた何者?」
「何者と言われても……」
「私は、アリーシャよ。よろしくね」
「は、はい」
「なんか、調子狂うわー」
そう言うとアリーシャは歩き始めた。
そして、立ち尽くして僕の方を振り返った。
「なに、ぼさっとしているのよ」
「……」
「旅を続けないの?」
「あ、はい」
そうして、僕はアリーシャと肩を並べて王都をめざして街道を歩き始めた。
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