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夜桜散る夜に、花見で一杯

作者: Suica

私、小林櫻子はしがない会社員である。今、私は会社の上司から翌日に行われる花見の場所取りを命じられて、ブルーシートを敷きにきた。なんで私がと思ったら、名前にさくらが付くからとかいう訳の分からない理由だった。今の言葉で言うならば、サクハラとでも言うべきだろうか。でも、言い返す余力など無く、仕事帰りに仕方なく公園に立ち寄ることになった。私が来たときには既に、場所取りのブルーシートで陣取られていた場所が数カ所あったが、桜も綺麗に咲いている手頃な場所を見つけることができた。私はとりあえず戦果を挙げることができてほっとしたので、そのブルーシートに座って腰を下ろした。公園の桜は夜でも綺麗にライトアップされていて、ちょうど見頃を迎えていた。スマホを開いて検索すると、どうやらもうすぐ散りどきらしい。風に漂ってくるいい香りを感じて月明かりに照らされた花を眺めながら、私はしばらく静かにその風情を味わった。夜風も出てきて、少し寒くなってきたので、そろそろ帰ろうかと思っていると、辺りから酔っ払いのような声が聞こえててきた。


「もう!なんだよ!あのくそ上司」


こんな時間に飲んでいる人がいるんだと思いながら、声の聞こえた方を見ると、どこかで見たことがある顔だった。近づいていって見ると、それは同じ会社で同期の海野幸雄だった。研修時代に知り合ったが、違う部署に所属されてからはほとんど話すことも無かった。


「おおーー、小林さんじゃあないですか。どうしたんですか、こんな時間に。もしかして花見に来たんですか?まあ、名前にさくらが入ってますからねー、小林さんを見ながらもう一杯やるとしますかね」


飲んでるの?と聞くまでも無く、ビールの空き缶が3個ほどブルーシートの上に散乱していた。何をやってるんだか、、もしかして、私が介抱しなきゃいけないの?と周りを見たが、頼れそうな人は誰もいなかった。


「ちょっとどうしたの?こんなところで。風邪引くから早く帰った方がいいって、ねえ、聞いてる?海野君」


「いやまだまだ、飲み足りないですわ。あのくそ上司のせいで、場所取りなんか命じられて、しかもさっきメールで追加の資料を作れとお達しが来ましたよ。ああー、もう嫌になるよ。ねえ一緒に飲もうよ、一杯だけでいいからさー。一杯だけ」


どうやら、私と同じ境遇だったようだ。上司にむかつく気持ちはかなり共感できるし、仕事で疲れていたので、正直なところ帰ってから一杯やりたいとは思っていた。一杯だけ、と心に決めて差し出された缶ビールを受け取って、フタを開けた。


「ゴクゴク、、、」


おいしい、、疲れた体にじわーっと浸みた。明日、花見があるのに、、と思ったが、この夜桜を見ないのは同じさくらとして失礼だと思うことにした。


「いい、飲みっぷりだねー。そういえば何で、小林さんここにいるの?」


「私?私も上司に言われて場所取りをしにきたんだけど」


「同じじゃん!これって運命?そうだよねー、研修時代に一目見たときからそう思ってたんだよなー」


「ちょっと、海野君酔いすぎだよ」


「それにしても、櫻子って綺麗な名前だよねー。さくらじゃなくて、さくらこだもんなー。何か可憐な感じが漂うっていうか、小林さんにぴったりですよねー」


「ありがとう、母親に感謝だね」


酔ってはいるが、女子が言われて嬉しいツボは押さえてくるようだ。少し照れ隠しで、お酒をグビッと飲んだ。


「ねえ、花札しない?暇だしさー、やろうよ。花札ー」


そう言って、海野君はポケットから花札を取り出した。


「何で持ってるの?花札なんか」


「年配の上司が好きらしくてさー。用意しとけって言われたから買ったんだけど、やろうよー。ルールは教えるからさー」


ルール自体は母の実家でお正月に親戚が集まったときにやったことがあったので知ってはいた。まあ少しだけなら付き合ってあげるかと札を受け取った。


「じゃあ、俺が親ねー」


「え?ずるい。花札って親がめっちゃ有利なゲームなのに。じゃんけんでしょ」


「もう、始めちゃったー」


そう言って、勝手にゲームを始めてしまった。まあ、本気になることもないか、と思って、甘んじて子どもを受け入れることにした。


「はい、かすリーチー、いえーい」


海野君の手札が弱いのか、それとも酔っ払っているのかは分からなかったが、弱い手ばかりを上がっていった。勝手に親続行のルールに決められてしまったので、海野君は親でかすやたね、たんの1点役ができるとすぐに上がって、そしてコイコイは一回もしなかった。そして、12月を迎える頃には、11-0になっていた。


最後のゲームである12月、先ほどと同様に海野君は高い手には目もくれず、安い手を上がろうと順調に札を獲得していった。でも、私も黙ってはいない。手札には、桜に幕があった。菊に盃さえ取れれば、花見で一杯と既に獲得していた月と合わせて、花見で一杯と月見で一杯が完成して、大逆転勝利を収めることができる。でも、海野君のターン、手札から札を出してカスが9枚になった。もしここで、もう一枚カスが来ると、役が完成して私の負けになる。カスよめくれるな!私の願いが通じたのか、海野君は札を取ることができずに、しかも桜のカードが落ちた。ありがとう神様!次の私のターン、桜に幕を取ることができた。そして、山札をめくると、、なんと盃がめくれて、札を取ることができた。これで、5点×2×2で20点。なんとも、気持ちのいい逆転劇だった。


「そんな、、」


「やったーーー。勝ったーー。私が勝ったから、もう帰ろうよ。風も吹いていたし、風邪引くよ」


その時、強い風がピュウっと辺りを吹き抜けた。花札のカードがいくつかむこうに飛ばされ、レジャーシートの舞い上がる音がザーッとさざめいた。


「あー。拾わないと」


飛んでいった数枚を拾っていると、さっき私がとった花見で一杯のカードが並んでいた。何で海野君と飲みながら花札なんかやってたんだろう。私は自分がおかしくなって、ふふふと笑ってしまった。


「もう帰るよ」


「うん、、あ!桜が散り始めた」


海野君が言った通り、さっきの風に誘われて、ひらひらと数枚散り始めた。明日には本当の見頃なんだろうなと思いながら、同士の散りゆく様を少しだけ見送った。それから、花札を片付けて、ゴミを回収したあと、彼を駅まで送ることにした。駅までの道のりで、彼は足下がふらふらしていて、桜が散るみたいだった。


「じゃあね、ちゃんと家に帰ってね」


そう言って、私は彼を駅まで見送ったが、彼が構内で突然叫びだした。


「コイコイ!」


「何?ちょっと迷惑だし、今さら遅いよ」


「また、一緒に飲みたい、、」


「もう、、分かった!分かったから、またね!」


「うん、じゃあ」


そう言って、おぼつかない足取りで改札の方に吸い込まれていった。電車に轢かれたりしないよね?と少し不安になったが、まあここまで見送ったんだしと思うことにした。徒歩で最寄り駅まで歩きながら、ふと海野君の言っていた言葉を思い出した。コイコイね、、私にも恋来い!


翌日、公園は花見客でいっぱいだった。そして、花見をしながら、私の部署の隣では花札が盛んに行われていた。


「コイコイ!」


どうやら、上司の前でカスばかり上がるのは辞めたようだった。

花札って自分が勝ってるときはすごく面白いですよね。

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