後を任せて、先を担う………………64mg
【海桜視点】
「蒼はもう行ってくれた……よね?」
押し込めていた辛さを顔に出す。
耳の奥を針で刺すような痛みがする。この一瞬だけじゃない。ずっとだった。
戦いの最中に再発していた。ここまで耐えてきたのは、蒼に見せれば必ずこの場に残ろうとしてしまうから。手負いの魔法少女二人で戦えるほど相手は甘くはない。ここに残れば、全滅だったはず。だから、絶対に蒼には見せられなかった。
でも、視界のブレと痛みで頭を押さえてしまった。それをゾンビの目の前でやってしまったことが、痛恨のミス──。感情がない魔獣は嘲笑なんてしないが、ほくそ笑んでいるように見える。
「クソっ」
柄にもない言葉を吐く。
勝てるわけない。敗北前提の戦いを強いられている。
痛みが脳を震わせて、その事実を突き付けてくる。
もはや、勝つことを諦めなければいけない。
敗北は死。勝敗を決する状況はとうに過ぎ去って、死を待つことしかできない。
それでも、「必ず蒼達がコアを破壊してくれる」。その確信だけで、敗北することは既定路線でも、死ぬことまでを受け入れなくて済む。ここでは、死ぬまでにギリギリで耐え抜くことが生き抜く唯一の方法であることは間違いない。ジリ貧でもいい。できるだけ時間を稼ぐ。
2体のゾンビが襲いかかって来る。
また、チェーンソーのゾンビが先に動く。
魔力で駆動する回転刃、それを床に走らせて迫ってくる。コンクリートを抉る回転刃は、耳をつんざくような金切り音を響かせ、火花が飛び散る。暗所に弾けた唐突な光で目が眩む。相手の目の動きが見えない。から、狙いが分からない。
動きの予測が立てられず、一瞬次の行動を逡巡。
反射的に回避を選択。
ゾンビの挙動の大半は火花に隠されていて見えないが、初撃はゆうに躱せた。しかし、そのまま流れるように続けられた二撃目は予想外。
「くッ、見えない──」
攻撃が来ることは微かに見える。が、どう来るのかが分からない。態勢を崩された状況で肉薄する回転刃。避けられるかわからない程差し迫っている。回避にはリスクが伴う。
避けるよりは確実に受けるべきだ──。
反射的に、武器のハサミで受け止めようとした。が、背筋に冷たいものが走った。ゾンビはもう一体いる。受けてしまえば、武器を満足に動かせない状態で…、
丸太の方に殺られる──。
現況をそう認識して、チェンソーを受けずに、一か八かの回避を試みる。髪の毛先が刈り取られるほど。限界ギリギリで。側面に回り込むような形で避けた。
しかし、その先にもう一体のゾンビ。
叩き潰さんとするように丸太を大きく振りかぶっている。
二体のゾンビはこちらの二手先までも潰しに来ている。
やはり簡単には窮地を脱することはできない。
二度目の回避で態勢を完全に崩している。
このままであれば避ける術はない。
極力温存していたかったが──。
残り少ない魔力を消費して、手に通常サイズのハサミを生成させる。
継戦能力が必要な現在に、わずかながらも、あまりにも重い魔力消費。
十数分後の自身の命を失わせる可能性のある行為。
それでも、使わざるを得なかった。
握った小さいハサミを丸太のゾンビへと投擲する。それだけでは、深いダメージを与えることはできない弱々しい武器。
それが丸太を持つゾンビの片中指に的中する。
指の一つでも欠ければ、握力は大幅に弱化。こちらに向けて振り下ろされようとするその動きが、一時的に鈍った。
その隙に床に手を付いて態勢を整える
「…ッ。」
痛む肩の傷は気にしてはいられない。丸太のゾンビから逃れる。すぐそばには壁。手にまた身長大のハサミを再生成する。視界の歪曲で残る魔力が心もとないことを知る。
感覚の麻痺した脚を動かし、強引に壁を蹴る。反動で、身体を宙へ投げ出す。揺れる視界は標的を定め難く、割れんばかりの頭痛は脳を針で突くようで意識が飛びかける。それでも執念だけで、丸太のゾンビを眼下に捉える。
ハサミの先端は下を向く。
重力は身体を地に引き付け、落下速度は加速する。
勢いに任せて叩きつけた刃は頭蓋に食い込む。切断するまでには至らず、重さと衝撃で頭蓋を圧し割る。腐肉の抵抗を潰す不快な感覚がハサミ越しに伝わり、直後、地を突く鈍い衝撃が伝わった。
赤く変化した液状の魔力を返り血のように浴びてそこに立つ。
チェンソーのゾンビの位置を確認する。
ゾンビの体を2つに裂いたとしても、無力化したことにはならない。一時的に猶予が生まれるのみ。
その中でここから、どう立ち回っていくか。
頭痛のせいで掴みにくい残存魔力量。
それも魔力不足に陥る限界まですぐそこなのは確か。
武器生成もあと一度できるかどうか。
床に刺さったハサミを抜き取り、チェンソーのゾンビへ構えた。
…
【蒼視点】
延々と続くコンクリートの通路を蒼は走っていた。他に何の音もしない中、蒼の靴音だけが響いている。
あとどれぐらいか、わからないぞ──。
景色は、コンクリートとドアばかりで、ずっと同じ景色が続いている。何回も同じところをぐるぐるしている気分だ。
でも、緑の茎を目印にしていけばいい──って、海桜は言ってた。
その先にコアがあるってことも。
だから、ぜったいに終わりはあるんだ。
どこまで伸びてるかよくわからないけど…、蒼は海桜のことを信じて走ればいい。
たぶん、まだまだ先だな──。
海桜のためにも、急がないと──。
床が冷たい。
コンクリートだからか──?
寒さが靴を貫通してくる。
体の芯から冷やされて、体の感覚があいまいだ。
体中怪我をしてて痛いはずなのに、あんまり痛くない。ちょっと後がこわいけれど、痛みで動けなくなることはなさそうだ。
でも、何か胸の真ん中だけ熱いな──。
海桜に任されたから、かもだな。
任されたからには、「絶対やってやるんだ」と思っている。
海桜が時間を稼いでくれるといっても心配だ。体はボロボロでも、止まりたくはなかった。
管を辿って、在庫保管所にたどり着いた。
ここは少し前に来た場所。その時には、一つの扉にゾンビが群がっていた。だが、今はゾンビの影すらない。多くのアルミの棚と残された商品が置いてあるほかはがらんとしている。
こんなに広かったのか──。
前には気が付かなかった部屋の広さに息を呑む。
とりあえず、キョロキョロ辺りを見渡す。まず足元の緑の管を見て、階段の方に目をやる。階段の上の方に、管は伸びている。
「ここじゃないのか」
階段の傍にある扉を見て、そう言った。
管の終わりをその扉の奥だと思っていた。でも、実際は扉の奥へ管は伸びていなかった。
がっかりしながら、管がどこに行っているのかを確認する。
「ヘンな階段だな」
カクカクしながらぐるぐる回る階段。その上に、管は続いている。
下に立って見上げてみると、階段が途中から見えなくなるくらい高くまで続いている。
ほんとうは早く登って、コアがある場所に行ったほうがいい。
でも──。
その扉がまだ気になる。
なんだかとてもほおっておけない感じがする。ここで無視して、そのまま行ってしまうと、胸がきゅーっと苦しくなるような。
「……海桜があぶないしな」
そう言ってみるけれど、扉の方を見たり、階段を見たり、視線があっちこっちしている。
いつもすぐに決めて、すぐに行動できるけど、今日は迷ってしまう。
「蒼は任されたから、やるんだ!」
海桜のあの表情を思い出して、パチパチと両手でほおを叩く。
「よし! この階段をのぼって、ゾンビを倒すぞ。」
気を取り直して、階段を上る。
でも、そのとき、音がした。あの扉の奥から。
普通に物音がなっただけなら気にしない。だけど、ひくっと小さくひゃっくりをするみたいに、泣いている声が聞こえた。
「いまのは……。」
すこしだけだから、聞き間違いだと思った。
でも、そっと扉の方に近づく。
あれは、玲奈が悲しくて泣いている声だ──。
いつも聞いていたからわかる。玲奈は泣く時、人に見られないように隠れる。それで、誰にも気づかれないように、声を押し殺して泣くんだ。
昔、かくれんぼで暗い所に隠れて誰にも見つからなかった時も、そうやって泣いていた。声をあげて泣かないから、余計に見つけられなかったんだ。
蒼は、玲奈がすごいことを知ってる──。
何でもかんでも一人でやろうとしても、大体できてしまうんだ。それでも、どうしてもできないことがある時、誰の助けももらおうとしないで頑張っちゃうんだ。たぶん助けてほしいのに、それも言い出せない。一人で最後まで頑張っている。
玲奈はすごい──。でも、いつも蒼にしてくれる分、返そうとしても涼しい顔で「大丈夫」って言う。蒼も玲奈にしてあげたいことはいっぱいあるんだ。
扉を手のひらでペタッと触れる。すると、ひんやりとした金属の感じがする。軽く指を折りたたんで、その裏側でコンコンと軽くたたく。
返事はない。
でも、そこにいると思う。
玲奈の事だから、どう助けを求めればいいかわからなくなっているだけ。
心の中に閉じ込めた、大きな助けを呼ぶ声がドア越しに伝わってきている気がする。
扉を少しずつ開く。
暗い部屋の中に、月の光がまっすぐに入って、足の先を照らした。
玲奈は、部屋の隅に寄りかかって、体を縮こまらせている。そして、下を向いている。
部屋の奥に月の光が届くと、気がついて顔を上げた。
頬には、涙が水玉になって張り付いている。それがこぼれ落ちた。
「玲奈、またせたな!」
玲奈の顔は、かくれんぼの時みたいに涙でぐちゃぐちゃだった。




