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magical dose -魔法少女は破滅の道を歩む-  作者: 伊草


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64/65

こわいもの……………………………62mg

【玲奈視点】


 暗くて、こわい──。

 わからなくて、こわい──。

 私ひとりしか、いない──。

 蒼がいない──。

 みんないない──。


 玲奈は一人で怯えて走る。一階のバックヤードの通路を走る。

 顔には涙を浮かべて、走る振動で頬を伝ってコンクリートの床に落とされる。


 いくら進もうと通路の見た目は変わらない。繰り返して流れる景色はコピー&ペーストして無限に続いているように思われて、玲奈は自分がどれほど進んでいるのかが分からないでいる。


 この通路をどこまで進めば、私は助かるのですか──?

 私はどうしたら助かるのですか──?

 こわくて、こわくて、たまらない──。

 蒼。助けてください。いつもみたいに私を、助けてください──。


 玲奈は少しでも遠くエントランスから離れたい。

 全部をほっぽり出してでも、自分が感じるこわさを優先して逃げ出したかったあの場所から遠くに行きたい。

 逃げ出す時、玲奈は他の全員に自分のことを優先するように伝えたことで自分の行動を正当化したが、自分の思う行動をやってもなお未だにこわさを感じてこの場にいない蒼にすがる。

 脚の筋肉は恐怖で硬直して走ることも限界に近い。もつれて今にも転んでしまいそうだ。

 だが、転んだらもう起き上がれない。

 その直感が玲奈に一種のアレルギー症状を引き起こし、過呼吸と全身の鳥肌が立つ感覚が現れる。


 代わり映えもせず続いている通路は終わりを迎える。玲奈の眼前に開けた空間が現れた。

 そこには、商品を控えておくための棚が並んでいる。


 玲奈はそこまで来て足を止めてしまった。

 視界に映ったのは一体のゾンビ。


 それを見た瞬間、心臓の鼓動が跳ね上がった。


 とっさに身を隠す。

 幸いゾンビには見つかっていないようだが、身は震える。

 蒼がいないということが、たった一体のゾンビにすら挑む勇気を失わせる。


 未だ商品が詰めてある棚に手をかけ、隙間からゾンビを覗く。


 ゾンビはその場から動かない。


 だから、その場から動くことができないうえに、逃げられない。ゾンビが去ることでしか逃れられない。

 逃げたいのに、逃られない。

 こわくて、どうしようもないのにどうにもならない。


 心のそこから湧き起こる震えが末端の指先に伝播する。それは手が接地しているスチールラックに伝わって、金属の軋む音を発生させた。


「あっ」


 と、思った瞬間、玲奈は致命的なミスをしたことを認識した。隙間から向こうを見る。ゾンビはこちらを見つめていた。目が合って、玲奈がここに存在していることを伝えてしまう。

 玲奈は身を屈める。だが、もはやそれは無意味である。

 動悸がする。

 足音がする。

 わざとなのか、わざとでないのか、最大の恐怖を与えながら、じりじりと距離を詰めてくることがわかる。

 音が視覚でもわかるような奇妙な感覚を受ける。

 ゾンビが来る最短距離、現れるであろう棚の角を見る。

 やはり恐怖、にじり寄る脅威から徐々にせり上がってくる恐怖がある。

 怖くて動けない。足がすくんで動かない。

 逃げたいのに、逃げられない。


 ゾンビの足音は玲奈の視界内ではないものの数歩以内には確実に視界内に映りこんでくる場所にいる。


 もうどうにもならない──。


 全てのなす術を失った。

 考えることさえもできなくなった玲奈の頭は真っ白になる。が、むしろ分散していた意識が視覚に集中。目で見ている空間を明瞭に認識することに繋がった。

 在庫保管所の奥、現在見ている先に扉を発見した。

 今まで、玲奈はゾンビに気を取られて、周りをよく確認していなかった。

 玲奈は意を決する。


 恐怖はまだ途絶えていない。

 蒼がいない絶望感はまだそこにある。

 体もまだ思うようには動かない。

 それでも、逃げ道を失ったと思っていた玲奈にとっては希望の光だった。

 恐怖が支配する体を鞭打ち、地面を蹴る。

 動き出した玲奈の体は勢いそのままに扉へと向かう。

 このまま進めばゾンビと鉢合わせてしまうが、かまわない。無理矢理押しのけて扉へ行く。

 玲奈は短絡的発想を持って、ゾンビと相対した。

 そこで見たゾンビの姿は小さく小学生ほどの身長。

 ひるまず勢いに乗って、全体重をかけてゾンビに追突する。

 玲奈は体勢を崩しながらも、ゾンビを転倒させた。

 立て直して、足を前に踏み出す。地面を掴んで、蹴る。

 あと少しでたどり着く。そんな時に背後からけたたましい轟音が。高周波と低周波を交互に繰り返すその音は耳障りのいいものではなく不快感を与える。

 しかし、その音は玲奈の行動を妨げるに足るものではない。

 玲奈はようやく扉の奥へたどり着いた。そして、扉が閉めると同時に轟音は軽減される。


 無理をしてまでたどり着いたその場所で玲奈は息をついた。

 そこでふと辺りを見渡す。

 閉じられたそれほど狭くはない空間で、机と椅子が1セット、さらに、膨大な量の書類、それがはみ出た引き出し……。

 玲奈は今いる場所は部屋の中だったことに気がついた。

 よく見れば、部屋の中には窓がない。出入りできるようなところが一箇所しかないから、扉を閉じれば密室が生まれる。

 しかし、その閉塞感がむしろ心地良い。玲奈にとって密室は心を落ち着ける場所だった。

 安堵からか脚の力が抜けて立っていられない。内開きの扉に寄りかかってへたり込む。何も考えられずにぼーっと目の前の書類棚を眺める。過度の緊張感から来る疲労で、体は疲れ切っていた。

 頭が垂れて、舟をこぐように小刻みに揺れ出す。落ちる瞬間と持ち直す瞬間を繰り返して、その果てに玲奈は眠りに落ちた。




 …




 豪音と激しい震動で玲奈は目を覚ました。

 一瞬何が起きたのかわからなかったが、すぐに扉を乱暴に叩きつける音だと気が付く。

 扉の向こうにいるのは誰か。その疑問が生まれた時、反射的に一人の名前が思い浮かぶ。


「蒼……?」


 黙っているつもりだったが思考をこぼす。

 一度口から言葉をこぼしたなら、二度も三度も変わらない。続けて、玲奈は扉の向こうの存在に尋ねる。


「蒼なんですか……?」


「蒼なんですよね……?」


「助けに来てくれたのですか……?」


 質問を重ねるが、言葉での回答がまったくない。

 一方で、扉を叩きつける音が次第に大きくなる。


「もしかして。蒼じゃないんですか……?」


 音は止まない。さらに激しく。


「他の皆さんですか……?」


 やはり止まない。さらにさらに激しく。

 扉が壊れんばかりの力で叩きつけられる。


 おかしい──。


 そう玲奈が思った時、扉を叩く数が増えた。

 叩く間隔が明らかに狭まっている。

 扉の向こうにいるのは、一人だけではないことに気がつく。

 また、どっと叩く間隔が狭くなる。2人や3人どころではない。

 爪で掻くような音も混じりはじめた。

 もはや玲奈の中に、向こうの相手が仲間であるなどという幻想はなくなった。

 そもそも、初めからおかしかったのだ。玲奈がこの部屋の中にいることなど仲間は知らないのにも関わらず、中には玲奈がいることをわかっているように扉を叩いて執着することなどできない。

 初めから気が付くべきだったのだ。おそらく扉の向こうの者がゾンビであることに、小部屋に入る前に遭遇したゾンビの爆音の意味に。


 玲奈はデスクの下で耳を手で覆い、体育座りでうずくまって動かない。

 金属板を爪で引き搔く不協和音は手で塞ぐ意味もなく、鼓膜まで貫通して喉を握り締められるように苦しめてくる。

 心を安定させるのに頼るものなどなく、ただその不快で吐きそうな思いが次第に増幅してゆく。だが、その苦しみから解き放たれるにはゾンビ達が出す音が絶えるまで耐えるしかない。


「こんなこともうこりごり……」


「いつまで……、一体いつまで耐えなければいけないのですか……」


「蒼は……。蒼はまだですか……」


「早く助けに来てくださいよ……」


 うつろな目で届かないSOSを出し続けた。




 …




 音が無くなった。

 あれほど騒ぎ立てていたゾンビは見る影もなく気配ごと消え去っている。

 それでも、もしかして息を潜めているだけかもしれないと考えた玲奈はまだ動かない。

 数時間が経ったころ、玲奈は恐る恐る扉へ近づく。

 扉に耳を当てる。外からは本当に何の物音もしない。

 ドアノブを握り、捻る緊張感。

 閉じこもった空間から出たそこは誰も何もいない在庫保管所だった。

 左右を見て、改めてゾンビがいないことを確認。


「何もいない……ですね」


 一息つくまではいかないまでも、心のどこかでほんの少しだけ安心した。

 部屋の境界を越えて、外に出る。


「ここからどうすれば……」


 逃げることに必死だった玲奈はそれ以外の選択肢を持ち合わせておらず、逃げることがもう必要ではなくなった現在、することを見失う。いつもならば、周りに蒼や仲間たちがいて、何もせずともアイデアは湧いてくる。が、いざとなって一人で何かを考えて実行することを強いられれば、なにも思いつかない。

 玲奈はドアから出たその場で立ち尽くした。


「蒼がいれば……」


 続く言葉は、「何とかなった」。蒼への信頼は山よりも高く海よりも深い。玲奈が何かをするうえで、蒼は大きいよりどころとなる。それは、過去に手を引く蒼、手を引かれる玲奈の構図が普通だった頃のなごりで、いくら時が経とうが玲奈の中に大きく蒼がいることは変わらない。

 しかし、その心情が粘っこく纏わりついて玲奈自身の行動を狭めているのは言うまでもない。玲奈自身の行動をすべて認めてくれる蒼がいるからできていたことが、そのよりどころがないと途端にどの行動を取れば正解なのかわからなくなり、混乱してなにも思いつかなくなる。何をすべきか、ベストな選択肢でなくともベターな選択肢、それでも無理なら平凡な選択肢、徐々に要求するレベルを下げて行っても、頭が混線してブラックアウトする。

 そうして、やっと自覚する。


「何もできないのは、私の方でした……」


 しゃがみ込んで、涙を落とす。


 その行動が幸か不幸か、床に落ちていた緑でひも状に伸びた物体を見つける。

 先ほどはなかった、というぼんやりした思考が行動を導く。


 玲奈は地獄の蜘蛛の糸を縋りつくように、緑のそれを辿ってよろめき歩き始める。

 そして、そのまま部屋の横にあった階段の上へと導かれるまま進んでいった。

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