VS武闘派ゾンビ②…………………61mg
【蒼・海桜視点】
蒼の目からはゾンビの右肩が破裂したように見えた。
しかし、それは投擲されたハサミが着弾したからだとわかった。
肉片の飛沫が飛んでくる。が、蒼は反射的に目をつむるなんてしない。絶好のチャンス。それを見逃さない。
ゾンビの手から丸太が滑り落ちるのを前にして、蒼は猶予を得ている。それは脚を支えなしで立たせて、目の前の相手に斬り込む猶予……。
こんどこそはぜったい外さない──!
カッターナイフを引きづって、未だあまり力が入らない足を一歩前に踏み出す。
蒼には、考える頭がない。
難しいことはなにもわからないから、理性的に考えてたどり着いた立ち上がるための術なんてない。
あるのは根性…、気合…、激情…、非理性的なものばかり。
しかし、それは衝撃で鈍くなった脳に刺激を与える。
運動機能が元通りになって、二歩目からは自由に体が動くようになる。
蒼は二歩目を踏み、地面を蹴る。前にではなく、上に。
同時に、引きづっていたカッターナイフを斬り上げる。
その一閃は丸太のゾンビへもろに入り、左足付け根から反対の左肩へと切り裂いた。
上半身は下半身と切り離され、滑り落ちる。
しかし、そこで攻勢を終わらせず、さらにもう一閃。
今度は丸太のゾンビの首を刎ねた。
首は飛ばされ、海桜の方へ落下する。海桜はちらりと蒼を見てすぐ視線をチェンソーのゾンビの方に向ける。
蒼は海桜の事情は分かってはいないが、海桜は丸太のゾンビとの戦いに関与できないことを悟る。目の前の一体をほぼ自力のみで撃破しないといけないことを理解した。
ここからが蒼の腕の見せ所、やってやるぞ──!!
丸太のゾンビの方だけを見て、3回目の攻撃を与えるために空中から振り下ろす。
イメージを固めたその瞬間。
視界の端に高速で迫る物体を見た。
避けれ──。
空中にいた蒼はそれを見ていながらも、どうすることもできない。
高速で飛んでくるものを確認する間もなく、腹部に衝撃。
「ぐッ!!!」
先ほどと同じところに激痛が。
視線を痛みの元に向ける。そこには、一握りの拳。
どこからだ──。
困惑する。
どっちの"うで"からだった──?
腕が抉り取られた右側と、上半身ごと下半身と切り離された左側。両方を潰された丸太のゾンビに拳を放てることはできないのにも関わらず、現在振りぬいて華奢な胴体にめり込ませている。
再生を終えたにしては早すぎる。
蒼は地面に叩き落され、地面を摺る。
転倒はしていないものの、装衣に破れ穴が目立つ。
改めて丸太のゾンビを視界に入れる。
「!」
海桜が抉り取ったはずの右手が拳を握っている。
もう、"さいせい"してしまったのか──。
ちらりと海桜の方を見る。
向こうは向こうで手一杯な様子。
もしかしたら、あっちも"さいせい"が早すぎるせいでこっちに来れないのか──。
最初の一撃を除いて海桜がこちらの戦いに関与してこない理由を知る。
ただそれを知ったところで、事態が好転するわけではない。やることに変わりはない。
「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」
蒼は雄たけびを上げてゾンビに向かって突進。カッターナイフは腰に撓めて、突き刺す姿勢を見せる。
一歩、また一歩踏み出す度、蒼の視界の中ではゾンビの姿が大きく見える。そして、近づく度鮮明になっていくその煤けて黒くなった皮膚と爛れて肉が見え血が乾いて顔に張り付いた様に、威圧感と恐怖感が増してくる。
それでも怯まない。ひるめばダメだ──という気持ちが淀みない最短・最速での攻撃に繋がる。
刃は鋭く、薄暗い斜光を映し流して、地を蹴る音は短く間隔を開けずに何度も。ゾンビからは血の滴る音。
勢いづいた蒼が狙うのはゾンビの腹部。
丸太のゾンビは何もしない。首から上が無くて蒼の接近に気が付いていないから何もできないのか、それとも何か思惑があってあえて何もしないのか。
懐疑的に状況を見てゾンビの行動要因を探る考えに至るべくもなく、発想→実行まで一直線に向かう。そこに、サブプランなんてない。思いついた最初のことを愚直にやるのが、蒼のやり方だ。
難なくゾンビの懐に飛び込んだ。腹は全くの無防備。
いける──。
蒼は確信する。
カッターナイフで腹部を刺せる、と。ここまでは考えられている。しかし、次の行動は未定。これ程までにうまくいくと思っていなかったから。
だから、今──攻撃が通ると確信したタイミングで次に行う行動を頭から反射的にはじき出す。
こいつが動けないように下にふって足をきる──!!
刺したまま股下に斬り裂いて移動を封じる作戦。
その作戦を実行するために、まずはゾンビの腹部にカッターナイフを刺し込むこと。それはこのままいけば確実に成功できる。
蒼の意識はとにかく”刺す”ことに向けられる。
だが、それがいけなかった。
それだけではない。この時点までダメな選択をいくつも取っていた。
相手は今までの魔獣のようにそう単純ではない。生前は幾重ども魔獣討伐を成功させてきた武闘派の魔法少女。対人戦闘経験はないとは言えど、戦闘IQは決して低くはなく、むしろその逆。攻め一辺倒の直情で動く蒼にとっては、分が悪い相手だった……。
またしても視界外の真横から飛んでくる拳に、蒼はまるで気が付かない。
今度の拳は先ほどとはまた別の方。もうすでに再生していた。頭部もいつの間にか再生している。ギョロリと動く目が蒼を捉えている。視界を得て振った拳が人体の急所を外すことなどありえない。
拳が迫る風圧で気が付いた蒼。
風圧と言えど、肌に触れる僅かな空気感の違い。それを感じ取ることができたのは、蒼の本能的な所が作用したのだろうか。感知するまでのプロセスは蒼自身にも分からない。まさに幸運としかいえようがない。
しかし、対応する猶予はあまりない。差し迫る現状に蒼はできるだけの反応速度で以て、拳の軌道をそらすことを考える。腰に撓めたカッターナイフを持ち直し、拳の軌道上に合わせる。そのコンマ一秒以下後に拳が到達し、カッターナイフと激しく衝突する。
耐えることもなく、破れる。粉々になって、敗れる。
カッターナイフの刃は無数の破片となって、蒼の方に飛び散る。顔に擦り傷が付けられる。
そして、蒼の視界内では破片と共に飛来してくるものが映る。飛来する物の中でも明らかに大きい。それは拳。カッターナイフを突き抜けて来ている。
よけられない──。
再び、悟る。
しかし、今度は拳を食らわせられるだけでは済ませない。
だいじょうぶ。まだ残ってる──。
わずか1メモリだけ残ったボロボロの刃を見てつぶやく。
蒼はカッターナイフのグリップを握り締め、足掻きを決め込む。
そうと決まれば、すぐさま行動へ。ほんのわずかしか考える猶予がない状況で、思いついて行動できるのは蒼くらいだろう。他の誰かではこうはできまい。
できる限り速く。できるだけ強く。突き出して、突き刺す。
いつもより切れ味が格段に悪い。深くは刺し込めない。だけど、これでいい。何もできずにやられるよりはよっぽど良い。
一発はかえした! でも、まだまだ──!!
次の瞬間、左腕の痛覚が跳ねて、消えた。
「いッ……!?」
痛みの強さが許容値を越えてしまったのだろうか。蒼は左腕から痛みを感じなくなっている。
しかし、左腕に何が起こったのかまでは理解していない。痛みが無くなったのも集中を阻害するものが無くなったと思うばかりで、刺したカッターナイフを、両手で握りしめゾンビの傷を切り広げようと画策する。
されど、刺したカッターナイフを両手で握りしめられない。
ここで蒼はようやっと自身の左腕の状況に気が付く。
無残な惨状。骨折どころの話ではない。腕は幾度も骨折の箇所があるだけに留まらず、脱臼も。そして神経が逝かれてしまっている。腕がくっついているだけまだマシと言えようか、最悪の一歩手前といった状況。
だが、蒼は自分の左腕を見て絶望にさいなまれることはなかった。動揺もしない。戦いのことにしか目を向けていない。
左うでがつかえないなら──。
と、認識するだけ。アドレナリンが自分の状態のことを深く考えさせるのを阻止しているからかもしれない。蒼はただ刺したカッターナイフを右手で掴んで、片腕だけでゾンビの胴を斬り開こうとする。
ただし、カッターナイフの刃はもうすでにボロボロ。切れ味もおまけ程度しかない。蒼がいくら力を入れようと片腕のみの状況では圧倒的にパワーが足りない。それでもやるしかない。蒼はやるしかなかった。
「おりゃあああああああああああァァ!!」
叫んで、残る力を全てここに込める思いで、右腕に力を籠める。カッターナイフはズズズと動き始めて、ゾンビの傷を広げる。
が、それは丸太のゾンビにとっては些細な傷でものともしない。蒼のアリが噛みついた程度の攻撃に対して、ゾウがアリを一踏みするように圧倒的なパワーの差を見せつけるがごとく腕を振り上げている。しかも今度は今度は手に丸太を持っている。
蒼は流石に無理だと判断し、カッターナイフから手を放す。丸太の攻撃を避けるため、2ステップで後退する。その直後、元々いた場所に丸太が振り下ろされる。間一髪で回避できた。だが、後退後、初めて自身が本当の窮地に立たされていることに気が付いた。
冷たい──!?
蒼は背中に硬いものを感じて、同時にひんやりとした感覚があった。ゾンビから目を離さず手で後ろを確認する。すれば、滑々とした硬くて冷たくて平面的に広がっているもの。
背後には壁があった。
偶然か、それともゾンビの作戦か、いつの間にか壁際に追い込まれていた。
蒼にはもう逃れる空間はない。
丸太のゾンビは追撃を加える姿勢。
蒼はもう一度カッターナイフを生成させ始める。
手からは魔力が武器へ変換されていくような感覚。蒼はそれを感じると、壁を蹴って迎え撃とうとする。壁に足を置き蹴り込む瞬間、自身の感覚に違和感を感じる。
やけにふわふわとした感覚。ちょうど昼休み後の授業でうたた寝をし始める時の感覚に似ている。そして、視界も一瞬ぼやける。蹴り込もうとした足に力が入らず、蒼は床に膝立つ。
なんだ──!?かんかくがおかしいぞ──!?
全身の感覚まるごとおかしくなり、力が入らずせっかく生成した武器が手から零れ落ちる。
だめだ──。力が入らない──。
迫る丸太を見て、命の危機を感じる。もう幾度経験したかわからない窮地。その度ごとに抜け出してきたが、もはやこれまで。蒼は死を悟る。
が、丸太のゾンビの後方から月光を受けて輝きながら急速に刃が飛来する。
それは丸太を振り上げる腕にわずか数ミリで当たらず、壁に突き刺さる。
「海桜!!!」
その刃がハサミの一部だと気が付いて、海桜が助けてくれた、と理解した。
でも、チェンソーの方でいっぱいいっぱいだったはず──。
蒼を助けることができるよゆうなんて──。
直撃こそはしなかったが、ゾンビは攻撃の手を止めて飛来してきた方向を見やる。同じように蒼もその方向へと目線をやる。
すると、海桜がモノを投擲し終わったように見える姿で立っていた。
その後ろでチェンソーのゾンビは再生し始めて、足がもうすでに出来上がっている。
海桜はすぐに体を翻し、再生を阻止しようと動く。が、武器を投げてしまって手元にない状態から再生成するまでに、ゾンビは上半身まで再生させて後は頭部を残すのみとなっている。
再生成して間もないハサミを振るい、腹部を狙う海桜。だが、それは再生途中のチェンソーのゾンビ自身に阻まれる。相手もチェンソーを再生成させていたのだ。
この様子を見た蒼は気が付いた。
そうか……、蒼をたすけるために、チェンソーのさいせいをゆるしたんだ──。
蒼が失敗しなければ……、蒼が負けなければ……──。
少しの時間の経過でふわふわしていた感覚は収まり自力で立つことはできるようになったが、イかれてしまった左手の痛みと丸太で殴られた腹の痛みが押し寄せて、まともに動くことはできない。
もうすでに、目の前の丸太のゾンビを討ち倒すことはかなわなくなってしまっていた。
一方、海桜はチェンソーに一度目の攻撃を阻まれるも、二度目は突きで再度行動不能状態にさせようとしている。ハサミの切っ先はチェンソーのゾンビの隙を突き、腕の付け根を抉り突く。
現状は圧倒的に海桜が有利な状況。またチェンソーのゾンビを封じ込めることは不可能ではない。
しかし、そこへ邪魔が入った。丸太のゾンビが再び蒼の方に向かうことなく、丸太の切り口を掴んで、仕返しといわんばかりに海桜へ投げつけた。
丸太は海桜ばかりではなく味方もろとも巻き込む位置に放り込まれる。
海桜は丸太に気が付く。が、気が付いたのが遅かった。
選べる選択肢は一つに限られ、回避を強いられた。跳んで回避するも、チェンソーのゾンビを行動不能させること能わず、距離を取られてしまう。
続いて、丸太のゾンビは蒼の方に向かう。息の根を止めに来たのだ。
対する蒼は回避に賭けるつもり。それしか選べない。しかも、怪我を負っているのに完全に避け切れるわけもない。最悪の選択肢のみしか残されていない状況。これ以上の怪我は死に直結する。そのために回避にすべての神経を集中する。
その時、
「蒼!!!」
唐突に声を上げて向かって来る者が一人。それは当然、海桜。
海桜は機敏な動きで以て丸太のゾンビの初撃に間に合う。振り下ろされる丸太をハサミで受けつついなし、蒼の腕を引いてその場から離れる。ゾンビは追いかけてこない。
「みおぉ、こ゛め゛ぇん……。みおの足ひっぱっだだけでなにもできなかっだぁぁ……」
むせび泣く蒼。涙が頬を伝い、傷跡に染み込む。
「仕方ないよ。あいつ等は不死みたいなものだし、それに加えてバカみたいに強力。今まで戦えてたことが奇跡だよ」
そう言いながらある程度相手から離れたことを確認し、足を止めた。
手を繋がれていた蒼は急な停止でよろめく。それを海桜は胸に手を当てて支える。
「それより気づいてる?」
「…なんのごどぉ?」
涙は止まっているものの、その余韻が言葉に濁点をつける。
そして、急な問いに蒼はまったく思い当たりがないでいる。
「あいつ等の足元。植物の茎みたいなのがあるでしょ」
海桜が指さす先にひも状に伸びた緑の物体がある。
それの一端はゾンビの足に繋がっていて、反対側は廊下の端を通って二人の後方はるか遠くまで伸びていて、端が見えない。
「あれが魔力の供給を担ってる。……たぶん」
海桜は目線を青の方に向けず一点に固定しながら説明をする。
ゾンビの動きから目を離さないためだ。
「再生が足元から始まっていたのも、そこから魔力を供給していたからで、茎から流れて来る魔力はおそらくゾンビのコアから来ているはず」
憶測を言う。
しかし、ある程度の確信を伴っており、そこから現状を打破するための行動を導き出す。
「だから……、やることは単純。あの茎を辿ってコアを壊せばいいだけ」
海桜の考えに蒼はいい顔をしない。
泣いていた余韻は晴れて言葉も鮮明に思考も明るくして、馬鹿正直な蒼本来の姿を見せる。
「蒼たちはここからはなれてコアを壊しにいくってことか?
それだとあのゾンビを放っておいたらみんながきけんになるって、海桜が自分で言ってたぞ。蒼たちがなんとかしないといけないんじゃないのか」
「たぶん蒼はもう戦えないでしょ。怪我が酷いし、腕も一本逝かれちゃってる。
あと、ちょっと見てたけど武器出す時めまいしてたよね。蒼の魔力はもうほとんどないっていうことじゃん。」
「あれって魔力がたりないってことだったのか……。はじめて体験したぞ。よくわかったな」
「紡希が魔力不足になった時に似てたからね。
今がもうその状態ってことはこれ以上魔力を使うことはやめておいた方が良い。」
「蒼はもう戦ったらだめってことか?」
「そう」
「じゃあ、あいつらはどうするんだ? まさか放っておかないよな」
「無論。放置なんてしない。誰かが押さえ込んでいないといけない、から。……私一人で戦う」
海桜は一瞬言いよどむ。それはためらいの表れ──ではなく、覚悟の表れである。
「無茶だぞ! 海桜一人だけだったら、絶対勝てないぞ!」
「大丈夫。勝てなくても、負けなければいいだけだから」
「でも!」
「どれほど味方が居ようと根本を叩かなきゃ絶対に勝てないから。蒼にはコアを壊してきて欲しい」
「でも! でも!」
「もし二人でコアを壊しに行くことになっても、まずはあの二体のゾンビから逃げなくちゃいけない。
自分一人で逃げるなら可能だけど、手負いの蒼と一緒に逃げることはまず不可能。
だから、先に行っててほしい。こっちも無理だと思ったら必ず逃げるから。それに、そもそもガッツリ戦うわけじゃない。逃げながら戦う。約束する。絶対に死なないって」
「でも、蒼だけじゃコアを壊せないかもしれないぞ。」
「それも大丈夫。あの茎みたいなやつに気が付いた誰かがいるはずだから。
紡希。玲奈。絆。梨乃。きっとこの中の誰かが気が付いて、コアの存在を想定して辿ってその場所に向かってる。
信じてほしい、私のことも、皆のことも、蒼自身のことも。きっと全部うまくいく」
海桜は隣にいる蒼に拳を突き付ける。
その行為には”託す”意味が込められている。
「突っ走って! とりあえず先制するのが蒼の特技でしょ! さあ、早く!」
「そこまで言うなら……、わかったぞ! 絶対に死ぬなよ!海桜!」
そう言い、海桜を背にした。
海桜は蒼の去る姿を見なかった。遠くなっていく足音で廊下の闇を進む姿は想像できた。
「ここからが正念場だ……」
二体のゾンビに相まみえてつぶやいた。




