死を喚ぶ鳴動…………………………59mg
<蒼視点>
「海桜!!」
至近距離で轟音を受けてしまった海桜に代わり、ゾンビを斬り倒す。
防犯ブザーはゾンビの身体と共に真っ二つに割れ、徐々に塵と化し消えていく。
それを確認せずに、海桜の方へ駆け寄る。
「だいじょうぶか!? 海桜!!」
ただごとではない。
海桜はしゃがみ込んで頭を押さえている。そして、耳の穴から血を流している。
「しっかりしろ!!」
明らかに危うい状況。だが、蒼は声をかけるだけに留まる。何か自分にできることを考えてはいるが、頭の出来はいい方ではない。こういう時、すべきことは知らないし、思いつきもできない。だから、声をかけるだけで何もできない。
海桜はいつの間にか倒れていた。意識が朦朧としている。しかし、その状態に至ってももがいている。何かを伝えようとしている。蒼の目にはそう映った。
蒼は感が悪い方だ。非言語的なメッセージから伝えたいことを読み取ることはできない。
だけど、この時だけは違った。海桜の行動、直前のゾンビの動き、蒼を取り巻くすべての状況が蒼の本能的な部分を刺激して、この後来る事象を直感させる。
「ここから離れるぞ」
蒼はそう言って、海桜を背負う。小さな背中は一人を背負うのには十分ではなく、立ち上がるのもやっとだ。それでも、足を前に進ませる。ゆっくりでも少しずつ前に。
かくれられる場所はどこだ──。
いつの間にか意識を失っていた海桜の重量に耐えつつも、ない頭で考える。
バックヤードの廊下に間隔の大きい足音が響かせる。ただ、それは一定ではなくバランスを崩して2度連続で鳴ることもある。それでも、転ばないように踏みとどまって、また足音を鳴らす。
通常より時間を掛けて移動するものの、やはり海桜を背負っての移動は蒼には難しく、あまり距離を稼げていない。また、前に進むのに精一杯で逃げ込む場所すらも未だ決めていない。
蒼たちはどこに行けばいいんだ──。
背負う海桜の足を引きずって進む蒼は悩む。
しかし、記憶の片隅に一つ心当たりを見つけた。
そうだ、たしかあったぞ。いっかい通ったとこだ──!
蒼が思い出したのはここに至る前に見つけた扉。プレートには「従業員控室」と彫られていたその扉を見た時はバックヤードから表に出る扉を探していたから、スルーしていた。
「そこなら」と考える。その場所にさえたどり着ければ、危険な状態は一旦は回避でき、海桜が起きるのを待つことができる上、先ほどの爆音で受けた頭痛が収まるまで休憩できる。
蒼はたどたどしい歩みで従業員控室を目指すことにした。
…
しばらく時が経っての事。
進んだ距離は三十数メートルほど。道中には、一度通った時見逃していた部屋がいくつかあった。これならば従業員控室まで行かなくとも済む所であったが、いずれの部屋も使えない状況。理由は扉がない、扉が開かないというもの。しかし、目的地までもうすぐそこ、目に見える範囲まで来ていた。
もうすぐだ──と、思うと同時に、蒼は背後が気になっていた。
さいせいしてこっちまで来そうだな──。
蒼は後方を振り返り見て思う。
気がかりの原因は防犯ブザーのゾンビ。
それを斬り捨てたままで放置していた。しばらく時間が経った今、あのゾンビがすでに再生が終わっているとしてもおかしくはない。蒼たちを追いかけている可能性がある。
拘束するなどして、再生しても動けない状態にしておけばよかったのに、海桜の一件でその時は気が廻らなかった。
おいつかれたら、いやだな──。
蒼は背負っている海桜のことを気にして思う。
もし追いつかれて戦うことになった場合、海桜は近くに下ろしておくことになる。
その一体とだけ戦うならまだいいが、起こるかもしれない悪いことがある以上、姿が丸見えになってしまう通路には居たくない。
たおしてすぐに無力化しておけばよかったぞ──。
後悔先立たず。今更後悔したって今はもう今なのだからどうしようもない。これからに掛けるほかない。
唐突に蒼は立ち止まる。
「海桜、ちょっとごめんな。一旦下ろすぞ」
いつの間にか後方で増えていた足音。先程考えていたアイツ。蒼は迎撃態勢に入った。
目的地と逆方向──つまり、後方にいたのはやはり防犯ブザーのゾンビ。
ピンを引き抜いてあの酷く煩い音を発しようとしている。
「もう同じ手はくらわないぞ!!」
地面を蹴って一瞬で接近。そして、防犯ブザーをカッターナイフで貫き、破壊。勢いは止まることなく、ゾンビの腹部まで突き刺さる。
蒼は二撃目として腹を刃でこじ開ける。鋭く尖った刃は抵抗なくゾンビを切り裂いた。
よろめくゾンビ。だが、まだ行動ができる状態。
だから、蒼は後ろにまでカッターナイフを振りかぶり、次なる手を繰り出す。
下に凸の半円を描くような太刀筋を見せ、股下から頭上まで斬り上げる。
ゾンビの体は左右へ分断され、今度こそ何も行動ができない状態。
蒼はそれを確認すると、海桜と目的地がある方へを振り返る。
早くかくれないと──。
海桜が想像して、蒼に伝わったあの悪い予感がいつ起こるのかがわからない。
できるだけ早く、従業員控室に逃げ込まないといけない。
もう目と鼻の先の目的地に一緒に到達するために、海桜の所に駆け寄る──その途中、蒼は思い立った。
蒼は斬り伏せた防犯ブザーのゾンビの所に戻った。
二つに分割されたその体を抱え込み、持ち上げる。求めるものを探して周囲を見回す。
それはすぐ近くにあった。
止まれず衝突するほどの勢いで駆けて向かい、はやり止まれずぶつかる。
その物は音を立てて割れる。割れた先は何にも隔たれることのないそのままの月が見えた。蒼が故意にぶつかっていったのは窓。そして、割れたものは窓ガラス。
蒼には窓を開く時間すらも惜しかった。
「よいしょっと!!!」
ガラスが割れたことで外の空気が流れ込んできたその穴から、ゾンビの体を外に捨てた。
ゾンビをそのままにしておけば、いくら行動不能にできているとはいえ、自分たちが隠れる居場所がばれてしまうかもしれない。その懸念があったから蒼は外に投げ捨てた。
しかし、ゾンビの足から伸びていた管のようなものが引っかかった。
「あれっ?」
蒼はうまくいっていないことに動揺する。だが、すぐに冷静さを取り戻して、カッターナイフで管を切る。中からは液体が出てきてはいたが気にしない。すぐさま海桜の元に戻っておんぶする。
おそらく時間はあとわずか。蒼は先を急いだ。
…
「従業員控室」に到達した。
この部屋は扉がある上、開閉も可能。
使えそうだ──。
そう思った蒼は海桜を背負ったまま、扉を開いた。
部屋の中は物が一つもなくがらんとしている。
中にゾンビがいないか、見回してから入る。
そして、部屋の奥に海桜を寝かせた。
自身は扉と海桜の間に立ち、自身の身長程あるカッターナイフを構えたまま扉を注視し始めた。
ここまでかんたんに来れた──。
海桜はおもかったし、一体だけゾンビと戦ったけど──。
ちらりと海桜の方を見る。
未だ気を失って、目を覚ましていない。
いつ目覚めるのか、蒼にはわからない。
だが、せいぜい悪い予感が実現した後であることだとなんとなく思っている。
海桜が起きるその時まで、蒼一人で海桜を守り切らなければいけない。
その状況で自分のやるべきことを再確認する。
蒼が海桜をまもらないと──。
従業員控室に入ってしばらく、足音が通路に響くのに気が付いた。
足音だけでは数えきれないほど総数が多い。
玲奈でも、絆でも……、仲間の足音ではない。
防犯ブザーの甲高い音に引き寄せられたゾンビの大群が来襲する音。
それは山崩れで土砂が流れ込む音に近いと思わせる。
悪い予感ってこれのことだったのか──。
蒼はカッターナイフを強く握る。入って来た時、即座に反応できるように。
足音は近づく。床の揺れが大きくなる。扉が震動で小刻みに揺れる。
足音の発生源が扉の前に差し掛かる。
勢いは弱まっていない。そこで止まる気配はない。
その様子から部屋には入ってこないだろうと蒼は感じる。が、気を緩めるつもりは毛頭ない。まだ可能性はあるからだ。
ゾンビの濁流はやがて扉を通過し、通り過ぎていった。
扉の揺れも収まり、静かになったその空間で数秒たった後、蒼は構えを解いた。同時に息をつく。
蒼は視線を後ろにやる。そこには海桜がいる。まだ目覚めていないが、それを確認して蒼は安堵した。
海桜が目覚めたのはそれからしばらくのことだった。
…
「現状は?」
気が付いた海桜は起きて早々今の状況を問いかける。
「もう起きて、だいじょうぶなのか?」
「あー、まぁ大丈夫」
頭を押さえつつも海桜は答える。
少し頭痛があるだけで動く分には問題ないほどまでに回復している。
「こんな所で時間食ってごめん。みんなの捜索再開しよう」
「蒼はもっと休んでもいいと思うぞ」
「大丈夫。必要ない」
「そう、なのか……。でも、海桜。つかれたり、しんどかったら言えよな」
「わかってるよ。今は大丈夫だから、」
海桜はドアノブを捻りながら、返答する。
蒼の表情を見ずに背中を向けている。
扉は開かれた。
「行くよ」
振り返らずに部屋の外へ出ていく。
蒼はその後ろを追って急いで部屋を飛び出る。そこで、立ち止まった海桜にぶつかる。
「急に止まるなよー。危ないぞ」
「ごめん、ちょっと。あっち」
指さした先にゾンビが二体。海桜達に気が付いている。
一体はチェーンソーを持ち、一体は丸太を抱えている。
「海桜、大丈夫か?戦えそうか?」
「まだわからない。……けど、やるしかない」
二人は武器を構える。
そして、相手の出方をじっくりと観察する。
はっと気が付いた蒼が声を上げる。
「蒼あいつら知ってる……!」
蒼には見覚えがあった。
そのゾンビは生前幾多の魔獣を討伐してきた。
戦闘力を持たざるか、低いかの魔法少女が大半である中で。
精々数体を倒すのが関の山の中で。
幾度も命を賭して戦ってきた。
だが、ベヒモスを前にして全滅していた……。
「武闘派の魔法少女だ……!」




