月下アルバイノー……………………6mg
気配の方に振り向いた。
数十メートル先。
魔物だ。白い大蛇がいる。
とぐろを巻いて──大きいため、木一本の中心に巻くようにして、
こちらの様子をうかがっている。
すぐに攻撃というより、まずは威嚇、という様子だ。
魔獣と相対したのは2回目。
クモのときはいきなり戦闘だったが、今回は来るとわかってた。
その分、恐怖か、緊張か、はたまた動揺か。
よくわからない感情がだんだん増幅してくる。
心臓の拍動が激しくなる。
大丈夫。落ち着いていれば大丈夫。
敵はすぐには襲いかかってこない。
と、考えている紡希の予想とは裏腹に大蛇は動き始める。
口を大きく開く。
かと思えば勢いよく飛びかかってくる。
その針のような前歯は月光に当たって怪しく光っている。
それに噛まれたらひとたまりもない。死が待ってる。
そうは思えど、見えていれど。
動けない。
体が、言うことを聞かない。
体の動かすことは幼児でもできる。
が、今はできない。
足がすくんで動けない。
蛇に睨まれた恐怖から抜け出せない。
どうにか動いて避けないと。
でも、どう動けばいい?
わからない。
今回避しないと、死んでしまう。
お願い。動いて! 私の体!
勢いよく横に飛び避ける。
いや、自分で動けたのではない。
海桜だ。海桜が引っ張ってくれたんだ。
そのおかげで大蛇の突撃は間一髪で避けられた。
「ありがとう、海桜」
「感謝は後でいくらでも聞くから、今はあの大蛇に集中して!」
見ると、海桜はもう変身して、大蛇に切り込もうとしている。
私もすぐに変身する。
そして、自分の武器──充電器も取り出す。
さぁ、準備はできた!
本当にできたのだろうか?
いや、できていない。
肝心の武器がこれじゃ…
それじゃ、戦いは海桜に任せて──って自分も何かしないと。
自分ができることを考えよう。
今自分にできること、
1.海桜の応援
2.逃げる
3.囮
選ぶべきは、3.囮
まずは蛇の注意を私に向けて、攻撃を木を使って避ける。
その隙に海桜が斬る。
よし、これでいこう。
今度こそ、ちゃんと動ける。
─海桜視点─
海桜は思案していた。
相対する大蛇を倒すにはどうすればいいか──状況を整理する。
ここは木が密集する森の中。
私の武器は太刀ほどの長さのハサミ。
振り回すと木に引っかかる。
大振りはできない。
だが、突く、縦切りができる。
ハサミの留め具を外せば、二刀になる。それを使えば、縦切りができる。
そして、大蛇もあの巨大じゃ、行動がかなり制限される。
できることといえば、
飛びついて、噛み付いてくること、ただそれだけ。
噛みつきに気をつけていればいい。
噛みつきを躱し、ハサミで頭部を縦切り。
普通なら頭部にあるコア、を破壊すれば、
それでおしまいだ。
さぁ、来るなら来い。
予想どおり大蛇は先程と同じように大きく口を開けて牙を剥き、噛みつこうと突っ込んでくる…
かに思われた。
突然進路を変えたのだ。
それも紡希の方へ向かって。
まずい
紡希を助けに行くか?
──だめだ、間に合わない
「紡希! 逃げてっ!」
─紡希視点─
願ってもないチャンス。
大蛇は海桜にではなく、こっちに来た。
「紡希! 逃げてっ!」
海桜がなにか叫んでいるが、気にしない。
避け続けるだけ。
眼の前のことに集中──。
目前まで迫る大蛇
今だ!
心の中で叫んだ瞬間、横に避け、木々の合間を全力疾走する。
大蛇は方向を切り替え、紡希を追う。
更に横に曲がり、疾走し続ける。
まだ、着いてくる。
横に。横に。時には蛇の胴を越えたり、くぐり抜けたり。
紡希は疾走しながら何度も方向転換を繰り返し、ある時を待つ。
…
少し前、
大蛇が海桜から紡希に標的を変えたとき、
蛇の長さがその巨体に見合う分長く延びていることに気づいた。
その時、木に絡ませてしまえばいいと思いついた。
蛇は巨大な分、木と木の間を通るのでもあまり空間的な余裕がない。
大蛇は紡希を追いかければ追いかけるほど、次の動きの自由度が下がる。
だから、海桜の攻撃のための時間が稼ぐことができると考え、実行した。
実際、紡希が逃げれば逃げるほど、
大蛇は動きにくそうにするが、
さらに追いかけ、さらに絡まる。
遂には、そのある時が来た。
大蛇はほとんど身動きが取れなくなったのだ。
「海桜、今がチャンスだよ!」
─海桜視点─
海桜は紡希の行動に少し驚いた。
紡希に出会った第一印象は内向的で大人しい子。そして、戦う術をもたない子。
そういう印象だった。
紡希のことは守ってあげる存在だと思っていた。
それなのに、
今日、魔獣討伐に連れてきたのは
紡希は魔法少女として一人では生きていけない子だと思ったから。
いっしょに行動して、いつでも守ってあげようとした。
だが、
現在眼の前で逃げることによって大蛇をほぼほぼ行動不能にした。
紡希は逃げるという戦う術を持っている。
そう再認識した時、海桜は考え方を変えた。
紡希は守るべき存在ではなく対等な存在である、と。
「海桜、今がチャンスだよ!」
その声にハッと気づいた。
今自分がすることを。
バッと刃を振り上げる。
狙うのは頭。頭部のコア。
振り上げた刃が頂点に達し、振り下ろすモーションに入る。
──決まった。
そう思った。
動けない相手に重い一撃が入る寸前のところまで来たのだ。
そう思うのも無理はない。
だが、完全に敵を倒し切る前のほんの僅かな油断が命取りになる。
木に絡まって動けなくなったはずの大蛇は木を圧し折った。
海桜の一閃はいとも簡単に回避されてしまった。
これは海桜にとって想定外のことだった。
大蛇の巨体からすると、木ぐらい圧し折ることができるのは想定できること、だったのに、想定しなかった、いや、想定できなかったのは
大蛇は木を圧し折るような行動を取らず、あえて木々の隙間を縫って攻撃していたからだ。
頭部を攻撃するため、近くまで寄っていた海桜に大蛇の牙が襲いかかる。
海桜はハサミの片刃を全力で振り下ろして、バランスを崩している。
避けられない。
脚に力を入れて踏ん切ろうにも、土と枯れ葉で足が滑る。
避けられない。
昨日、紡希に突き付けられた『死』の文字が今度は海桜に突き付けられる。
あぁ、こんなとこで終わるんだな。
私の人生って。
もうコンマ数秒で死んじゃうんだな。
まだやりたかったこと、やり残したこと、沢山あったのに。
紡希が青ざめた顔で助けようと駆け寄ってくるのが見える。
紡希。走って来たって間にあわないよ。自分のことだけ考えて早く逃げなよ。
まだ会ったばかりだけど、昔からの友達のような気がしたよ。もっと話したかったな。
視界は赤に覆い隠される。
海桜を噛みつかんとする大蛇の口内のドス黒い赤色だ。
辺りはまだ暗いのに、その色がやけにハッキリと見える。
大蛇の顎は閉じかけている。
正真正銘、これで人生の最後だ、
と覚悟を決めた。
ヒュッと風を切る音。
固く尖ったものが液体を掻く音を響かせる。
大蛇が倒れた。
逆に海桜は助かった。
一瞬何が起こったのか理解できなかった。恐る恐る目を向ける。
大蛇は口を開けたまま倒れていた。
そして、大蛇の目には何かが反対側のもう一つの目を突き抜けた跡が残っている。
大蛇の目を貫いたものは木をも貫き、何本目かで止まっている。
それは矢であった。
大蛇が死んで、徐々に粒子になっていくのを確認した時、フッと体の力が抜けた。
「助かった…」
そう思うと、気も抜けた。安心したのか、眠くなってきた。
いや、単に意識を失いかけているだけかもしれない。
ただ少し疲れた。少しだけ寝よう。
薄れゆく意識の中、紡希の海桜を案じる声と誰か知らない声が聞こえてきた。
誰だろうと気にはなる。
が、誰なのかを確認する気力はなかった。
そうして、海桜は眠りに落ちた。




