一方的な対話…………………………57mg
紡希が飛び込む勢いのままに全身を投げて差し込みに行ったプラグは、紙のゾンビの胸に深く突き刺さった。
接続が完了すると、充電器からはボーっと淡い光が発生し、次第に強い黄色の光へと変わっていく。そのたびごとにゾンビは苦しむ。
だが、それはたった少しの間のことで、紙のゾンビはピクリとも動かなくなって、充電器の光も途絶えた。
「紗織を無力化できた……?」
紡希はプラグは念のためまだ抜かず、紗織の様子を確認する。
指でつついてみる。
反応がない。
肩を叩いてみる。
反応がない。
これはもう無力化に成功できたといってもいいんじゃないか。
紡希はそんなことを考えて、息をつく。
ほっとしたのもつかの間、絆の方の結果をまだ確認していないことに気が付いた。
視線を後ろ──進んできた足跡の方に振り向く。
すると、姿鏡のゾンビはロープでぐるぐる巻きにされた状態で、絆はその傍に佇んでいる。少し寂しげな表情で。
「こっちはもう大丈夫。そっちのも見てたよ」
絆が振り向いた紡希に対して答える。
「……それじゃ、始めよう」
…
無力化した二体のゾンビを並べた。
間近で見るゾンビの顔は思ったより崩れてはいなかった。皮膚の全体が少し変色して、一部が爛れているだけで、まだまだ人間味が残っている。
絆が花音の手を取る。
手に触れた時、絆は「冷たい」とつぶやいた。その言葉がまだ戦闘終わりで早く心拍を刻んでいた心を圧迫する。
「花音、また会えたね……。こんな形になっちゃったけど」
「元気にしてたかな? ……あ、いや。そんなわけないよね。ごめん……」
本題に入る前の前座話で、絆は言葉に詰まる。なにも思いつかないまま、とりあえず出した話題で、失敗したことに気が付いて謝る。ただし、花音から返ってくる言葉はない。それは不機嫌だからというわけでなく、無力化されているから、と、ゾンビだから。
「花音ってさ、魔法少女で幸せだった? 紗織さんのほうもよければ聞きたいな」
絆は思い切って、本題を切り出す。が、花音からも、紗織からも、もちろん返答がない。そんなことを絆は百も承知だが、あえて聞いている用に見える。
「そうだよね。幸せかどうか聞かれても、何が幸せかわからないよね」
絆は声を落とした
「幸せってなんだろね。楽ってことなのかな。楽しいってことなのかな。つらい過去があったら幸せって言えないのかな……。」
「やっぱり考えてもわからないや。……でも、もし私達魔法少女の人生が不幸だって決めつけられているのなら、私はそれを否定したい。だって、皆こんなに体張って頑張っているんだよ。例え、幸せでなかったとしても不幸なはずがない。精一杯生きた人生が不幸なはずがないよ。」
「花音の人生も不幸じゃなかったよね?
きっとたくさんの出会いがあって、たくさんの経験をして、それぞれがあなたの人生に華を添えてきた。
そんな人生を辿ってたどり着いた先は少なくとも不幸で最悪な場所では無かったよね?
花音は私に答えちゃくれないから、本当のことはわからないから、勝手にそう思っちゃうよ。」
「私達魔法少女は決して不幸な存在じゃないって」
「でも、このままじゃ、みな救われない。
ゾンビになったままではみんな苦しいし、その呪縛から解き放たれたいはず。
それに、死んだ後に不幸になっちゃったらいけないもんね。
私達は今からゾンビを倒す。
どうすれば倒せるのか、わからないけど、私にできることは全てやってくるつもりだよ」
「見ててね。私達の行く末を」
と言った絆は花音と紗織を背にして、少し離れた場所で待機していた紡希の方へと向かう。
その姿には友達の死を乗り越えて得た決意と覚悟があった。
…
紡希は静かに待っていた。
絆と花音達の最期の別れが終わるのを。
紡希は花音とあまり面識がない。トンネル前で死神に襲われていた時とメデューサにとどめを刺した時くらいしか一緒にはいなかった。だから、それほど仲が良いわけではない。
一方、絆は花音と仲を深めていた。時間的には2日だけという短い期間ではあるのだが、紗織の捜索を共にしたり、花音が死のうとするのを引き止めたり、とその内容が濃い。2人は親友と呼べるほどの仲になっているのは間違いなかった。
花音達とあまり親しくない紡希が、絆と花音達の別れを邪魔したくなくて、少し離れた場所にまで身を引いたのは当然のことだった。
「紡希ちゃん、終わったよ。」
紡希のところに絆が帰ってきた。
その表情はどこかすっきりとしていた。
「急いでるのに時間使っちゃってごめんね」
「ううん。大事なことだもん」
「ほんとうに、ありがとう」
絆は紡希が少し離れた場所にいた意図に気がついてか、感謝の気持ちを語った。
「これからどうしょう?」
紡希はすべきことに悩んだ。
ゾンビを倒すといえど、どうすれば倒せるのかはわからない。紗織にプラグを挿して魔力を吸収したとき、底なしの魔力を感じた。
底なしの魔力を感じたといっても、はっきりどれくらいかまではわからない。経験に基づいた"なんとなく"の感覚だからだ。
ただ、あの一瞬の攻防の中で魔力を吸収して無力化させるのは不可能だと思うほどであることは確実だった。
だが、現実ではうまくいった。魔力を奪い尽くすのもまったく時間はかからなかった。
こんなことおかしい。起こり得るはずがない。自分の感覚が間違っていたのだとしたら簡単に解決する問題なのだが、100%ではないにしろかなりの自信があった。だから、挿した瞬間、あの瞬間には魔力は膨大にあったが、その後すぐにほとんどの魔力が消失したとしか考えることは出来ない。
あの一瞬で何が起こったのか、この原因を究明しなければ、ゾンビを倒す方法は探れない。
「紡希ちゃん。一つ提案いいかな?」
絆の言葉に紡希は頷いた。
「さっき気がついたことなんだけど、花音達の体から緑色の管が出てたんだ」
「緑色の管……。それって、さっき見たのと同じの…?」
「うん。多分、そうだと思う。
最初見た時はスルーしたけど、あれが花音たちに繋がっているってことは何か重要な意味があるはず。
これを考えて行くとね、一つだけ予想できた」
「それって?」
「ゾンビの魔力の供給源はゾンビ自身にはない。コアは別の場所にあるってことだよ」
なんとなくだけど、分かっていた。
たぶんそうだろうなって。
でも、抱えていた疑問の答えが明らかになってすっきりした。
「つまり、私たちが今からやることは管を辿って、ゾンビのコアを壊すということだよね?」
「そう。私が言いたかったのはまさにそれだよ」
私たちは、花音たちをその場に置いていって、先に進むことになった。
でも、その全てを置いていくわけではない。物理的でないもの、例えば、彼女たちが持っていた意志、夢、無念さ。その全てを背負っていく。そして、必ず私たち魔法少女が不幸ではなかったことを示して見せる。
最後の四魔、ゾンビ。やつを倒せれば、四魔はいなくなって、魔王は復活しない。残る強敵はいなくなる。街の平和は守られるし、魔法少女自身にとっても無謀な戦いに命を懸けなくて済む。
だから、これが私たちの最後の戦いだ。




