魔法少女の幸不幸……………………56mg
わけが分からない。
夢であったなら、跳び起きて額に脂汗を感じて、それだけで終わる話だ。
だけど、それは夢なんかじゃなくて、現実。
だとしても、あまりに酷い。この世界を作っている常人の域を超えた悪意を持つ者が、私たちを絶望のどん底に蹴り落とそうとしていると言えるほど、残酷で無慈悲。私たちの行く道に希望はないのか。夢のような現実はないのか。そんな問いかけも「イェス」とこの現状が答える。
全ては死神のいう通りだったかもしれない。
『魔法少女は皆、破滅する』
それを証明する事象。それは、花音が死んでいたこと。
「生きてるはずじゃ……」
ゾンビになった花音を見た絆の一声。
絆は、紗織を捕縛しようと手に持っていたロープを落とす。地面に落としたそれは、原形を保てなくなって絡み合った複数の束がほどけ、その束もまたほどける。
「なんで…… なんでなの」
壁や天井に響いて、エントランスホールに振動が反響する。
姿鏡を盾として運用する花音のスタイルはゾンビになった現在でも変わらない。姿鏡のゾンビは絆の攻撃から紙のゾンビを守るように二人の間に割って入り、盾を構える。
その光景で、絆はまた激しく動揺する。
生前と変わってなかったからだ。花音は他者を守りたがり、他人に依拠するという性格だった。特に、紗織に対しては顕著だったらしいことが、短い付き合いだったけれど絆にはわかっていた。その生前の性質がゾンビになってもなお受け継がれていることが誰かを庇う行動に現れていた。
爛れて表情も失ってうーうーとしか唸ることしかできなくなってしまった、花音の目が睨んでくるように絆は感じた。
あの日、かろうじて越えなかった境界を今は越えて堕ちて逝ってしまった花音。それをはっきりと見せつけられて、耐え難くなる。
「そんなこと、やめてよ!」
絆が叫んだ。
「また会おうって約束したけど、こんな再会ってないよ」
涙が漏れて溢れる。
「これなら二度と会えない方がよかった……」
言葉と涙だけが漏れて、立ち尽くす。
だが、ゾンビはそんな情景をくみ取った行動をしてはくれない。紙のゾンビが紙片を丸めて尖らせたそれを幾度も飛ばす。紙とは言え、魔力の込められたそれはコンクリートに突き刺さるほど。当たれば、ただじゃすまない。
迫る紙の弾を、絆はロープで撃ち落とす。
「紡希ちゃん。ゾンビの元凶、絶対倒すよ」
その言葉の裏には怒りが含まれていた。
絆はキレている。
花音が死んでいたことに対して、泣くでもなく、キレている。それは誰が見ても明らかなことで、生成したロープを握る手に力が入っている。
一方で、紡希は動揺はすれど、怒りという感情はない。それゆえ、絆の様子にも戸惑った。
何に対して怒っているのか。それは、花音に対して? 死神に対して? それとも、ゾンビに対して?
どれも違う気がする。そういう誰かを恨んでいるんじゃない。概念、ともまた違うけれど、なにかしらの大きいものに怒りをあらわにしているんだ。
……それは、魔法少女の人生?
そうだとしたら、絆の怒りがしっくりくる。人知れず魔獣と戦う私たちは常に危険と隣り合わせ。それ故、明日には、下手したら今日命を落としてしまうかもしれない。その現状に置かれている私たちは魔獣を倒したとしても、見返りは少ない。アプリからもらえるお金のみ。そして、いつかは人知れず死んでしまう。
その人生は幸せなのか。自分で選んで飛び込んできた世界だとしても、胸を張って幸せと言えるのか。
親友が死んでどうしようもなくて、それでも立ち上がって、前を向きなおして、自分のやるべき事を見つけて、それを果たす夢半ばにして死んでしまった花音の人生は幸せではなかったか。
世間の目から見たら、それは不幸せな人生。絆も心のどこかでそう思ってしまったのではないか。そんな自分に、また「花音の人生=不幸の人生」という等式が成立しているはずの世間に否定のメスを入れるがために、彼女は怒っているんだ。
私の考察はたぶん近からず遠からず、完全に一致してはいないと思う。でも、多分似たようなことを考えてはいるはずだ。
その絆の考えと、同じ考えを私も持っている。いつも死神の言葉が頭から離れていなかった。この先、皆不幸になってしまうのかもしれないと。でも、それを否定したい。
今も、過去も、この先来る未来永劫、私達はみな不幸なんかじゃないって。
死んだ魔法少女がゾンビとなって死んだ後も苦しんでいる。四魔ゾンビを倒して、魔法少女達の魂を救い出してあげる。それが私達の幸を証明するための最初のステップだ。
絆のゾンビを倒すという意思に答える。
「魔法少女のためにね……!」
…
姿鏡のゾンビが乱入してくる前と作戦は変わらない。絆のロープで捕まえて、対話を試みる。今の花音たちに向き合っておきたい。彼女たちは生きている間本当に幸せだったのかってことを確認したい。おそらく会話はできないだろうし、幸、不幸の確認もできないだろうけど。私たちの目標達成のための行動に推進力をつけることはできる。
まずは絆がロープを飛ばし、いきなり捕縛しようと試みる。
しかし、それは姿鏡のゾンビに阻まれて、うまくいかない。
ここで紙のゾンビが動く。
先ほどまでと同じように紙の弾丸を飛ばしてくる、とそう思った。だが、その予想とは裏腹に全く違う行動に出た。
紙のゾンビを中心に紙吹雪が発生し始め、それがだんだん大きくなる。その身体を包み込むほど大きくなった紙吹雪を腕を前に突き出す動作と共にこちらに飛ばしてきた。桜の花びらのように吹き散らばせ、私たちの視界を奪う。
そして、行き交う紙片が頬や腕、肌が出ている所に浅く傷をつける。
絆のロープで鞭打てば紙吹雪を晴らせるかも。と思い、口に出そうとする前に絆が答えた。
「任せて!」
ロープを打つと、一瞬視界が晴れる。が、それはわずかな間だけのことで、また紙吹雪に覆われる。
また。前が見えない。
少しのかすり傷ながら、腕や頬からは血がにじむ。傷の箇所も多くなる。
このままじゃジリ貧。決めた目的もなにもできないまま終わってしまう。
遠中距離では、私たちは勝てない。紗織の紙吹雪と絆の鞭では物量に差がありすぎる。
だけど、近づくことができれば、こちらに分がある。私は近づいて、プラグを差し込む。そうすれば、魔力を吸収して一人を無力化できる。そして、絆もロープを使って拘束できるから、それで合計二人を無力化できる。
だから、救い出してあげる方法は一つだけ、前に進むこと。前進しか道はない。
伝えるべく、絆の方を見る。
絆は目を合わせて、コクっと頷いた。
伝わってきた雰囲気から元々同じ作戦を持っていたような気がする。
多分これ以上合図なんていらない。
紡希は自分が思うタイミングのまま、紙吹雪の範囲を駆け越えた。
視界が一気に開く。
前には、姿鏡を構えた花音がいる。そして、その背後には紗織が。
このペアは手ごわい。生前でも、そうだったんだろう。
だけど、私たちならそれを越えていける。
遮る花音に紡希は跳ねた。花音を物理的に飛び越えた。
だが、簡単にしてやられる花音ではない。ゾンビになっているとしてもその防衛力は未だ健在。盾を構えていた手を放して、紡希の足首を掴む。
掴まれたせいで、紡希はその勢いを失う──その前に。空気を裂くような音をその空間に鳴らすロープが花音の手首がえぐり取り、花音の手と体が切り離される。掴んだ手はそのまま紡希の足に掴まるも、勢いに振り落とされる。
紡希は一つも失速していない。
後ろには紗織が控えている。手のひらの上にシュレッターに掛けたよりも小さい紙のまとまりを浮かばせて、待ち受けている。紡希が間近に迫った時、手のひらを前にかざし飛ばした。
紙吹雪よりも勢いのあるそれは、当たれば擦り傷どころじゃすまない怪我を全身に受けることになる。そのことを紡希は理解していないわけではないのにも関わらず、紗織への最短距離を進む。
紙片がいよいよ当たる時、わずか一打のムチが紡希の前方を晴らした。ムチの風圧で勢いを失った紙のまとまりは紡希の進む勢いに影響され、巻き上がる。
紡希は充電器を取り出す。利き手である右手にプラグを持ち、左手では端子を自分に挿す。
紗織はもう一度手に紙を生成しようと手のひらを広げる。
このままの走る速度じゃ、挿す前に攻撃を受けてしまう。紡希は直感した。
だから、前に踏み出す足に力を強めた。地面をがっちり掴むため、その次の動作で前方に跳ぶために。
足を踏み切った。
紡希の体は加速して。宙を跳んで。
プラグは紗織の胸に挿さった。




