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magical dose -魔法少女は破滅の道を歩む-  作者: 伊草


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(-感動)の再会………………………55mg

(紡希視点)


 なんとか逃げ出した。多くのゾンビに囲まれて、どうしようもない状況から、抜け出した。どうやってやってのけたのかもよく覚えていない。無我夢中だった。

 でも、あの状況から脱せたのは、玲奈のあの一言が大きい。あれがなければ、自分だけ逃げるだとか考えつかなかった。もしかしたら、そのままあの場で。


 そこまで考えて、紡希はゾッとした。


 今更ながら額に冷や汗が流れる。

 それを拭おうとして、右手を動かそうとする。

 が、動かない。というより腕はある程度のところまでは動かせるが、そこから先は動かせない。指は一本も動かせない。


 疑問に思うと同時に、自然にそちらの方に目を向ける。


 そこには、絆がいた。


 無意識に手を繋いでいた。


「あ」「あ」


 ぶつかる視線。

 気が付いて発する声が重なった。

 途端に離れる手と手。

 しばしの無言。だが、逃げ出すための全力疾走で激しくなった息遣いだけが聞こえる。


「え、えっと。紡希、ちゃん。他の、は……?」


 始めに無言を破ったのは絆。

 息が切れているせいで、途切れ途切れだ。


「わから、ない……」


 返答した所で、後ろからの足音が聞こえた。一つや二つだけではない。それよりも多い数だ。ゾンビは未だ追いかけてきている。それに気が付いて、絆と目を合わせる。


 私たちはまた走り出した──。




 激しい息遣いで深夜のショッピングモールを駆ける。

 逃げる者は追う者におびえながらも、その足を止めない。


 ふと、視界の中に一画の空きテナントが見える。

 中はいまだ商品棚が残り、散らかっている。追跡者から逃れるには格好の逃げ場所。そう判断してそこへ逃げ込む。


 店内には、先ほど見えた商品棚の他に大きいレジカウンター。その物陰へと逃げ込む。

 ちょうど二人が隠れることができるスペースがあった。

 そこで息を潜める。が、二度も全力疾走したことが原因で、息が上がったまま落ち着かない。


 外から物音が聞こえた。と同時に肉が腐った匂いが鼻腔を刺激する。

「来た……」

 べちゃべちゃと粘性のある足音。

 カウンターのその向こうで今ゾンビが歩いている。見てもいないのに、その様子が分かる。

 息を殺す。今、呼吸しては絶対にバレてしまう。

 緊張感が時間の感覚を狂わせる。

 ゾンビはまだ通り過ぎない。あまりにも長すぎる。

 まだか。まだ向こうに行かないのか。

 肺から送り出された空気が口から洩れそうになる。


 感覚的な時間にして一時間以上。ようやくゾンビはその場から立ち去った。


「もう、いないよね……?」


 レジカウンターの物陰に屈んで言う。

 絆は床に手を付き、物陰から顔をのぞかせ、外の様子を確認する。


「たぶん、大丈夫みたい……」


 視界から見える範囲では何もいない。

 安全を確認すると、カウンター下から這い出る。


「皆、大丈夫かな……」


 不安を口にする。

 多くのゾンビに囲まれて全員が生存できるとは思ってはいない。仲間の一人くらい、運が悪ければ自分たち以外全員死んでいる。現実的に考えれば、そう思わざるを得ない。もしかして、幸運にも、なんて言葉は現実によってすぐに覆されてしまう。そういう希望的観測は捨てなければいけない。

 でも、希望というものはハチミツのように甘くて舌触りがいい。自分たちが生きているのだから、他の全員生きているはずという甘い希望を持った破綻した論理を手放せない。そんな素晴らしいものを放っては置けない。捨てたとしても、もう一度拾い上げてしまうほどの魔性の魅力がある。


「皆ならきっと大丈夫だよね」


 ぽつりと発した言葉。

 外に吐き出してそんな考えは最初からなかったものにしたかっただけなのに、その言葉は翻って自分自身の耳から染み込んでくる。そして、この今に安心するためだけに洗脳のように刷り込まれていく。

 信じたその考えと全く逆のことが起こった時、元から最悪な状況を考えておけば心に刻まれる傷は浅くて済むのに。事態を甘く見て後悔するのは自分たちなのに。


「そうだね! 紡希ちゃん!」


 そして、甘い思考は絆に伝播した。



 結局、心の中で仲間を信じているからという大義名分で甘い希望を取ることを選んだ私たちは、できる限りの虚勢をでっちあげて、空テナントの一歩外に踏み出した。


 その瞬間、靴裏に気持ち悪い感触がした。

 何か弾力のあるもの。

 恐る恐る見たその先に、緑色のツルのようなものがあった。


「なんだろ。これ?」


 踏んでしまった緑のぐにぐにしたもの。遥か遠くまで延長されている。

 一見、植物の茎のように見える外見をしているが皆目見当が付かない。

 それ故、絆に尋ねるも、はやり絆もピンと来ていない。


「わからないけど、さっきまで無かったよね」

「うん」


 確かにこの空きテナントに入ってくるときには無かったものだ。

 慌てていたとはいえ、こんなものがあればすぐにわかる。

 となると、疑問が生まれる。


「じゃあ、いつからここに……?」


 二人して頭をかしげる。


「入ってきた時と今の間でなにか変化が起こすようなものあったっけ?」

「そんな一瞬で、変化が起こるようなものなんて……」


「ない」と言いかけて、頭の中に一つの可能性が浮かんだ。

 それを口にする。


「「ゾンビが来たこと……」」


 絆も同タイミングでつぶやいた。


「やっぱりゾンビが何かしたとしか考えられないよね!」


 同じことを考えたことから来る喜びか、絆は少しテンションを上げて話す。

 同じように、テンションを上げて答える。怖い感覚が麻痺してきているかもしれない。


「うんうん! 私も同じ意見だよ」


「…でも、何をしたか、これは何なのかまではわからないね」


 何なのか、についてある考えが思い浮かんだ。

 それを絆にぶつける。


「一つ思ったんだけど。これってゾンビが仕掛けた罠の可能性はない?」


 絆は少し考えて、「私の勘違いかもしれないけれど」と前置きを置いて続ける。


「それはありえないんじゃないかな。もしそうだとしたら、今私たちが触れてしまったことで何かが起こるはずだよね。例えば、ゾンビの大群が襲い掛かってくるとか」


 緑の長く伸びたものを足の先で軽くつつく。

 結果、何も起こらない。


「でも、そんなことは無くて何も起こってない。っていう理由で罠というのは考えにくいと思う」


 絆の言う通り、罠であるのならば何かが起こるはず。罠というのは、相手に損害を与えるためのものだから。


「一旦、この緑のやつは置いておいて、皆と合流しようよ」

「そうだね。でも、念のためにこれの事警戒はしておこう」


 紡希達はやっと合流のための探索を始めた。



 階は移動せずにもと居た二階を探索する。

 紡希はゾンビの出現条件を探しに一度二階を全て見てきたから、このフロアの地図は頭の中に入っている。その頭の中の地図を頼りに探索を進める。


「紡希ちゃん、あっちには何があるの?」


 絆が指さす先には長く伸びた空間がある。


「そっちはエスカレーターの方に繋がってるだけだよ」


「ふむふむ、なるほど。……一旦さ、戻ってみない?」


「どうして?」


「他のみんなが戻ってきているかもしれない、と思って。はぐれた場所に戻れば合流しやすいらしいからね」


 絆の言うままに動かないエスカレーターを下って一階エントランスへと戻ってきた。

 まだゾンビの集団がいるのではという懸念もあったが、そんなことは杞憂に終わった。ゾンビは天井に吊り下げた一体以外はすべていなくなっている。


「これだけ途端に居なくなると、なんだか怖いね」


 絆にそう投げかける。


「確かにそうだね。埋め尽くしちゃうくらいいたのにぱったり消えちゃってる」


 危機に瀕したさっきの状況は一転して、静寂が場を支配している。動いて物音を立てるのが自分達しかいないこの状況はゾンビが出現する直前までの状況と同じだ。それに気がついた時、麻痺したはずの怖い感覚が呼び覚まされる。


「何もなければいいんだけど……」


 絆のつぶやきはたぶん私と同じような感覚から来ている。

 経験したあのゾンビが突然現れる情景が脳裏に焼き付いて、今一度また同じことが起こるのではないかという恐れを抱いている。恐れは増大して、心を締め付ける。そうなれば、もう恐れは消えないし、減らない。できることといえば、その場から離れて恐れを忘れることだけ。

 怖気づいて、逃げの姿勢になる。


「やっぱりどこか探しに行こうよ。ここはちょっと……」

「実はわたしも……。ここは、すこし嫌だ。またなにか悪いことが起こりそうで──」


 悪いことはそれ単体で起こらず、二度も三度も繰り返される。それは今の状況でも例外は無い。


 視界の外から、二つの足音。二体のゾンビ。鏡面は月の光を反射していた。

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