奇奇怪死………………………………51mg
遅れてやってくるスーツ姿の若い男が一人、焦った表情で藪の中を駆け抜ける。
金の紋章が刻まれた紺の制服を一つの皴もなく着こなす警察官が敬礼するのに、軽く会釈をしつつ事件現場へと飛び込む。
「先輩!」
若い刑事の呼ぶ声に、いかにも中年の刑事が振り向く。
「おう、坊主。やっと来たか」
「すいません!」
中年刑事の前で止まった若い刑事は息を切らす。
「お前もうへばってんのか」
「全力疾走したんで。ところで、今回の事件はずいぶん山奥なんですね。まだ事件内容を確認していないんですけど、なにがあったんですか」
「このもうちょっと奥でな、遺体が見つかったんだ。」
親指を後ろに立てて指し示す。
その方向には今まで進んできた藪よりも深い藪がある。
それを確認した時、若い刑事は眉をひそめる。
「何嫌そうな顔してんだ。今からあっこに行くんだぞ」
「虫とかいそうで、行くのが嫌なんですよ」
「虫なんかそのへんにうじゃうじゃおる。全部気にしてたら日が暮れてまう。虫なんか無視しろ。虫だけにな」
中年の刑事はガハハと口を大きく開けて笑い出した。
「おもんないっすよ……」
若い刑事のつぶやきは中年の刑事には届かない。
「そんでー、山の中に遺体がある時ってのは大抵が遺体遺棄なんだが、今回のはどうも違う。まあ、そこらへんは見た方が早いかもしれん。現場見ながらの方が説明しやすいしな。善は急げだ、着いてこい」
中年の刑事は山の奥へと歩みを進めた。その後ろを若い刑事が付いて行った。
事件が起こった場所に着いた。
周りは完全に木々で囲まれ、足元には膝まではいかないものの背丈が少し高めの草が地面を隠している。まさに鬱蒼とした森という言葉が似あう場所である。
そして、こんなド自然に似つかわしくないブルーシートが一枚。その下には遺体が伏す。
「ここだ」
中年の刑事はブルーシートをひらっとめくって見せる。
内側に横たわっていたのは女性の遺体。
遺体の状態は明瞭な状態で、冬の寒さも手伝ってか腐っておらず、つい数日亡くなったことがわかる。
若い刑事の目にはずいぶんと若そうに見え、おそらくは10代ほどという印象を持った。
また、遺体の特筆すべき点があり、それが死因につながるような傷が肌に一切ないということだ。
「大きい外傷は何処にもない……。これ、死因は何なんですか?」
「これ言うな。物じゃねぇんだぞ」
「すんません。失言でした」
気をつけろよな、という意味が込められた視線を送りながらも、中年の刑事は話し始める。
「死因はな…今の所わからん。開いて見てみないことにはな」
「まあ、ですよね」
「正確な死因については検死の結果を待つとして、今やれるのは遺体の状態とその環境から考えるほかない。
まず最初にキーとなるのは外傷がないということだな。外傷がないのなら、他殺の可能性が消えて、自殺の可能性もありえないと言えるな。相手にしろ自分にしろ人を殺すのに、痕を残さないってのはムリだからな。
まあ毒殺や服毒とかを考慮すれば、完全には否定できないが、そこらへんは検死の結果を待てばいい」
「自殺でも、他殺でもないにしたら、一体何になるんです?」
「簡単に考えりゃ、病死じゃねーか。急性の、そうだな……、心臓麻痺とかが挙げれるな」
「こんな山の中で急な発病ですか?それはありえなくないですか?」
「ありえないこともないが、登山道がないこの山、しかもこんなやぶの中で軽装の女子中学生が急病で亡くなるってのはやっぱりかなり無理があるよな」
「中学生だったんですね」
「ああ、学生証を携帯していたからな。そこから判明した」
「そういえば、遺体の頬には小さな擦り傷がありますね」
「おう。それは多分、枝とかで擦れてできたやつだ」
「この位置に来るまでにできたものってことですよね。でも、俺にはそんな傷つかなかったですけどね」
「この少女が藪ん中を走ったと考えれば、たぶん付くはずだ。ちょっとお前やってみろ」
「わかりました」
若い刑事は森の出口まで走っていこうとする。が、中年の刑事が首根っこを掴んで引き留める。
「ホントにするバカがいるか。ジョークだろ」
脱線した話を元に戻す。
「え〜、何の話だっけな」
「遺体の少女が藪の中を疾走して頬に傷がついたって話ですよ」
「ああ、そうだそうだ。その話だ。で、お前はこの情報から何かわかることがあるか」
「えーっと。生前この子は藪の中を走っていた……。しかも、こんなに頬に傷が付くぐらい。何かそうする必要があった……?走る必要……、走らなければいけなかった理由」
「あ!」
若い刑事は声を張り上げた。
「何かわかったか?」
「少女は死ぬ直前何かに追いかけられていたんじゃないですか!それで藪の中で逃げ惑い、ここで亡くなった。ですよね?」
「そう、よくわかったな。だが、これだけでは説明が付かないんだ」
「といいますと?」
「何者かに追いかけられ殺されたとなると、他殺だ。なのに、遺体には致命傷に至るような外傷は無い。じゃあ、どうやって殺したんだってなるだろ?」
「他殺じゃないってことですか?」
「それなら、頬の傷はどう説明する?あんまり触れてなかったが、こんな人のこない山奥に中学生が来ていた理由も説明できない。それに、お前にはまだ話してなかったことだが、当初事件現場の足元の草には踏み倒されてできた道が五本あった。事件発覚が遅れて状態が悪い上、交わったり重なったり複雑に絡み合ってはいたが、五本で間違いないだろう。
それで、一つ目が遺体の足元へと続くもの。これは遺体の少女のものだ。そして、二つ目は第一発見者の、山歩き趣味の方のもの。あとの三本、三つ目は一つ目と同じ方向から続くもの、これは一つ目と重複する区間も多いが、遺体の傍まで来たあと引き返している。四つ目は別の方向から来て遺体の場所まで来たあと別の方へと続くもの。五つ目がそれに追随するもの。三つ目から五つ目は明らかにおかしい。他殺かもしれん。が、他殺ではない証拠もあった」
中年の刑事の語る言葉は説明するためだったはずだが、いつの間にか独り言となっている。
「この事件、引退前最後の大仕事になりそうだ……」
握る拳をさらに強く握る。
「な、なるほど。渋谷さん、あと一か月とちょっとで定年ですもんね」
「まあ、事件にゃ関係ない話だがな。じゃあ、車に戻るぞ。坊主」
「了解です」
二人の刑事は事件現場を後にした。
事件現場の藪を抜けて、舗装道路に出る。そこには若い刑事が乗ってきた車両を含めた数台と警察官等10人ほどが事件の処理や捜査などのため集まっている。もっとも事件現場は狭く、交代交代で入るほかないため、待機中の人員も何名かいる。
ふと、ポケットに手を入れた中年の刑事が疑問を口にする。
「そういやぁ、この先ってどこに伸びてんだ」
現場に来る時に通ってきた方向とは反対方向に延びる道路を指している。
現在地がトンネルを抜けて少し先の位置なので、言及されているのはさらに山の中へ進む道路だ。
「えーっとですね……」
若い刑事はスマホを取り出して、地図を確認する。
「廃ホテルに繋がっているっぽいですね」
「廃ホテルか。こんなとこじゃ客足伸びなかっただろ」
「だから廃ホテルなんでしょうね」
疑問が晴れた中年の刑事は黒塗りの車両の助手席に乗り込もうとする。
この車両は若い刑事が乗ってきた車両だ。
「あれ?渋谷さん、車は?」
ドアを掴んで、ロックが開くのを待ちながら答える。
「石倉を足にした」
「そうですか」
若い刑事が車のカギを開けると、中年の刑事は乗り込み、若い刑事も運転席に乗り込む。
「しばらく待機ですか?」
「そうだな。ちょっと待つことにな──。ちょっと待て、電話だ」
中年の刑事は車から出ていった。
車内に一人取り残された若い刑事は窓を開けて、外の風景を眺めつつ、思考にふける。
「遺体に致命的な外傷なし、それでいて、状況的には病死でなく、自殺でなく、他殺っぽい……」
さきほど見てきた現場の状況を思い出す。
「あと、若い世代……が被害者。最近、こういうの多いんだよな……」
捜査してきた現場だけでも、すでに数件。それを含めて合計10ほどの件数の事件で、死因が心臓麻痺、状況的に他殺、10代の女子が被害者という共通点を持ち合わせている。
これだけでも、”ナニカ”があることは誰でも察せるのだが、さらにこれら全ての事件がここ平田市周辺に集中している。若干、平田市域から漏れている例もあるが、ほぼ平田市のみと言い換えてもいいほど、狭い範囲に集中している。
普段は割と楽観的な若い刑事も、ここまで同様の事件が連続しては流石に疑問に思う。この全ての事件の裏で何か大きなものが働いているのではないか、と。
大きなものとは何であるか。これまでの同様の状況にあった事件を精査するため、若い刑事は思考の中でそれぞれの事件内容を整理し始めた。
まず一件目。この事件で犠牲になったのが、女子中学生。平田市内西部の廃工場で遺体で発見された。この遺体には、主な外傷は無く、工場内の開けた空間の中央付近で見つかった。周辺には田畑が広がる平地で民家がなく、人気の少ない地域である。
次に二件目、同じく犠牲になったのは女子中学生。平田市市街地内を東西に横切る高速道路の高架下で発見された。この場所は川の土手に当たるので、橋梁下という方が適切かもしれない。土手上には道路も歩道も整備されておらず、高架の柱等によって視界が遮られているため、周辺の住宅地からも見えずらい位置にあった。遺体に致命的な外傷は無かったが、転んで負傷したと思われる傷があったこと、及び土手を分断するように設置された高架の支柱のすぐそばで見つかったことを考慮すると、被害者は何者かから追われた末、三方どこにも逃げることのできない空間に追い込まれ、そこで亡くなったと考えることができる。
最後に三件目、ここで犠牲となったのは女子小学生二人。両方とも高学年に当たる。遺体は平田市に存在する廃寺内で発見された。この付近は山が近く、民家からは離れている位置にあるため、人気が少ない。廃寺の建物内は床が腐っていたため、捜査に入った何名かが床を踏み抜いたが、それ以前には大きく踏み抜いた様子がなく、二人の遺体が建物最奥の押し入れの中で発見されたことから子供など比較的軽い体重の者では踏み抜く心配が少ないことがわかる。二体の遺体は身を寄せ合うような形で押し入れの中で発見された。なぜ、押し入れの中にいたのかということについて、不明な所が多いが、何者かから逃走してきた末のことだと考えている。ちなみに遺体には外傷は無かった。
以上、遭遇した事件についてで、いづれも数か月内で発生している。
また、指紋について、遺体およびその周辺からは被害者本人の指紋以外は検出されなかった。ただし、今回の事件ではまだ調査中。
誰に説明するわけでもないのに、脳内では説明するような口調で事件現場を整理していく。
現在、若い刑事は周りから見れば、窓の外を眺めているように見えるが実際は深く思考しているため、景色を見ていないどころか、聴覚すらろくに働いていない。そんな状態で車のドアが開かれた。
「待たせたな」
「……」
車の中に入ってきた中年の刑事の呼びかけに返答がない。
「おい、聞いてるのか? おーい」
「……」
「こいつ……。おい三積! もう帰ったぞ」
中年の刑事は強めに肩を叩いて知らせる。
「うわっ!」
「うわっ!ってなんだよ。失礼な奴だな」
「すいません。急だったもので……。それで、この後はしばらく待機でいいんでしたっけ?」
「いや、予定が変わった。ちょっと車を出してくれ」
「いいですけど、何かあったんですか?」
若い刑事はエンジンをかけながら、聞く。
それに、いたって真剣な声色で告げられる。
「もう一体見つかった」
「マジっすか」
「大マジだ。とりあえず山道を出てくれ。そっからは俺がナビする」
「了解です」
二人を乗せた車は排気ガスを吹かせながらトンネルへと入り、新たな事件現場へと急いだ。




