作戦会議………………………………49mg
「今から作戦会議を行います」
作戦会議はいつも玲奈の一声から始まる。
回を重ねるごとにその一言は重みを増して、何度目かは忘れたが、それなりに多く回を重ねた現在は魔獣討伐前の最重要な時間を開始する合図となっている。
さっきまでのだらけた空気が嘘のように消えてなくなり、一瞬にして真面目な空気が漂う空間へと変貌した。
特に蒼なんかは顕著で、椅子の上であぐらをかいて左右に揺れていたのに、今は足を下にして座りなおしている。表情ものほほんとした感じから真面目なものとなり、前のめりな姿勢で玲奈の方を見つめている。
普段との行動のギャップになんだか笑ってしまいそうになる。が、今は会議中。真面目になった蒼に倣って、私も座りなおして玲奈の方を向いて気を引き締める。
私が玲奈の方を向いたちょうどその時、玲奈と目が合った。だが、逸らされて、玲奈は次に海桜の目を見て、今度は……という風に行動を続ける。ひとりひとりの顔を見ているようだ。
そして、玲奈は全員の表情を確認すると、話を続けた。
「四魔のラスト──ゾンビへ挑むに先駆けて有意義なものにしましょう」
会議の内容に入る。
今回の会議は玲奈が言った通り、ゾンビ戦に向けてのもの。
ゾンビに関する基本的な情報を共有することや、そのゾンビに対してどのように戦うのか、それぞれがどのような役割を担うのか、などの決定もしていく。もちろん作戦面だけじゃなくて、作戦を実行する日程とかも決めるはずだ。
「では、ゾンビについての情報を共有しましょう」
玲奈はそう言うと、プロジェクターの電源を入れる。
このプロジェクターは絆の家から持ってきたもので、今回の会議から導入されたもの。技術革新の波はここまで到達しているのだ。
映し出された発表資料のタイトルはずばり「ゾンビについて」。デザインなし白地のスライドにタイトルが大きく黒の太字で表示されている。玲奈らしくとてもシンプル、それゆえにとても見やすい。
玲奈は「これは情報屋から聞いたことなのですが」と前置きをしてからスライドを進めた。
「ゾンビは人型の魔獣で、私たちとそう変わらない大きさです。表皮は腐って肉や骨がむき出しのものまでいるそうで、非常にグロテスクだと聞きます。ですので、その点には十分覚悟しておいてください」
スライドにはデフォルメされたゾンビのイラストで描かれている。とはいえど、少し傷の感じがなんとなくリアルだ。
次のスライドでは、ゾンビのイラストが複数体描かれた様子が表示される。
「ゾンビは複数体存在するようです。その数は正確にはわかりませんが、10や20どころではないことは確かです。作戦はゾンビが50体以上存在していると仮定して進めたいと思います」
「外見、数については以上です。この時点で質問や意見がある方はいませんか?」
玲奈は説明をひと段落して、意見を求める。
「はい! はーい!! 蒼いいたいことある!」
「どうぞ」と玲奈は手の先を蒼に向けて発言を促す。
「蒼はゾンビと戦うのいやだぞ! グロいのみたくないからな!」
蒼はぶーたれた表情で、先ほどの真面目な姿勢もいつの間にか崩れている。さらに、伸ばした背筋は丸まり、足をぶらつかせている。完全にいつものモードだ。
「嫌だって言ったっていずれは誰かがやらなければならないことですよ」
「蒼たちじゃなくてもいいじゃん」
「この町には戦える魔法少女はあまり残っていません。できる人が限られているのです。だから、私達じゃなくてもいいではなくて、私達がやるしかないのです。分かりましたか」
叱る母にしゅんとする子供。目の前で親子漫才が繰り広げられる。
よく見るいつもの光景、もはやこれがないと日常とは言えないほどにこのチームの名物となっている。
「で、でもぉ……。だってぇ……」
「でも、だって、じゃありません、よっ!」
不満たらたらに言い訳を垂れ流す蒼。玲奈は近寄って蒼の額にデコピンを打ち込んだ。
「あいたっ」
反射的に避けようとしてか、後ろにのけぞって椅子から滑り落ちそうになった。
そんな蒼に容赦はせず、玲奈は鋭い言葉を投げ続ける。
「それに今日の弁当のピーマンだって残していたじゃないですか。何もかも嫌だ嫌だでは成長できませんよ」
玲奈がそう言ったところで、様子を見ていた絆が仲裁に入る。
「まあまあ、玲奈ちゃん、それぐらいにしてあげて。人にはそれぞれ好き嫌いがあるのは当然で、できないことがあるのも当然だよ。
それに不快感の耐性のありなしは個人じゃどうにもならない生理的なものだから、ね…?」
額に赤い一点を残した蒼は一転攻勢「そうだそうだ」と煽るも…、
「確かに絆の言う通りですが……、なんか腹立つので許しません」
そう言った玲奈はもう一度蒼の額に一撃を入れ、ホワイトボードの前に戻る。
その背後で、蒼は額に2つ目の赤い点を残して椅子ごと倒れ地に伏した。
「では、ゾンビの特徴について話題を移したいと思います」
と、こけた蒼を置いて会議を続けようとする玲奈。
その扱いに蒼が不憫に思って、玲奈に聞く。
「えーっと、蒼はこのまま?」
「……。このままにしておきましょう」
しばしの思考の後、玲奈は放置することを選んだ。蒼に対して玲奈は冷たかった。
そうして、会議は一人ダウンしたままで始まった。
「えー、では。先程、言った通りゾンビの特徴について説明していきます。
まず、ゾンビの最大の特徴ですが、倒せないという点にあります」
「倒せない?」
誰か一人が口をはさむ。そして、私も同じように思っていた。
私だけではない。口に出さないだけで聞いていた誰もが同じように思ったはずだ。
だって、討伐しに行くのに『倒せない』のならば、意味がないのだから。
「ええ。絶対にではないですが」
玲奈は『倒せない』という情報に補足する。あくまで情報屋からもらった情報だという断りを再度入れて。
「ゾンビは四肢を斬ったり、破壊したりしたとしても、その部分が無くなったまま動き続け、やがて再生するというのです。どんな致命傷を負ったとしても、必ずまた再生し、元に戻る。これが『倒せない』と呼ばれている所以です」
今まで黙って会議に参加していた梨乃が口を開く。
「成る程。そういうことでしたのね。それなら、倒せないというのも納得ですわ」
梨乃は続ける。
「して。倒せないのなら、私たちはどうすればいいんですの。玲奈、教えてくださる? 対処法はすでに準備してあるのですわよね?」
「梨乃の言う通り、私に考えがあります。ですが、説明する上で、一つ思い出していただきたいことがあります」
玲奈は人差し指を立てる。
「それはベヒモス戦でのことです」
ベヒモスという単語を聞いた時、絆の肩がビクッと反応した。
表情を見ると、苦笑いしている。
きっと桃香のことを思い出したのだ。
玲奈は絆の反応に気が付かずに説明を続ける。
「ベヒモスは攻撃を加えても、分裂するだけで倒せはしませんでした。例えば、蒼の斬撃で真っ二つにしても、再生……ベヒモスの場合は分裂ですね。結局3つに分裂し、小さくなっていましたが、傷のない状態に戻った。
再生、分裂の差はあれど、受けた傷が治るというところにゾンビとの共通点があります。これを踏まえると、その傷が治る仕組みも共通しているとは考えられませんか。
つまり何が言いたいのかというと……そう、同じ方法を取れば、ゾンビは倒せるということです。……かもしれないだけですが」
玲奈は自身の作戦に確信が持てない様子だが、三つの声が上がる。
「なるほどね」「承知しましたわ」「それならいけるかも」
絆と梨乃、そして海桜は内容が理解できたようでうんうんと頷いて、玲奈の案を肯定している。
一方で、私はついていくのがやっとで表には出せてないけど、玲奈の意見には賛成だ。難しそうな顔をしている蒼も、同じ感じだと思う。
「海桜達がどのようにしてベヒモスを倒したのか、聞いてもよろしいですか?」
玲奈は海桜に目配せして、発言するよう促す。
海桜はその視線に気がついて席を立つ。
「いいよ」
それから海桜は話し始めた。
ハサミを巨大化させて押しつぶしたことを。
それには、紡希の充電器の長さが伸縮自在であることから、武器サイズの解釈を拡大したことも話した。
「まぁ、こんな感じかな」
玲奈はふむふむと興味深そうに頷いた。
「なるほど、コアを全て潰すという倒し方があったのですね」
「参考までにそっちはどう倒したのか、教えてくれる? そっちのも知っておきたいし」
「もちろんです。あの時、私たちの班では……」
玲奈はベヒモスを倒した方法について話した。
簡単にまとめると、魔獣の体内にある魔力を全て奪い取るという手法だ。
通常、魔獣は魔力を使うことによって体を維持したり、行動を行うことができる。そのため、体内にある魔力を全て吸収してしまえば、その体を維持することができずに消滅してしまうだろうという発想からこの作戦を思いついたとのことだ。
「しかし、この作戦には欠点があります」と、玲奈は付け加える。
その欠点とは、時間がかかるということとできる人が限られてくることだという。
時間がかかるという点に関して、ゾンビはベヒモスのように分裂はしないが、複数体いるため、一体のゾンビの魔力を吸収していれば、別のゾンビに襲われる可能性があり、もしそうなった場合対処が困難になる。
また、できる人が限られているという点に関して、このグループ内では二人しかおらず、紡希と玲奈だけである。さらに、二人の能力では一体ずつしか相手にできないため、これまたゾンビに囲まれる可能性が高い。
玲奈はそれを説明して「ただし」といって続ける。
「この作戦にはリスクが高くあるので、ゾンビ戦にはあまり向かないかもしれません」
その言に対して、海桜が口を開く。
「いや、でも私たちがやった倒し方だって、欠点がないわけではない」
「それはもちろんわかっていますよ。今回は、その辺りについて具体的に話し合いたかったんです。
全員に意見を聞きたいので、しばらく自由に話し合う時間を作ります。その後、順々に発表していきましょう」
と、言うと、一人で考える者、話し合う者、その両者がいて室内が少しにぎやかになる。
「ねえ、紡希。紡希の考えを聞きたいんだけど、何かある?」
海桜が意見を求めてくる。でも、なにか案を出せるほど話を理解できていない。
海桜にどう返答しようか悩んで空いた、その間に小さく咳せき込む音が聞こえた。
「あれ? さっきだれか、咳をした?」と思って、海桜に聞かれていることも忘れて、周りをキョロキョロ見回す。が、それらしい人物は見つからなかった。
方向的には玲奈の方からだった気がしたけど、玲奈におかしい所はない。
もう一度、玲奈の方を注視してみるも体調が悪そうだとか、様子がおかしいだとかそんな異変は見つからない。
少し引っかかる所はあるけれど、玲奈じゃなさそう。でも、咳は絶対どこかで聞こえたはず……。
完全に意識が別の所へ集まってしまったところで、
「つ・む・ぎ」
と三度耳を引っ張られた。
驚いて、隣を見ると海桜が、不満げな表情で座っている。
「ちゃんと聞いてる?」
突然のことに焦って言葉に詰まりながら口を開く。
「ごめん。何の話してたっけ?」
「ゾンビを倒す具体的な手段について。私が紡希に意見を聞いている所だったでしょ。それで、何か考えはあるの?」
口調はいつもの様子だが、どことなく娘に叱る母親のような、もっと言えば、そこに鬼の角が生えているような静かな怒りの雰囲気を感じる。
「えへへ……、ごめんなさーい。あともう一つごめんなさい、まだ何の案も出てないや……」
「はいはい、それじゃ考える考える」
海桜はあきれながら子供に言い聞かせるように言い聞かせるように言った。
「りょうかい」
紡希は視線を海桜から外し、玲奈の方をちらっと見る。
みんな気にしてないし、気のせいだよね、多分。
蒼と話す玲奈を見て、そう結論付けた。
「うっ」
両頬を軽く挟まれて、思わず声を出してしまった
「はい。こっち見る」
海桜は両手で挟んだ私の頬をぐっと動かして、海桜と紡希が面と向かう形になった。
強制的に顔を見合されてみた海桜の顔は怒り心頭、般若の顔だった。
誠意の籠った謝罪をしなければ、と思って海桜の手で頬を挟まれたそのままで謝る。
「ごめんなしゃーい…」
と。




