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magical dose -魔法少女は破滅の道を歩む-  作者: 伊草


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崩芽……………………………………48mg

 家路につく一人の魔法少女がいた。

 彼女は弓の魔法少女、梨乃。


 進む歩幅は小さく、足取りも重い。

 魔獣討伐に疲れたというのもあろうが、それだけではない。


 梨乃は自分の家が嫌だった。


 「できれば帰りたくない」とは思うものの、残念ながらそれは不可能なこと。この先も日常を過ごしたいならば、そこに帰らなければいけない。


 視界に自宅が入った時、立ち止まる。

 いたって普通の一軒家。

 だけど、梨乃にとってはそうではない。恐ろしい魔物の住む魔窟のようなものだと目に映る。


「帰らなきゃ、駄目か」


 小さなつぶやきがため息とともに自然とこぼれる。


 家に帰りたくないのには原因がある。

 たった一つの原因。

 だけど、一番大きな原因。

 それは父に関することで、解決することは不可能に近い。


 玄関前まで来ると、一呼吸おく。

 自分の家に入るにも、毎度覚悟してから入る。


 鍵穴に鍵をさすことなくドアノブに手をかけた。

 扉は無音のまま開かれて、室内の温かい空気が流れだす。


 玄関には靴が二足おいてある。

 一つは男物のスニーカー。これは梨乃の父のもの。

 そして、もう一つが女物の赤いヒール。梨乃の母のものではない。

 梨乃の母は派手好きではなく、そもそももう死んでいる。


 梨乃はこのヒールも見ても何も疑問に思わない。

 なぜならそれが普通だからだ。


「……」


 「ただいま」を言わずに玄関に入った。

 無言のまま靴を脱ぐが、その場に置いて行かず片手で持っていく。

 二階の自分の部屋に行くまでの道のりも息を殺して音を消していかなければならない。そこにいることがばれないように。


 玄関の隣にはリビングがある。そこから話し声が聞こえた。

 

 男と女、一人ずつ。

 男の方は声からして、父であることはわかるが、女の方は今まで聞いたことのない声。


「またか……」


 と、つぶやく。

 梨乃はわかっていた。この女は父の新しい愛人だということを。

 

 梨乃の父はよく愛人を家に連れてくる。

 その時に、梨乃がいることをとても嫌がる。

 なんでも子持ちであることは女遊びをする時に、マイナスなステータスとなってしまうようで。

 実際、梨乃が小学5年の時、バレてしまったことがある。その結果、女は父の前から姿を消してしまい、梨乃は折檻を受けた。

 そんな事もあって、家の中に梨乃はいないということになっている。


 父の連れてくる女性は一人だけではない。

 日によって異なる女を家に招き入れる。まったくもって見境がない。

 家に来る女は曜日制で変わる。月曜は声のうるさい女の人。火曜はぶりっ子のような話し方をする女の人。など様々で、現在までは金曜が空き番になっていた。

 もちろん誰も連れ込まない日もあるが、そんな日は機嫌がとても悪い。

 特に、連れ込む女の人がいなくなった金曜日なんかはとても機嫌が悪く、周囲に当たり散らすなんてことも多かった。それに自分を見つければ、何度も暴力をふるう。

 ただ、今日より父が金曜日の愛人を捕まえてきた。ということは振るわれる暴虐性は愛人との交わりによって一時的に解消されるということになる。


 そのことに、梨乃は安堵を感じた。


 ふと、気を抜いた瞬間、足を踏み置いた床が小さく軋む。

 頭が真っ白になり失念したと心臓を握られる感覚がするも、部屋の中からはその音に対するリアクションはない。


 「よかった。気づかれていない」


 梨乃はほっと胸をなでおろしたしたのと同時に心臓を握られるような感覚はなくなった。

だが、それがいけなかった。

 一度目に気を抜いて失敗しかけたというのに、何も学ばずまた気を抜いてしまった。

 そこから生まれたミスが梨乃の立場をまた悪くする。


 玄関の飾り棚に雑に置かれていた青磁器の皿。これに肘が当たり、落下。床に触れた瞬間、大きな音を立てて砕けた。

 床が軋むような小さい音ならまだしも、皿が割れるような大きな音に気が付かないわけがない。


 室内にいる女が叫び声をあげる。


「何の音!? 誰かいるの?」


 甲高い声は痛いほど耳に響いて、心臓の鼓動が速くなっていく。


「あぁ、多分鼠だ。最近よく出るんだよね」


 父の口調はあくまで穏やかな口調。

 しかし、梨乃にはわかった。父の声の奥底に、膨大な怒気が隠されていることに。父の表情は表層では何も変化がないように見えるが、マグマを溜め込む休火山のように、その奥底では今にも爆発しそうになっている。

 爆発の矛先が向くのはもちろん、梨乃だ。


 梨乃の体は異様なほど震えている。


「ほんと? 心霊現象じゃないの」

「違うよ違うよ。この家には曰くはないからね。ちょっと見てくるわ」

「こわいから早くどうかしてきて!」

「分かってるよ。大丈夫だって。すぐにどっか行くからさ」


 会話の後、一つの足音がドアの方に近づいて来る。


 あ…、あぁ…。また、怒られる……。


 トラウマになるまで夢で見た悪い記憶が思い起こされる。


 ドアが少しづつ開く。その隙間から、この世のものとは思えないほど殺気の籠った二つの目が自分を睨んでいるのが分かった。


 その目は割れた皿を一瞥すると、梨乃に近づき耳元で


「お前、覚悟しとけよ」


 梨乃は死を感じて震えた。


 父はドアを開けた隙間から部屋に向かって


「皿が割れてた!不安定な場所にあったからひとりでに落ちたみたい」

「そう、でも恐いわ」

「大丈夫……。すぐそっちに行くさ」


 やり取りが終わった父はその間動けずにいた梨乃に舌打ちをした後、耳元に口を近づける。


「消えろ」


 震えたまま、コクコクと頷いた。

 父は背を向け、寝室に戻ろうとする。

 しかし、それを見ているだけで動けない。真っ白になった頭の中では、何も考えられない。

 早く立ち去るのが、一番怒られない行動なのに、逆のことをしてまた怒らせてしまう。

 

 チッ…


 心をえぐるような父の舌打ち。首をねじり、梨乃を睨む。

 その音で張った糸が千切れたように、体が動き出し、無我夢中で二階の自室に向かった。


 静かに去る梨乃の中で、心は壊れかけていた。

 




 自室の扉を開けると、ガラスの瓶にぶつかって転がる音がした。

 その瓶はもう一つの瓶にぶつかりキンッと甲高い音を出して止まる。


「ひッ」


 音に過敏に反応した梨乃は周りを見回す。

 もちろんそんな小さい音は父親の耳に届くわけではなく、怒る者はいない。しかし、梨乃の心はそれだけでは平穏を取り戻せない。


 さっきの父親の「覚悟しろよ」の言葉が耳の奥に焼き付いて離れない。

 どんな罰が待っているのか、想像したくもない不安が頭を駆け巡っては離れない。


 梨乃は部屋の中に入るとすぐに自分ができるだけ慎重に扉を閉め、それが終わるとすぐにしゃがみ込み、まだ中身の入っている瓶を拾い捻って開ける。

 その中に入っているものは風邪薬、白いタブレット状のもので中には数えきれないほどじゃらじゃら入っている。


 ラベルには適量は二・三粒と書かれているも、梨乃が容器を傾けて手に出したのは10粒ほど。

 一気に口の中に入れ、近くに置いてある紙の容器の中からプラスチックのボトルを取り出し、ふたを開けると中の液体を一気に飲み干していく。


 不安がスーッと引いていくような感覚がした。


 この時の梨乃にはもはや来る罰も不安要素にはなり得なくなっていた。

 脳を取り出して洗い流したようなスッキリとした感覚が頭中に駆け巡るなかで、窓から漏れる月の光を眺める。

 その光は窓の前に置かれた目隠し用の段ボール箱タワーの隙間から薄く細く淡く梨乃の足元とプラスチックの空箱を照らす。


 世界はこんなにもきれいなんだ──。


 まじまじと見つめた眼の前の何気ない景色に梨乃は美しさを見出した。

 これは梨乃にとって何度も体験していること。

 梨乃は白いアレを過剰に服用したあとはいつも、そう感じている。だが、その美しさは時が立つほどに色褪せて、やがてはその光景に何も感じなくなってしまう。

 もう一度その光景に美しさを見るべく、また、過剰に服用する。

 そうして、何度も何度も繰り返す。

 自分が生まれた世界が醜く汚らしいものであると、認識しないように。

 何度も何度も繰り返す。


 感覚的な時間にして小一時間ほど経った時、じっと見つめた光が、雲に遮られて見えなくなった。

 そうなると、途端に部屋の中は暗転し、自分の足の指さえも見えなくなる。

 先の見えぬ不安感。自分の存在さえもわからない暗闇に言葉を落とす。


「つらい」


 現実に引き戻されてしまった梨乃には、暗い未来しかみえない。永遠と続く暗闇の中では、つらいことが積み重なって重しとなり、未来に進むこともためらわれる。


 隠れていた月が顔を出し、室内にまた光が差し込む。

 明るくなった部屋の壁にかかるカレンダーが視界に映った。ぼんやりと照らされた表面はかろうじて読める。

 本日は、「12月12日、日曜日」。

 そして、そのまま視線を時計に向ける。

 現時刻、「26時34分」。

 

 時間が0時を越えているから、日付は「12月13日、月曜日」。

 

 日付と時間とを確認すると、ため息をつく。

 

「行きたくないな」


 今から、6時間後くらいには学校が始まる。

 それを思えば、胃の中のものがかき混ぜられるような気分になる。

 学校にも、居場所がなく、周りの楽しそうな声を聴けばみじめになる。

 だから、行くのがつらい。


 本当はもっと仲良くなって話したりしたい。けど、話しかけようとしても相手に声が届くことはない。決死の覚悟で挑んでも、声は蚊ほどに小さく雑音にかき消される。

 逆に話しかけられることもない。クラスの決め事でも、ほぼ全員が意見を交わし合う中、自分の意見は議論上に出ることはなく…、大きな行事の後でもクラスの集まりに呼ばれることもない。

 皆、触れたくない腫物みたいに扱って、忌避しているように感じる。


 それでも、入学当初はそうならないはずだった。

 はじめは、よく話しかけたり、明るく振舞っていた。

 自分から見ても、振る舞いは陽キャのそれで、なんだかんだで友達の輪を広がっていくのを感じた。実際、クラスの女の子全員とは何度も話し、けっこう仲がいい子とかもいた。


 でも、風向きが変わったのは一年の夏頃、私は自分を偽ることに限界を感じた。

明るい自分を見せることは多くの精神力を削り取られることで、苦しかった。

 もう無理だった。我慢しても、どれだけ我慢しても終わりがこない。こんなことを続けるなんて気力はもう残ってなかった。

 だから、中一の夏、今まで作り上げてきたものを壊した。明るくて、友達思いで、積極的で、みんなに好かれた私の虚像、その全部を。

 そしたら、今まで纏わりついてきたもの全て取れて、心が軽くなった。周りの景色ももっと鮮明に見えた。それで思った。


 ああ、ありのままの自分っていいな


 って。


 だが、何事にもプラスの側面とマイナスの側面を持ち合わせる。自分にとって都合がいいことには別の不都合が生じてしまうことは避けられない。その不都合が軽いものだと良いが、重いものであったらこれまで以上に悪い方向に行ってしまう。

 それで、梨乃が本来に自分で居るという決断をした結果、もたらした不都合はあまりにも重かった。


 休み明けの登校日、最初は何も変化したことはなかった。周りの子の振る舞いは変わらないし、いたって普通。いつもと変わらない日常そのものだった。


 二言三言話してから変化が現れた。話した相手がひきつった笑顔を見せるようになる。梨乃はそれを予測していたから対して驚きはしなかった。突然変化した相手にどう接すればいいのかわからなくなることは当然と梨乃は考えており、その後はみんなが本来の自分に慣れていくだろうと考えていた。

 しかし、それは甘い考えで、数か月たった後には、梨乃の周りから彼女と仲良くする人はいなくなり、元のような華々しい日々はなくなっていた。

 離れていった人間は二度と戻ってくることはない。それからの梨乃はクラスで孤立することになった。


 そんな過去のことを思い出して、梨乃は眠れなくなる。

 敷かれたままになっている布団に寝転がって、開かれた瞳孔で深海の底のような限りなく黒に近い青色へと夜に染められてしまった天井を見上げる。

 じっと見つめた天井の一点に黒い点が浮かび上がったような気がして、そこから何も模様の無い天井に渦巻きを作り始める。大きさがだんだん広がって、その範囲は天井を越えてまだ広がる。やがて、それが視界全体にまで広がった。


「気持ち悪い」


 船酔いのような気分の悪さが喉の奥に来て、脳をしびれさせる。

 そして、体の感覚さえも狂わせてくる。

 布団の上に寝ているはずなのに、体が床に沈み込まれる。うずまきの最初の一点がどんどん遠のいていく、深海のさらに奥へと引き寄せられていく。

 その内に意識が途切れ途切れになる。ぼんやりとしている。もはや天井が見えなくなったその後、梨乃の意識は無くなった。

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