行方……………………………………42mg
【紗織捜索班──絆、花音】
絆達の背後を街灯の光が照らしていた。
その光は淡いオレンジ色である。
絆はその光の色のおかげか、リラックスした心地であった。
しかし、森の奥へ進むたび、街灯の光がだんだん届かなくなっていく。
絆はオレンジ色の街灯が恋しく思えて、後ろを振り向いた。
その視界には遠く離れた場所にある街灯の光がチラチラしているのが写った。
それと同時に花音も見えた。
花音は小刻みに震えていた。
花音にとっては怖い思いをした場所だったからだ。
それなのに、山の奥深くに分け入ろうとしている。
──ビビってる場合じゃない。
そう思った絆は現状を捉え直す。
──そうだ。これはいつもやっていることだよ。だから、いつも通りやろう。
しばらく歩けば、もう全く前が見えないほどに闇に包まれてしまっている。
「暗い…、ですね」
絆は花音のつぶやきに心のなかで同意した。
確かに山中は暗い。
事前に想定してはいたが、それよりもはるかに暗い。
持ってきたライトで照らしたとしても、ごく一部だけしか明るくならない。
それ以外は全くの闇。何も見えない。
だから、突然ライトの範囲内に現れた木の根につまずきかけることがある。
本当にライトの範囲外のことは何も見えないのだ。
──と、なると…、もし紗織さんが倒れていても気づかないかもしれない。
ニアミスで紗織を発見できない可能性が浮上する。
どのようにしたらニアミスで発見できない状況を回避できるのか。
絆は考える。
だが、絆は取りこぼしの無い探し方や効率のいい探し方は知らない。
それを思いつくほど頭の回転が良いわけではないからだ。
ならばどうする?
絆は当てもなく探し回るよりは、と考え、うまくいくかどうかはわからないが、捜索域を絞ってみることにした。
「花音さん、最初に死神に会ったのってどのあたりかな?」
花音はしばし考えこむ。
「わからないです……。ただ道に迷っていたので山の奥深くだったことくらい。」
花音からは的を射ない回答しか返ってこない。
だが、絆はそれもそうだと思う。
山の中なんてどこも同じような景色で、覚えている方が難しいからだ。
そして、もし覚えていたとしても視界が悪い夜の山の中ではその場所にたどり着くことも難しいだろう。
「すみません…。覚えていなくて」
花音は申し訳なさそうに絆の方を見る。
「いやいやいや、大丈夫だよ。もし私が花音さんだったとしても多分わかんなかったと思うし……、それに……」
慌てて花音を励まそうとする絆は言葉に詰まる。
「えー、あー、そうだ! 私には敬語で話さなくてもいいよ。もう仲間みたいなものだしさ。」
「はい。…じゃなくて、うん。ありがとう。」
「あと、すぐに落ち込まないで。花音さんが悪いわけじゃないんだから。ね?」
花音はこくっと頷いた。
…
──捜索を開始してから何時間たっただろうか。
そう思った絆の手にはライトが握られていた。
そしてもう片方の手で、スマホを取り出す。
画面の光をまぶしく思いながら、時間を確認すると、もう二時間も経過していた。
「もうこんな時間か……」
絆の口からため息とともにそのつぶやきが思わず漏れてしまった。
この二時間の間、絆達は山の中を彷徨いつつ歩いた。
しかし、まだ紗織は発見できていない。
流石の絆にも疲れの色が見え始めていた。
そして、絆の目に映る花音も疲れを超えて憔悴している様子だ。
絆が少し休憩を取ろうとして立ち止まる。
それでもなお花音は気にせず山の中を進み続ける。
ただ紗織とまた会うがために。
その姿を見て、絆も「休憩なら紗織さんが見つかってから取ればいい」と考え黙ってそれに続く。
木々のざわめきと足音が鳴るだけでどちらも声を発しない。
ただ黙々と捜索し続ける。
「わっ!!」
絆の二歩前を進んでいた花音は木の根に足を取られ、転んだ。
疲れや視界の悪さが祟ったのかもしれない。
「大丈夫?」
絆はライトを明後日の方向へ向け、花音に片手を差し出す。
「ありがとう。大丈夫です。」
花音は差し出された手を取り起き上がる。
その時、花音の視界の端に気になるなにかが見えた。
ちょうどライトが向けられていたところだ。
花音はそれを目を凝らしてよく見る。
「……?、!!」
──人が倒れている?
花音はさらによく見てみる。
「あっ!! 紗織だ!!」
それが紗織だと確認した瞬間、花音はほっと胸をなでおろすと同時に歓喜の声が沸いた。
花音の中には嬉しさだけが頭を占拠して無我夢中でその方向へ向かう。
「おーい! 紗織ー!」
ちょっと待って、との絆の制止も聞かず花音は一目散に紗織のそばへ駆け寄る。
「よかった…! 心配したんだよ」
肩を軽くたたく。しかし、反応がない。
「ねぇ…? 紗織…?」
今度は少し強めにしてもう一度肩を叩く。
やはり反応がない。
花音は不安感をあらわにする。
その不安を取り除くために、うつぶせになっている紗織の体を仰向けにして紗織が無事であることを確認しようとする。
「大丈……夫………?」
想像とは裏腹に、紗織の体を仰向けにしても紗織の頭はうつぶせのままだった。
「……!?」
花音は目の前の状況が理解できなかった。
しかし、脳というのは皮肉なもので理解しようしている時には理解できず、絶対に理解したくない時に限って理解してしまうもので、
数秒後には花音は紗織の死を理解してしまったのである。
感じた不安が全て悪心に変わる。
「うぇっ…… うっ…… おぇっ おえぇぇぇ……」
花音は地面に吐瀉物をぶちまけた。
遅れてやってきた絆も花音と紗織の遺体を見て固まった。
絆は何も声が出せない。
「おえぇぇぇぇ…… はぁ、はぁ おえぇぇぇ……」
もう出すものはないはずなのにまだ吐き気が続く。
「うそだよね!…… ねぇ!?……」
「……」
「何とか言ってよ…… 紗織…… 嘘だって……、嘘だって言ってよ…… ぁぁ、ああぁ…… うああああああぁぁーー!!…… ああああああぁぁ!…… あ…あ…あ…ぁ…ぁ……」
「もう、嫌だ。……」
と、花音はぽつりとつぶやいた。
これがトリガーとなったのか、花音の頭の中で激しいタッチで塗られたような赤黒い感情の洪水が、突然打って変わってまだ何も描かれていない白いキャンバスのように思考がクリアになった。
そして、花音自身は今何をすべきか自然と考え出される。
──そうだ、死ねばいいんだ…!
客観的に見ればひどく錯乱した思考だと思うが、今の花音の脳内では、「紗織がいないこんな世界なら、生きる価値なんてない」という考えの下とても理にかなった考えだったのだ。
錯乱した花音の行動は早かった。
山の反対側にあった崖の方へと駆けていく。
崖の端に立った花音は足元を見下ろす。
崖の下には一面に咲き誇る花畑が見えた。
そこには、紗織が毛が一つもない状態で立って、手を振っている。
こころなしか、「はやくおいでよー」と叫んでいる気もする。
花音にとって崖の下は理想郷そのままで、天国であるかのようにも見えてきた。
いや、むしろ崖の下の方が現実、今いるここは悪い夢の世界でいつかは目が覚めてすっかり忘れてしまうようなものだとも思い始めた。
──今こそ目を覚ましに現実に行こう
そう思った花音は目をつむり足を一歩進めた。
体はだんだん前に倒れていき、花音は天国に堕ちていく……
「ダメ!」
絆が花音の手首を掴んだ。
「まだ死んじゃダメ…!」
「……」
絆の呼びかけに花音は何の返答もよこさない。
重さでだんだんずり落ちていく。
花音が絆の手を掴んだならずり落ちることはないのだが、花音はその手を掴まない。
──このままじゃ、手が離れてしまう……
「早く掴んで! このままじゃ、死んじゃうよ!」
「……」
花音はそれでも絆の手を掴もうとはしない。
どうにかして花音さんを助けないと、と絆は思う。
とはいえ、花音さんが手を掴んでくれないと助けられるものも助けられない。
生きるという意思がないと人は生きられないのだ。
ならば、生きるという意思がないというのならば、私が教えてあげなきゃ。
後を追って死ぬことよりも生きてた方が格段に良いって。
「生きてた方が良いって! 紗織さんだって花音さんが死ぬことを望んでないはずだよ!
生きててほしいってきっと思ってるよ!」
「紗織は死んでない……紗織が下で手を振ってるから間違いない。
紗織が死ぬはずがないから……絶対にしなないから……死なないって約束したから……
だから、あれは悪い夢だったんだ。
悪い夢はもう見たくない。
飛び降りて目を覚まさないと。
だから、離して。手を離して!」
「違う! それは幻覚だよ!!
下は現実なわけない。紗織さんはもう生きていない。この下にあるのは硬い地面だけだよ。」
「嘘……、嘘……、嘘……!
紗織は死んでない。死んでない。死んでない。死んでない。死んでない。死んでない。死んでない。死んでない。死んでない。死んでない。死んでない。死んでない。死んでない…」
「もうわかっているんでしょ……? 紗織さんがもうこの世にいないってこと」
「……」
花音は何も答えない。けれども、涙を流している。
──きっと受け入れたくなかったんだ。
絆はそう思った。
「今は受け入れられないかもしれないけど、紗織さんの分まで生きてみようよ。ね?」
「……わからないでしょ?、絆さんには。」
「……」
「私の気持ちなんてわからないでしょ……!」
「……わからない…… 花音さんの言う通り、他人の気持ちなんて考えてもわからない。
でも!、確かに一つだけわかるものはある!それは生きている方が良いってことだよ!
私も親友が死んだ。自殺も考えた。私の場合は自分勝手な理由だったけど…
生きてみようって思い直したんだ。
死のうとするのならいつだって死ぬことができる。
でも、生きることができるのは今だけだよ。
どうせ死ぬのならもう少し生きてからでも遅くない。
だからね、もう少し生きてみないかな?」
花音は弱々しいながら絆の手を掴んだ。
絆は花音の手首を再度強く握り、引き上げた。
崖の上に戻った花音の頬に涙が伝う。
「もう少し生きてみる……」
花音はそう小さくつぶやいた。




